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 「"人生100年時代"の健康格差」 (時論公論)

堀家 春野  解説委員

日本人の平均寿命は延び続け90歳以上の高齢者は初めて200万人を超えました。人生100年時代が現実味を帯びていますが、残念ながらすべての人が健康で長生きできるわけではありません。今夜は、経済的な状況や社会的な環境が健康に影響を及ぼす「健康格差」について考えます。

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解説のポイントです。

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寿命が延びている背景には高齢者の若返りがあります。一方で、健康長寿を実現するには個人の努力だけでは限界があります。社会の環境が健康格差を生み出している面もあるからです。健康格差を無くすにはどうすればいいのか。解決の糸口を探ります。

【若返る高齢者】

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高齢者は体も心も若返っているようです。こちらは研究機関が行った高齢者の身体機能の調査です。歩く速さについて97年と2006年を比較しています。2006年の75歳から79歳の男性の歩く速さは97年時点の65歳から69歳と同じです。つまり、10歳ほど若返っているのです。こちらは、言われた数字を同じ順番や逆の順番に繰り返す検査です。ほとんどの年代で認知機能が改善していることがわかります。高齢者が若返っている背景には何があるのでしょうか。

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戦後、栄養や衛生環境が改善したこと、そして国民皆保険制度の元で良質な医療を受けられるようになったことが主な理由だと指摘されています。高齢者が若返っていることがデータで裏付けられたとして日本老年学会などは現在65歳以上とされている高齢者の定義を75歳以上に変えるよう提言しました。

【健康格差の現状】

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若返る高齢者がいる一方で、見過ごすことができないのが健康格差の問題です。
健康には食事や運動などの生活習慣が影響します。さらに、この生活習慣には所得や教育、働き方、それに地域のつながりがあるかどうかなども影響します。健康格差はこうした経済的な状況や社会的な環境によって健康に差が出ることと定義されています。ひとりひとりが健康でいられるかどうかはその人の心がけ次第と考えられがちですが、個人の努力だけで解消するのは難しい面もあるのです。このうち、所得と健康の関係について研究グループが1万4000人余りの高齢者を4年間追跡調査した結果です。所得が400万円以上を1とした場合、所得が低くなるほど死亡率が高くなっていました。同じように所得が低くなるほど介護のリスクも高くなっていました。このデータをみると、所得の高い高齢者の多くは働くことができるほど元気なのだから所得の低い人と健康格差があるのは当然だと思われるかもしれません。しかし、専門家が指摘するのは、こうした高齢期にあらわれる健康格差はそこに至るまでの生まれたときや幼い頃からの生活習慣の積み重ねや環境が影響するということです。

【健康格差 生み出すものは】

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具体的にどのような要因が健康格差につながっているのでしょうか。
人生のそれぞれの段階で見てみます。

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まず、お母さんのお腹の中にいる時期。
このときにお母さんにやせていることの危険性などが伝えられず
赤ちゃんが栄養不足で小さく生まれると、
糖尿病や肥満などのリスクがあることがわかっています。

そして、子どもの時期は、体の基本をつくり、健康な生活が送れるよう生活習慣を身につけなければならない時期です。ところが親が忙しく子どもの生活に目が行き届かなかったりして、栄養バランスの良い食事がとれず夕食を菓子パンだけで済ませてしまう。
スマホやゲームの時間が長くなり睡眠が十分に取れなくなってしまう。
そうした生活習慣の乱れが後々の健康を損なうことにもつながります。

そして大人になってからの働き方にも健康格差の要因があります。
非正規など不安定な雇用では、低所得に陥る可能性があります。そうなると、
賃金の格差だけでなく、病気の早期発見や治療に欠かせない健診を受ける機会が少ないことも指摘されています。働く期間や時間が一定に達していないと、事業主は健診を受けさせる義務がないからです。これでは正社員との健康格差は広がる一方だと思います。

【健康格差 人生の段階に合わせた対策を】

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このように、人生のそれぞれの段階に健康格差の要因があることを知った上で対策を行うことが、高齢になってからの格差の縮小につながります。
妊娠した女性に対してバランスよく栄養をとることの重要性を伝え、行政が食事内容などきめ細かい相談にのることが必要です。こうした地道な支援で小さく生まれる子どもの数が減った自治体もあります。非正規で働く人たちへの支援については、正社員との不合理な待遇の解消を一刻も早く進める改革が必要です。賃金の格差にとどまらず、健康診断なども同じように受けられるように考える必要があります。
そして、何よりも重要だと思うのが、将来の健康に影響する子どもたちの生活習慣の改善につなげるための対策です。十分な食事がとれない子どもに食事を提供する子ども食堂の広がりも必要だと思います。そして、子どもがいる家庭だけでなく学校や地域が協力して子どもの生活習慣を改善しようという自治体も出てきています。

【健康格差 解決のヒントは】

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香川県は、人口10万人あたりの糖尿病の患者が全国で2番目に多く、医療費の増大も懸念されています。そこで、5年前からすべての市と町のおもに小学4年生を対象に生活習慣病を予防するための健診を始めました。高松市の隣にある三木町の田中小学校でも先週、採血検査が行われました。健診は年に1度。糖尿病のリスクや肝機能などを調べます。この取り組み、3つの点で注目したいと思います。

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ひとつは、健診でリスクのある子どもを早期に見つけ出し生活習慣を改善することです。
学校は、子ども本人と保護者に食生活や運動の指導を行います。たとえ、家庭で食事の栄養バランスに気を配る余裕がなくても、リスクに気づくことで学校からのサポーが受けられるのです。こうした指導を受けることで子どもだけでなく、家族ぐるみで運動を心がけ、野菜の多い食事を一緒にとるなど、効果があがっているといいます。
ふたつ目は、リスクの有無に関わらず健診をきっかけに生活習慣の重要性を学んでもらうことです。学校は、健診の結果についてすべての子どもと保護者に呼びかけて説明します。いわば健康になる生活習慣を身につける環境をつくっているのです。
こうした取り組みは、財政的な効果も期待できます。この健診には年間50万円ほどかかりますが、たとえば糖尿病が悪化して透析が必要になった場合には年間500万円ほどの医療費がかかります。健診に携わっている医師は「30年間健診を続けひとりでも糖尿病を予防できたらそれだけで採算がとれ、医療費の削減につながる」と指摘します。

平均寿命は延び続け、人生100年時代が現実味を帯びています。長い人生を充実させるために健康は欠かすことができないものです。個人の努力だけでは解決することが難しい健康格差をどう無くしていくのか。社会のありようが問われていると思います。
(堀家 春野 解説委員)


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