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「日本人11年連続受賞 イグ・ノーベル賞と科学研究」(時論公論)

中村 幸司  解説委員

日本時間の2017年9月15日、イグ・ノーベル賞の発表があり、日本の研究者が生物学賞を受賞しました。日本人の受賞は11年連続です。

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イグ・ノーベル賞はノーベル賞のパロディーとも言われています。
確かに、これまでの受賞を見てみると、
▽カラオケを発明した日本人や、
▽食べ物を床に落としても、5秒以内に拾ったら大丈夫といういわゆる「5秒ルール」は本当なのか検証した研究を行ったアメリカの女子高校生などが受賞しています。
なんとなく、ふざけているように思うかもしれません。しかし、受賞者に話しを聞くと、科学研究の原点のようなものが見えてくるように私は感じています。
そこで、イグ・ノーベル賞と科学研究について考えてみたいと思います。

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2017年のイグ・ノーベル賞は、10の部門に贈られました。

このうち、生物学賞には、北海道大学の准教授の吉澤和徳さんと、慶応大学の准教授の上村佳孝さんらが受賞しました。

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研究は、ブラジルの洞窟で見つかった昆虫に関するものです。メスにオスのような生殖器があることを発見しました。メスの生殖器がオスのおなかの部分に差し込まれるようになっています。オスとメスの違いとは何なのか、考えさせられる研究でもあります。

イグ・ノーベル賞は、「品がない」という意味の「イグノーブル(ignoble)」と「ノーベル賞」をあわせた造語です。

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アメリカの科学雑誌の編集長らが1991年に作りました。選考基準は、「人を笑わせ、考えさせる」研究や業績となっています。選考委員にはノーベル賞の受賞者がいます。
賞金はなく、授賞式に出席する際の旅費も宿泊費も自分持ちです。

日本人はどれくらい受賞しているのでしょうか。

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受賞者は、アメリカが最も多く、イギリスと日本が続いています。1992年に足のにおいの原因物質を特定した化粧品会社の研究者が受賞して以来、日本人は、およそ60人にのぼります。そして、2007年からは、11年連続の受賞です。
なぜ、日本人の受賞が多いのかについて、主催者は「日本は世界が必要としている電気製品や自動車のように、イグ・ノーベル賞受賞者を生み出す方法を見つけ出したのではないか」と話しています。

さて、日本人の受賞者に、研究をした理由を聞くと大変興味深い返事が返ってきます。
2016年は、立命館大学、特任教授の東山篤規さんらが、股から上下逆さまの景色を見る「股のぞき」の研究で「知覚賞」を受賞しました。
なぜこのような研究をしたのか。東山さんの答えは、「研究をせざるを得なかった」というものでした。

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人はものを見るとき、横より縦を長く感じるのだそうです。高さと幅が同じ建物を見ると正方形ではなく、縦長に感じるということです。

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東山さんは、この錯覚のような現象を解明するため、頭を横に90°傾けたらどのように見えるかを研究しました。

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90°傾ければ、当然その延長として180°傾ける、つまり股のぞきをしたらどのように見えるかを研究することになります。すなわち、「せざるを得なかった」というわけです。
股のぞきすると、モノは小さく、奥行きがなくなるように見えることを明らかにしました。
何の役に立つのかとたずねると「分かりません。何の役にも立たないかもしれません。ただ、誰もやらないし、楽しいでしょう」というのが、東山さんの答えです。

北海道大学、電子科学研究所の所長、中垣俊之さんは、粘菌という単細胞生物を使った実験で「認知科学賞」と「交通計画賞」の2回イグ・ノーベル賞を受賞しています。

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粘菌は普段は小さくて見えませんが、大きくなると畳ほどに広がる不思議な生物です。

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2008年の研究は、まず迷路の通路に黄色い粘菌を広げます。入り口と出口の2か所にエサを置きます。すると、粘菌の体はエサの部分に集まると同時に、必要ないところからは撤退します。最後には、2か所のエサの部分と体をひとつにつないでおくための線のような部分になり、その線が迷路の最短距離を示しています。
粘菌が迷路を解いたように見えます。

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中垣さんは、粘菌の研究を30年余り進めていますが、「好奇心に突き動かされてきた」と話しています。生き物の不思議や行動に現れる賢さを見つけて研究を進めると、また驚き、不思議なことが起きる。「思いがけないことと出会うので、科学は面白い」と話していました。

私は、2人の言葉に研究者が忘れてはならないものを感じるのです。

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今の日本の科学研究を取り巻く環境には、様々な問題が指摘されています。
研究費の確保が難しい、あるいは自分の今後のポストに対する不安ということが背景にあるからなのか、研究者は、すぐに具体的な成果を出せる研究テーマばかりに進んでしまう。さらには、基礎研究の重要性の認識が薄くなってきているのではないかというものです。

研究者は、この現状に危機感を抱いています。
2016年、オートファジーの研究でノーベル医学・生理学賞を受賞した東京工業大学、栄誉教授の大隅良典さんも、そのひとりです。
大隅さんに取材した際、なぜ、オートファジーの研究を始めたのかを聞いたところ、その当時は、たんぱく質の「合成」、つまりいろいろなたんぱく質をくっつける研究が注目されていたといいます。

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であれば、みんながやっていない合成の逆、つまり、タンパク質の「分解」の研究をしてみようと考えたということです。これがオートファジーの研究につながりました。
大隅さんは、「チャレンジすることが科学の精神だ」と基礎研究の重要性を訴えています。

結果がわからないことこそ研究の魅力で、それに吸い込まれるように突き進むこと。
表現は違っても、研究者の言葉には科学研究にどう向き合うかということのヒントがあるように思います。

イグ・ノーベル賞の受賞者の中に、ノーベル賞も受賞した研究者がいます。
イギリスのマンチェスター大学の教授、物理学者のアンドレ・ガイムさんです。

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イグ・ノーベル賞は、磁石の力を利用して、カエルを空中に浮かせるという実験をした研究で受賞しました。
ガイムさんは、中心になって進めている専門の研究とは別に「金曜日の夜の実験」と呼んでいる研究を行っています。金曜日に行うというわけではありませんが、ときに冗談まじりに思いついた実験に取り組む時間を毎週、数時間作っています。カエルの浮遊は、その実験の中で行ったものでした。
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一方、ノーベル賞を受賞した研究は、きわめて薄い炭素でできた膜を取り出すことに成功したというものです。薄いのに、強く、電気をよく通すことから高速コンピューターなどへの応用も期待されています。
このノーベル賞の研究、実はこちらも日ごろ行っている専門の研究ではなく「金曜日の夜の実験」からできたものだったのです。

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何か成果を出さなければいけないということではなく、自由な発想で、面白いと思うこと、「なぜだろう」という好奇心から取り組んだ研究、それが独創的で革新的な、それぞれの成果に結びついたのではないでしょうか。「金曜日の夜の実験」にこそ、研究の原点があるように思います。
今の日本で、こうした研究環境を作るのは難しいかも知れませんが、科学研究が常に大切にしなければならないことだと思います。

誰も知らない未知の領域を解明する喜び。
それは研究者しか出会うことの出来ない、いわば“特権”です。研究者には、このことを胸に研究を進めてほしいと思います。

(中村 幸司 解説委員)

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