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「ASEAN創設50年と日本外交」(時論公論)

道傳 愛子  解説委員

ASEAN東南アジア諸国連合が発足してから今日(8日)で50年になります。インドネシア、タイ、シンガポールなど5ヶ国がつくった地域連合は、この50年で10ヶ国、人口6億4000万の共同体へと成長しました。ASEANのこれまでからは何が見えてくるでしょうか。日本との関係はどうなるのでしょうか、考えて行きます。

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ポイントは3つです。

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(1) まずASEANは、創設から今日までどのような変貌を遂げたのでしょうか。
(2) 次に今日の課題。50年で、ASEANを巡る国際情勢も大きく変わりました。今日のASEANはどのような課題に直面しているのでしょうか。
(3) 最後に、ASEANにとって日本はどのような存在なのでしょうか。日本外交の役割はなんでしょうか。こうした点について考えます。

(1)    変貌をとげるASEAN

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・1967年当時、ASEANがこれほどの変貌を遂げることを誰が想像したでしょうか。冷戦の最中、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイによって創設されたときには「東南アジアの途上国の集まり」とも言われました。タイ以外は植民地支配から独立したばかりの国々で、争いのない豊かに発展する地域となることを悲願としていたのです。84年にはブルネイ、その後90年台に社会主義国のベトナム、ラオス、軍事政権下のミャンマー、和平が成立したばかりのカンボジアを迎え入れ、10カ国の地域連合となりました。人口は1億8000万から6億4000万と3.4倍に、GDPは225億ドルから2兆6000億ドルと112倍に成長したASEANは、今や「アジアの小国の集まり」ではなく、まとまれば「大国に対しても十分にものが言える共同体」になったと、ASEANを草創期から知る閣僚経験者は胸を張ります。

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・シンボルマークも、10本の稲穂がひとつに束ねられている様子を表し、まとまりを強調しています。ただ言語、民族、宗教、政治、経済も多様=つまりばらばらな10カ国がまとまるためには、国内の人権問題や政治対立にはお互いに立ち入らない「内政不干渉の原則」という知恵が必要でした。干渉しないこと、立場の違いを鮮明にしないことで一定の秩序を保ってきたのです。しかし加盟国は、これまでのASEANのやり方「ASEAN WAY」だけでは対応しきれない変化に今、直面しています。

(2)    今日のASEANの課題

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・直面するのはどんな課題でしょうか。まず国際情勢の変化、中でも中国の覇権の拡大です。南シナ海では、中国と、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイが領有権を主張。中国は、ほぼ全域に管轄権を主張し人工島を次々に造成するなど軍事的な動きを加速させ、対立を深めています。
・しかし直接利害関係にある「海のASEAN」の国々と、カンボジアやラオスなど「陸のASEAN」では、対応に温度差があり、安全保障の分野では足並みがそろいません。5日のASEAN外相会議では共同声明の発表は6日にずれこんだ上、中国の海洋進出の動きについては「懸念に留意する」という抑えた表現にとどまりました。中国との関係の濃淡で、一枚岩にはなれない実情を映し出しています。
・ASEANは中国のAIIBアジアインフラ投資銀行や、中国からアジア、ヨーロッパ、アフリカまでも結ぶ「一帯一路構想」で、巨額のインフラ投資などで、中国の方にも引き寄せられているからです。
・そうした中で、トランプ政権下のアメリカの存在感は低下し、オバマ大統領が掲げたアジア重視政策のその後はどうなるのか見えてこないことも、ASEANにとって当惑する材料です。なぜなら、強い中国、強いアメリカにはさまれ、どちらか一方だけに取り込まれないようにしてきたことも、これまでのASEANの知恵だったからです。

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・さらに足元では、広がる格差という課題も抱えています。月額賃金を比較するとカンボジアやラオスではタイの半分以下。中国やタイと比べ、安い賃金は競争力となり、域内で製造業の分業が進んでいます。それは「強み」でもありますが、カンボジアの一人あたりのGDPはシンガポールの42分の1という格差はこのままでいいのか、成長の「質」が問われ始めているのです。

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(3)    そうした中で、日本には何が求められているのでしょうか。
ここで触れておきたいのが「福田ドクトリン」です。日本経済の勢いが増し、アジアで日本企業や商品に対しての抗議行動が強まり、関係は決して良くない中、1977年、当時の福田赳夫総理がフィリピンで発表した日本の東南アジア政策の柱は、日ASEAN関係の土台を形作りました。

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強調されたのは、日本は①軍事大国にはならない ②心と心のふれあう関係を築く ③対等な協力者という点です。戦争や地域紛争に翻弄されたアジアの国々にとって、ASEANの安定と繁栄は東南アジア全体の平和の中で初めて確保され、日本は軍事力を使うことなく、持てる力は地域の平和と繁栄のために使おう、というメッセージは、その当時も、今もとりわけ心に響くメッセージなのです。

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・安倍総理が政権発足直後の2013年、最初にASEANを訪問したのも、人口も経済も大きく伸びるこの地域との連携を深めて行くことが欠かせないという考えからでした。
・今週、マニラで行われた日ASEAN外相会議で河野外務大臣は、ASEANに対して日ASEAN技術協力協定の交渉開始を提案しました。東南アジアは、戦後賠償と経済協力で日本の援助が始まり、日本のODAのアジア重視の原型ともなった地域です。2015年に発足したASEAN共同体を推進するために、二国間援助から、まとまりとしてのASEANに対して行う協力の枠組みを作ろうというのです。

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・必要なのは、地域を東西、南北に貫く鉄道や道路や、海の航路や港湾などインフラ整備だけではありません。各国の税関など制度のつながること、さらにそうしたつながりを維持するための人材育成なども今後、重要だからです。

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・タイを代表する実業家は、東南アジアが求めているのは中国の成長モデルではなく、途上国から先進国へと発展した日本こそ、めざす将来の姿だと話したことがあります。成長の成果を多くの人が感じることができるよう、貧困の削減、教育、感染症などへの支援はもちろんですが、豊かになるにつれて膨らむ中間層にアプローチし、環境問題や災害、技術革新、高齢化など日本の近代化の経験や教訓を共有してほしいという期待があるのです。
・ASEANの指導層は今も「福田ドクトリン」と親しみを込めて口にします。
日本は持てる力を国の内外の平和的な建設と繁栄に向けたい、と志し、それが日本の国柄だと語りかけた福田ドクトリンに相当する日本のメッセージは何か、耳を澄ましているのです。

ASEANには日本は多くの企業が進出し、ボランティアや援助関係者が長年活動を続けています。ASEANが創設から50年を迎えた今年、日本は今も対等な協力者であり、アジアの平和と繁栄に力を傾けることが国柄であると伝え続ける必要があるでしょう。そのメッセージは、きっとASEANの人たちの心に響くに違いないと思うのです。

(道傳 愛子 解説委員)

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