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「北朝鮮ミサイル 日本上空通過の衝撃」(時論公論)

伊藤 雅之  解説委員
津屋 尚  解説委員
出石 直 解説委員

北朝鮮はけさ(29日)、日本の上空を通過させる形で弾道ミサイルを発射しました。今回の北朝鮮のミサイル発射の狙いと日本国内の対応、今後の見通しについて、軍事・安全保障担当の津屋解説委員とソウルに滞在している出石解説委員の分析も交えてお伝えします。

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【ミサイル発射の概要】
(伊藤)
津屋さん、まず、今回のミサイル発射がどういうものだったのか、まとめてください。

(津屋)
政府は今回の発射を受けて「日本の安全保障にとってこれまでにない深刻で重大な脅威」だと強調しました。今回の弾道ミサイルは、5月にも発射された中距離弾道ミサイル「火星12型」の可能性があると防衛省は分析しています。ピョンヤン近郊から発射されたミサイルは、北海道南部の上空で高度およそ550キロに達した後、襟裳岬から1180キロの太平洋上に落下。飛翔距離はおよそ2700キロとみられています。

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これまで日本の上空を越えて発射したミサイルを北朝鮮は表向き、「人工衛星打ち上げのためのロケットで平和目的だ」と主張してきましたが、いまや、核弾頭を運搬するための「弾道ミサイル」であることを隠さなくなったと専門家は指摘しています。

【これまでにない脅威の理由】
(伊藤)
安倍総理大臣も「これまでにない挑発」と述べている理由は、日本の上空を通過させたこと。しかも事前の予告なしに発射したことです。北朝鮮が、日本の上空を通過する形で弾道ミサイルを発射したのは、今回で5回目。日程などの事前の予告なしの発射は、これで2回目。初めてのことではありません。ただ、国際社会の、これまでにない強い自制を求める声に背いて発射を強行し、落下地点が日本と北米を結ぶ航空、船舶の主要な航路から遠くないところにも関わらず、予告しなかったことを考えれば、日本と関係国は見過ごすことはできません。

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安倍総理大臣は、直ちにトランプ大統領が電話で首脳会談を行いました。
安倍総理大臣は、「これまでにない深刻な脅威で、北朝鮮に対話の用意がないことは明らかだ」と述べたのに対し、トランプ大統領も「アメリカは同盟各国日本と100%ともにある」と応じ、北朝鮮への圧力を強化することで一致、国連安保理の緊急会合開催を要請することになりました。

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【日本上空通過の意味】
(伊藤)
津屋さん、今回の日本上空を通過させたミサイル発射は、何を意味するのでしょうか?

(津屋)
北朝鮮はこれまで、アメリカの「虎の尾」を踏んで耐え難い軍事的なしっぺ返しをこうむらないように、いわば慎重にミサイルを発射してきました。その表れが、高い高度に打ち上げることでわざと距離を抑える「ロフテッド軌道」での発射です。それにより、ミサイルは日本海に落下してきましたが、今回ついに、日本を飛び越える発射に踏み切りました。その背景には、日本海に着弾させる発射では もはや実験として不十分だとの判断があったものとみられます。核を搭載するミサイルの技術を確立するには、実際の発射と“同じ軌道”で撃つ必要があるからです。「ロフテッド軌道」は宇宙空間からほぼ垂直に落下するのに対して、通常の弾道ミサイルは、大気圏にななめに進入していきます。再突入の強い衝撃によって落下の方向が変わったりしないか、起爆装置が正確に作動するのかなどを検証するのです。北朝鮮は、しばらくは控えてきたともいえる日本列島越えの発射実験に踏み切ったわけですが、別の見方をすれば、それだけ北朝鮮のミサイル技術は高まり、完成が近づいていることになると専門家は指摘しています。

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北朝鮮の核ミサイルはどこまで完成に近づいているのか。アメリカ国防総省は、「北朝鮮は核兵器の小型化に成功」しており、「核兵器の運搬手段となるICBMが来年にも完成する」と分析していることが報じられました。つまり、この分析に従えば、ICBM完成までの残り時間は最悪、1年未満しかないことになります。

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国連では今月、北朝鮮に対する新たな制裁決議が採択され、経済制裁や外交的圧力は強まっています。しかし、今回のミサイル発射は、北朝鮮が自ら核をあきらめる気は毛頭ないことを改めて示しています。北朝鮮がアメリカや日本を攻撃できる核ミサイルを完成させてしてしまう前に、どうやって北朝鮮にストップをかけることができるのか、大きな課題です。

【北朝鮮の狙いと韓国の対応は】
(伊藤)
では、今回の北朝鮮のミサイル発射の政治的な思惑はどこにあるのか、韓国はどう対応していくのか、取材のため、ソウルに滞在している出石委員の報告です。

(出石)
私は北朝鮮問題などについて意見を交わす国際会議の会場で、ミサイル発射の知らせを受けました。会議には、日韓両国の政府関係者や研究者らが参加していますが、北朝鮮の意図や今後予想される展開などについて、さまざまな見解が示されました。まず、北朝鮮がミサイル発射を強行した狙いです。当初予告していたグアム島周辺ではなく、太平洋に向けて発射したのは、アメリカを過度に刺激したくない、軍事衝突といった決定的な対決は回避したいという思惑があったものと思われます。その上で、アメリカの同盟国である日本の上空を通過させることで、アメリカを間接的にけん制するとともに、アメリカと共同歩調を取って北朝鮮への圧力を強めている日本に対しても反発の意思を示す狙いがあったものとみられます。

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次に韓国政府の対応です。ミサイル発射を受けて、韓国大統領府はNSC=国家安全保障会議を開き、北朝鮮のさらなる挑発に備えて万全の警戒態勢を維持することを確認しています。さらに北朝鮮を非難する声明を発表し、日本やアメリカと連携して北朝鮮の挑発に厳しく対応していく方針を確認しました。これまで、北朝鮮に対しては、対話重視の姿勢を貫いてきたムンジェイン政権ですが、今回のミサイル発射で、いっそう窮地に立たされています。対話によってまず現在の核・ミサイル開発を凍結させ、事態がこれ以上エスカレートすることを食い止めたうえで、将来的に非核化を実現しようというシナリオが、少なくとも今の北朝鮮には通用しないことが証明されてしまったからです。より深刻なのは、北朝鮮がアメリカ本土まで届くICBM・大陸間弾道ミサイルの技術を完成させてしまえば、アメリカは本土が核攻撃にさらされるリスクを冒してまで同盟国の韓国を守ってくれるのかという安全保障上の問題も浮かび上がっています。米韓合同軍事演習が続いているさなかに強行された今回のミサイル発射は、北朝鮮との融和を目指してきたムンジェイン政権の対北朝鮮政策に少なからぬ影響を与えることになりそうです。

【アメリカの出方は】
(伊藤)
一方のアメリカはどうでると見たらいいのか?

(津屋)
マティス国防長官とティラーソン国務長官、「朝鮮半島はいま朝鮮戦争以来もっとも緊迫した状況にある」との見方を示しています。アメリカは、自国の領土領海が北朝鮮の核の脅威にさらされる事態は絶対に容認しないとの立場で、今回の発射を受けて、空母や爆撃機を派遣するなどさらに圧力を強めていくことが考えられます。

【国内の備えは】
(伊藤)
今回の発射では、日本各地に緊張が走りました。政府は、ミサイル発射に関連する情報を、Jアラート=全国瞬時警報システムやエムネット=緊急情報ネットワークによって自治体などに伝えました。情報は、テレビ、ラジオで速報されます。また自治体は、防災行政無線で呼びかけます。携帯電話、スマートフォンでも受信できます。今回の場合、発射の一報と避難の呼びかけは、ミサイル発射から4分後の6時2分、日本の上空通過までは3分程度しか余裕はありませんでした。そして、6時14分には上空通過を伝えました。

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このとき、すでにミサイルは太平洋上に落下していたと見られます。ミサイルが国内に落ちる恐れがないと分析し、迎撃ミサイルなどを発射する「破壊措置」を実施しなかったことが伝わったのは、この後です。今回は、ミサイルが上空を通過したと見られる自治体で、Jアラートと連動して自動的に情報を伝える防災行政無線が作動しなかったなど、各地で情報伝達のトラブルが相次ぎました。情報がきちんと伝わることが、国民の生命財産を守り、安心安全の大前提です。体制の確認を強く促したいと思います。また、情報が伝わっても、どう行動したらよいのか、戸惑った人も多かったと思います。今いる地域にミサイル落下の恐れがあるのかどうか、安心できる状況なのか、より判りやすい情報の提供が必要でしょう。また、限られた時間で、自治体ごと、あるいは職場や学校、家庭で、身を守るために何ができるのか、よりきめ細かなガイドラインを示し、あらかじめ心構えをしておくことが大切だと思います。

【まとめ】
(伊藤)
ここまで北朝鮮のミサイル発射について見てきました。津屋さん北朝鮮の今後の出方は?

(津屋)
北朝鮮は、9月9日、建国記念日を迎えます。去年はこの日に5度目の核実験を強行しました。これまで控えてきた一線を越えたともいえる北朝鮮は、核ミサイルの完成に向けて今後も日本を飛び越えるミサイルの発射を繰り返す可能性があります。そうなれば、アメリカ・トランプ政権はより強硬な対応に出る可能性も否定できません。

(伊藤)
日本とアメリカは、北朝鮮を対話の席に引き戻すためにも圧力を強化するとともに、必ずしも圧力一辺倒の姿勢をとっていない中国やロシアへの働きかけを強める方針です。北朝鮮のミサイル発射は、許されない行為です。ただ、その一方で、計算されたギリギリの挑発でもあります。私たちは、過度におびえたり、生活を変えたりする必要はありません。私たち、そして外交・安全保障を担う日本政府、各国が、改めて、冷静に、そして毅然とした態度で臨むことが重要ではないでしょうか。

(伊藤 雅之 解説委員/津屋 尚 解説委員/出石 直 解説委員)

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