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「問われる世界遺産の価値」(時論公論)

名越 章浩  解説委員

ユネスコの世界遺産の数が1000件の大台を超えて3年。今年も先月新たに21件が加わりました。
世界の様々な文化や歴史、豊かな自然が人類の宝として認知され、保護されるこのユネスコの世界遺産の仕組みには大きな意義があります。
一方で、もはや誰が見ても世界レベルと言える遺産は出尽くしたのではないかという声もあり、いま、世界遺産は岐路に立っています。
問われている世界遺産の価値について、名越章浩解説委員がお伝えします。

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解説のポイントは3つです。

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▼“増えすぎ”の現状
まず「増えすぎ」ともいわれる世界遺産の現状についてみていきます。
▼岐路に立つ世界遺産
近年、審査はより厳しく、慎重になっています。そこから世界遺産が抱える課題が浮かび上がってきます。
▼今後のあり方を探る
最後に、今後の世界遺産のあり方を考えます。

まず、世界遺産の現状についてです。

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世界遺産は、1972年に採択された世界遺産条約にもとづいて、文化財などの保護を対象にした文化遺産と、手つかずの自然環境を対象にした自然遺産、そして、その両方の要素をもつ複合遺産の3つがあります。
総数は、先月登録されたものを含め、1073件。167の国や地域で世界遺産が登録されています。
このうち、日本のものは、21件。
そのほとんどが文化遺産で、世界最古の木造建築で知られる奈良の法隆寺や、広島の原爆ドーム、そしてことし登録された福岡の“神宿る島”沖ノ島などです。

登録されると、観光客が集まり大きな経済効果をもたらすこともあって、新たに登録を目指す動きは後を絶ちません。

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将来の世界遺産を目指すものを掲載するユネスコの「暫定リスト」という一覧表があります。
日本からは9件が掲載されていて、いわば、登録の順番待ちをしています。実際は、ほかにもおよそ30件の世界遺産候補が各地で準備を進めています。

こうした現状は日本に限った話ではなく、例えば国策で世界遺産を増やそうと力を入れている中国は、暫定リストに59件、世界遺産の数が世界で最も多い53件あるイタリアは、さらに増やそうと、暫定リストに40件、フランスも37件を挙げていて、将来の登録を目指しています。
いわば世界各国が登録競争を続けているのです。

そこで、重要なのが、専門家の事前の評価です。
より厳密に調査し、厳しく評価しているといわれますが、そこから近年の世界遺産の課題が浮かび上がってきます。
どういうことか。
ここで、世界遺産の登録までの流れを、まず確認しておきましょう。

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世界遺産登録を目指す場合、各国の政府が自分の国の遺産の推薦書をユネスコに提出します。
ユネスコは、イコモスなどの専門家の団体に依頼し、登録にふさわしいかどうかを、調査・評価してもらいます。
このイコモスなどの評価をもとに、21の国の代表で作る世界遺産委員会が年1回開かれ、そこで登録の可否が正式に決まるという仕組みです。

当然、この専門家の評価は、世界遺産委員会の場でも尊重され、登録の可否を大きく左右することになります。

ところが、この評価が、最終的にひっくり返されるケースが少なくありません。
例えば、先月開かれた今年の世界遺産委員会を見てみると、最終的に登録された21件のうち、専門家の評価で登録がふさわしいとされていたのは、半分ちょっとの12件でした。
残りのほとんどは、ことしの登録は無理だという主旨の大変厳しい評価でしたが、これをひっくり返しての登録だったわけです。

こうした逆転は、10年ほど前までは極めてまれでしたが、ここ5、6年は目立っていて、まさに世界遺産の課題となっています。

なぜ、こういうことが起きるのか。
1つには、各国のいわば「ごり押し」という場合があります。しかし、多くの場合は調査にあたった専門家の団体との意見のズレが背景にあります。
どういうことかというと、調査する専門家は、全く違った文化や環境で暮らす外国人で、推薦国の意図する遺産の価値や精神性が十分理解してもらえないケースがあるんです。
つまり異なる多様な文化をいかに理解し合えるか、その評価の難しさが背景にあるわけです。

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このため、専門家の団体、イコモス側も対策を進めています。
評価を出す前の年から、推薦国とじっくり対話し、今の推薦書の内容では登録の基準を満たせそうにない場合は、改善点などを事前に伝えるようにしました。
来年夏の世界遺産への登録を目指している、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」のように、推薦をいったん取り下げたケースもあります。

では、今後の世界遺産は、どうなっていくのでしょうか。

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ここで、確認しておきたいのは、もともと世界遺産は、1960年以降、世界で急速に進んだ人間による開発の波が、文化財や自然環境に及び、その破壊から人類の宝を守ろうと、世界各国が知恵を出し合った結果生まれた考えだということです。
登録されると、保護・保全のための義務が生じます。
その仕組み自体には大きな意義があり、これからも大切にしていくべきだと思います。
しかし、守っていくためのコストや人材には限界があります。
今後は、こうした現実を見据え、次のステージに向かって何ができるかを考える時期が来ているように思います。

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具体的には、世界遺産の推薦件数を制限するのも、その対策の1つです。
現在は、1つの国が文化遺産1件、自然遺産1件のあわせて2件を上限に毎年推薦出来ますが、来年・2018年の推薦からは1件に制限されることが、すでに決まっています。
しかし、将来的には、例えば、登録が実現した国は、その後、数年間は新規の推薦ができないようにするなど、より厳しい制限の方法を導入することも必要だと思います。

一方、すでに登録されている遺産をどう守っていくか、この点に軸足を移すことも現実的には必要です。

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世界各地で、地球温暖化に伴う異常気象による被害、テロや戦争による破壊など、世界遺産は様々な危険にさらされる時代となっています。
2001年にタリバン政権によって巨大な仏像が爆破され、その後、世界遺産に緊急登録された、アフガニスタンのバーミヤンの遺跡もその1つです。
日本の研究者らの支援によって修復の努力が続いていますが、復元のためには、少なくとも数十億円の費用が必要で、めどはたっていません。
こうした危険な状態にある世界遺産は、54件にものぼっていて、世界の知恵と技術、そして資金を集めて危機から救う必要があります。
新規登録に注ぐコストと人材を、今以上に保護・保全に振り向けることが求められます。

本当に後世に残すべき価値のある人類の宝はなにか、そして、何を優先すべきか、今一度、検討する時期がきているのではないかと思います。

(名越 章浩 解説委員) 

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