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「ロヒンギャ問題 ミャンマーの民主化と人権侵害」(時論公論)

二村 伸  解説委員

皆さんはロヒンギャという名前をご存知でしょうか。ミャンマーで迫害を受けているとされる少数派の人々です。国連は人権侵害の実態を調べるために8月に調査団の派遣を計画していましたが、ミャンマー政府は迫害の事実はないとして受入れを拒んでいます。
両者の溝が深まる中、アナン元国連事務総長が、今夜記者会見し、「対応が遅れれば不安定化を増す」と警告しました。かつて民主化運動の指導者として国際社会の後押しを受けたアウン・サン・スー・チー国家顧問は今強い批判にさらされ、人権侵害に対する疑惑を払拭することができるか試練に立たされています。
ロヒンギャ問題は日本にとっても他人ごとではありません。アジア最大の人権侵害とされるロヒンギャの問題について考えます。

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ポイントは
1.ミャンマーで起きていること。人権侵害の実態とミャンマー政府の対応。
2.懸念されるISなど過激派の脅威。
3.そして、解決のために何が必要か、ミャンマーと日本も含めた国際社会の取り組み。
以上の3点です。
 
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ロヒンギャはミャンマーの西部、バングラデシュと国境を接するラカイン州に住むイスラム教徒の総称で、その数は110万人前後と言われます。国民の9割を仏教徒が占めるミャンマーでは宗教的にも少数派で、ロヒンギャの名前が使われるようになったのは1950年ころからです。かつてはイスラム教徒は仏教徒と共存していましたが、その後対立が深まり、第2次世界大戦では激しい戦闘となりました。

1982年、ミャンマー政府はロヒンギャをバングラデシュから不法に入国した外国人だとして国籍を剥奪し、土地を強制収用しました。無国籍者となった住民たちは移動の自由も認められず、軍事政権による迫害から逃れるために次々と国外に避難しました。
バングラデシュには数十万人が逃れ、キャンプ暮らしを続けています。また、タイやマレーシアでは過酷な労働を強いられています。

2012年にはロヒンギャ住民と仏教徒の住民の大規模な衝突が起きておよそ200人が死亡、新たに14万とも言われるロヒンギャ住民が家を追われました。

おととしにはタイやマレーシアで、悪質な人身売買の業者によって殺害されたり置き去りにされたりしたと見られるロヒンギャの遺体が数百体見つかり世界に衝撃を与えました。

事態がさらに悪化したのは去年10月です。ロヒンギャの武装集団が警察官を殺害したことを受けて、掃討作戦に乗り出した治安部隊によって、住宅が放火され、数十人の女性が性的暴行を受けたということです。

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国際人権団体のヒューマン・ライツ・ウォッチは、衛星写真を分析した結果、10月以降およそ1500の建物が治安部隊によって破壊されたと見ています。何枚かの写真を比べてみると日を追って被害が広がっているのがわかります。

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こうした事態を重く見た国連は調査に乗り出しました。国連人権高等弁務官事務所は、ロヒンギャの住民に対して「組織的かつ広範囲に攻撃が行われ、人道に対する罪の可能性が高い」とする報告書を今年2月に提出しました。これを受けて国連人権理事会は、調査団の設置に関する決議を採択し、国際的な調査団が今月にも現地入りする計画でした。
しかし、ミャンマーの実質的指導者のアウン・サン・スー・チー国家顧問は、ロヒンギャ住民の証言は捏造であり、虐殺や民族浄化の事実はなかったと反論し、ミャンマーが独自に調査を行うことを理由に、国連の調査団の受入れを拒み、入国ビザを発給しない方針を示しました。さらにミャンマー政府は今月10日、治安維持目的でこの地域に大規模な部隊を派遣しました。国連は事態が悪化しかねないと強い懸念を表明しており、国連とミャンマー政府の相互不信が強まっています。

国連の調査団の設置に関しては、中国やインドは決議に加わらず、日本政府も調査団の設置を支持しない立場をとりました。ミャンマー政府が自ら行う調査にまかせるべきだという理由からですが、人権侵害の事実がないのであれば疑念を晴らすためにも、国連の調査に協力すべきではないでしょうか。日本政府の消極的な対応は、ミャンマー政府と軍部を刺激したくないからだと指摘する専門家もいます
日本はスー・チー氏のもとで民主的な国家に向けて歩みだしたミャンマーを積極的に支援し、民間の企業もアジア最後のフロンティアと呼ばれるミャンマーに次々と進出しています。ミャンマーの安定は日本にとって不可欠なだけに、ロヒンギャ問題に距離をおくのではなく積極的に関わるべきだと思います。

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ロヒンギャ問題をこれ以上放置すれば、ミャンマー一国の問題ではすまなくなる危険性があります。とりわけ懸念されるのが、差別や迫害に対するロヒンギャの不満につけこんで、イスラム過激派組織が影響力を強めかねないことです。
去年10月に警察を襲撃した武装勢力はサウジアラビアやパキスタンの過激派とつながりがあるという指摘もあります。マレーシアやインドネシアの治安当局は、IS・イスラミックステートがロヒンギャの難民を戦闘員としてリクルートし、「聖戦」を呼びかけていると警戒を強めています。ロヒンギャ問題が続けばテロの脅威が拡散し、地域全体の不安定化を招きかねないだけにこれ以上手をこまねいているわけにはいきません。

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今年はじめ、マレーシアの呼びかけで急遽開かれたイスラム協力機構の外相会議は、ロヒンギャへの差別と暴力を直ちに止めるようミャンマー政府に強く求めました。マレーシアのナジブ首相は「何のためにノーベル平和賞を受賞したのか」とスー・チー氏への不満をあらわにしました。また、去年12月には南アフリカのツツ大司教やバングラデシュのグラミン銀行設立者ムハマド・ユヌス氏ら歴代のノーベル平和賞受賞者13人が連名でスー・チー氏に抗議する書簡を送るなど、スー・チー氏とミャンマー政府への国際的な風当たりが強まっています。

では、ロヒンギャ問題を解決するために何が必要でしょうか。
各国の批判を受けて、アウン・サン・スー・チー国家顧問は、アナン元国連事務総長をトップとする諮問委員会を設置し、1年間の調査を終えた23日、委員会から最終報告書が提出されました。

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報告書は、キャンプ生活を強いられているロヒンギャ住民の隔離をやめ、元の場所に戻ることができるようにすること、国籍の復活と移動の自由、それに教育や医療を受ける権利を保障することなどをミャンマー政府に求めています。その上で「人権が尊重されなければ過激派の台頭を招きかねない」と警告し、迅速な対応を促しています。

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スー・チー氏は、基本的に報告書を受入れ、ロヒンギャ問題の解決に取り組む姿勢を示してはいますが、本当にできるのか疑問視する見方が強いのも事実です。というのも、仏教徒が国民の圧倒的多数を占め、反イスラム感情が根強い国民の世論や、ロヒンギャに強硬な姿勢をとり続ける軍部の存在が、問題の解決を難しくしているからです。軍部の影響力を強く残す現行の憲法を改正するには軍の理解と協力が必要なだけに対決姿勢をとることが難しいという事情もあります。
 
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民主化と、130もの民族からなる国民の和解と統一、こうした難題に加えてロヒンギャ問題を解決していくためにスー・チー氏率いるミャンマー政府の責任は重大であり、国際社会の後押しも不可欠です。日本の役割も小さくありません。日本にも多数のロヒンギャの人たちが迫害から逃れてきており、現在200人以上が日本で暮らしています。アジア最大の人権問題であるロヒンギャ問題の解決に向けて、歴史的にミャンマーと深く関わってきた日本こそ、先頭に立ってミャンマーの変化を導いていくべきではないかと思います。

(二村 伸 解説委員)

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