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「日ロ関係の今後 共同経済活動と安全保障」(時論公論)

石川 一洋  解説委員

北方領土における共同経済活動の実現に向けてロシアとの交渉が続いています。共同経済活動に踏み込んだ領土交渉、これからがまさに正念場です。
一方日ロの領土交渉に影響を及ぼそうとしているのが、北朝鮮の核とミサイルの開発です。
北方領土交渉と安全保障、日ロ関係がどのように動こうとしているのか、今日は考えてみます。

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解説のポイントです。
★共同経済活動の優先順位
★領土交渉と共同経済活動
★北朝鮮問題の影響は?

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17日モスクワで共同経済活動に関する日ロ次官級協議が行われました。今年六月、日本政府は共同経済活動の実施に向けて初めての官民の合同調査団を 北方領土に派遣し、島での共同経済活動の可能性について調査しました。
この現地調査に基づき、より具体的に事業を絞り込んで話し合いが行われたものと見られます。
では共同経済活動、どのような優先順位をつけるべきでしょうか。
私は人の往来の枠組みを作ること、具体的には島との間の航路の開設が最優先と考えます。
私は官民合同調査が行われた直後の7月初め、ビザなし訪問の団員として国後島と択捉島を訪れました。
四島との行き来に使われる船はビザなし訪問のためのエトピリカ号一隻、岸壁が整っていないために国後島も択捉島も直接接岸することはありません。
官民合同の調査団の派遣が当初は五月を予定していながらも6月末にずれ込んだのも、結局四島を行き来する船がエトピリカ号以外に見つからなかったからです。

そもそも人の交流ができなければ経済活動は成り立ちません。
どのようなプロジェクトが行われるかによって利用者の数も変化しますが、北方四島との間の航路の開設は最優先課題の一つでしょう。

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根室と国後、色丹、歯舞群島の間の周回航路、また択捉と根室を結ぶ航路、定期的な運用も見据えた航路の開設が共同経済活動の必要条件といえるでしょう。
技術的には根室と四島側に専用の岸壁を作ること、そして四島との間を行き来する船を整備することも必要となるでしょう。

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人の往来の枠組みについては、主権の問題が解決していない段階では、やはり自由な往来ということに一足飛びには行かないでしょう。
パスポートの代わりに特別許可証、旅行日程の事前提出、そして航路を利用できる人を当初は共同経済活動の参加者や関係者、隣接地域と四島の住民、そして元島民と関係者などに限定した形になるかもしれません。

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サハリンなどに住むロシア人の利用を認めるのか、これまでの交渉では難航しています。
ただ日本人が四島に入る枠組みともに四島に今住むロシア人が隣接する根室など北海道の道東に呼び寄せ、道東と島との生活面での結びつきを実感させることも重要です。
航路が開ければ、観光、そして養殖など水産面での協力など様々なプロジェクトが可能となるでしょう。

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忘れてはならないのが、高齢化した元島民の心情です。
共同経済活動も利用して、たとえばかつてのサケの孵化場を復活させて、同時に元島民が祖先の墓地に行きやすくして、島で宿泊できるようにする。
共同経済活動によって元島民が島に自由に行き来できるようにする必要があります。
私は今回ビザなしに同行して、改めて北方四島の圧倒的な自然の美しさとその自然を保護することの重要性を認識しました。
国後島から択捉島に向かう間に見た北方四島の最高峰爺爺岳の荘厳な姿、そして海を飛び交う渡り鳥の群れ、共同経済活動の一つとして四島の周りを周遊するエコツアーは、魅力あるものとなるでしょう。

★次に何のために共同経済活動をするのかということです。
言うまでもなく、戦後、日ロの間で棘として残った北方領土問題を解決するためです。
共同経済活動が自己目的化してはなりません。

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1945年終戦後の8月末からソビエト軍は日本の正当な領土である北方四島を占領し、その後一方的に自国領と宣言しました。日本は固有の領土として北方領土の返還を求め、ソビエト・ロシアは第二次大戦の結果自国領となったと主張、双方の原則的立場は未だに正反対なままです。
領土交渉を打開するため安倍総理は北方四島での共同経済活動に踏み込みました。
ロシアの管轄権を認める恐れがあるとしてこれまで人の出入りを含めて四島での経済活動は原則的に禁止してきましたが、その方針を大きく転換するものです。ロシア側が主権に関する交渉を引き延ばすリスクがある中での方針転換です。

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共同経済活動は、主権の問題が解決する前に、いわば解決した後にも通じる経済の枠組みを法的なものも含め先に築くことで、主権の問題の解決のハードルを下げようという戦略です。

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共同経済活動の交渉はまさに平和条約交渉の一部とならなければなりません。
日本側として欠かせないのは、共同経済活動を進めつつも必ず主権の問題を解決するという意思です。
安倍総理は来月、去年に続いて再びウラジオストクでの経済フォーラムに参加して、プーチン大統領との首脳会談に臨みます。

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島の将来像を共同経済活動の形で先行して築き上げながらどのように主権の問題を解決するのか。まさに去年のウラジオストクでの首脳会談が「新しい発想に基づくアプローチ」の肝としての共同経済活動への出発点となりました。両首脳がこれまでの進展具合を見つつ、主権の問題についても腹を割った意見の交換し、今後の領土交渉の道筋をつけることが必要となるでしょう。

★さて北朝鮮の核とミサイルの開発が日ロ関係そして領土交渉に大きな影響を与えようとしています。
そもそも安倍総理は、米ロが対立する中で、なぜ日ロ関係の打開に踏み切ったのでしょうか。それは北東アジアで日ロ関係を強化することが地域の安定につながり、日本の安全保障を強化すると判断したからです。

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プーチン大統領は6月半ば、共同経済活動は領土問題の解決のための良好な条件を作るとしたうえで、領土問題の解決と安全保障を結びつける考えを改めて示しました。

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北方領土問題を解決するためにも日本とロシアは安全保障での共通理解を深めることが必要です。
しかし安全保障面で日ロの協力の躓きの石となりかねないのが、北朝鮮の核とミサイルなのです。
「北朝鮮の核とミサイルは最大の脅威だ」とする日本と「北の核保有は認められないが、アメリカの軍事力拡大が北を核保有に追い込んだ」とするロシアでは認識に大きな差があります。
ノドンなど北朝鮮の中距離ミサイルはほぼ日本全土を射程に収めています。日本は北朝鮮のミサイルの脅威にさらされていると言えます。日米同盟を強化するとともに、防衛省は陸上型のイージスシステムを導入する方針を固めました。
北朝鮮のミサイルの脅威を考えれば当然の措置といえましょう。

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しかしロシアは中国とともに強く反発することが予想されます。
ロシアにとっては北朝鮮のミサイルよりも、アメリカのグローバルなミサイルシステムが自国の核抑止力を低下させ、安全保障の脅威となると考えているからです。
北朝鮮の核とミサイルという共通の脅威がありながら、日米と中ロが対立を深めることになりかねない。
この隘路をどのように打開したらよいのでしょうか。
私は日本が北東アジアの安全保障について今までのようにアメリカ任せの受身の姿勢ではなく、より積極的なイニシアチブを取る時期が来たように思えます。
日米韓の連携強化は当然、しかしそれを一歩踏み越えて北東アジアの安全保障の枠組みについて、ロシアと中国に対して協議を呼びかけてはどうでしょうか。かつてヨーロッパにおいては、ロシアは地域に限定したミサイル防衛には反対しないとの立場を取りました。
米ロ対立の中でヨーロッパでのロシアも含めた共通のミサイル防衛の枠組みを造るという構想は失敗しましたが、北東アジアにおいては、北朝鮮という現実の脅威の存在がそのような話し合いを求めているように思えます。

北方領土問題を解決するために共同経済活動という前例のない交渉に踏み出した日ロ関係。北朝鮮の核とミサイルの問題がさらに厳しさを増す中、領土交渉を進めるためにも北東アジアの安全保障についてより真剣な話し合いを始める時期に来ているのではないでしょうか。

(石川 一洋 解説委員)

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