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「7月の豪雨から学ぶ ~九州北部豪雨1ヶ月~」(時論公論)

山﨑 登  解説委員
松本 浩司  解説委員

《山﨑》
明日で九州北部豪雨から1ヶ月ですが、先月は秋田県で記録的な雨が降ったり、新潟県の佐渡で50年に1度の大雨に見舞われたりしました。どうも雨の降り方が変わってきているのではないかと不安に感じている人が多いように思います。折しも台風5号が鹿児島県の奄美地方の一部を暴風域に巻き込んで、北西に進んでいて、明日以降は九州や四国など西日本でも大雨が心配されます。そこで、気象災害と防災を担当している私と松本委員の二人で、7月の豪雨と被害の特徴をみながら、今後の備えを考えます。

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【台風5号】
まず台風5号についてですが、台風5号の大きな特徴は速度が遅いことです。このため猛烈な雨や風が同じ地域で長く続く恐れがあります。様子をみていと、事態が悪化してしまう可能性がありますから、少しでも不安を感じたら、早めの防災行動をとってください。

【降れば大雨の時代】
気象庁は1時間の雨量が100ミリ前後に達するような、その地域で数年に1度の猛烈な雨が降ったり、降ったとみられるときに「記録的短時間大雨情報」を発表しています。先月1ヶ月間に発表された回数は51回にのぼりました。

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解析の仕方が少し変わりましたから単純な比較はできませんが、去年は1年間で58回、一昨年は1年間で38回の発表でしたから、今年の7月の発表の多さは際立っています。

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もう一つ気になるデータがあります。このところ1時間に50ミリ以上の激しい雨が降る回数は増える傾向にありますが、一方で、一日に1ミリ以上の雨が降る日数は減る傾向がみえています。つまり“降れば大雨”という雨の降り方に変わってきているのです。

Q.松本さん、九州北部の被災地でも「経験したことがない雨だった」と話す人が多かったですね?

《松本》
九州北部では5年前にも豪雨災害がありましたが、今回被害の大きかった地域の人たちに聞くと、皆「5年前もたいへんな雨だったが、今回はそれをはるかに上回る猛烈な雨だった」と話していました。
取材をすると5年前の教訓が生かされた面が大きい一方、かえって油断を招いてしまった部分もあった。

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5年前の災害のあと住民が自主防災マップを作り、安全な家を避難所に決めて皆で逃げて難を逃れたケースでは、今回の災害後、「本当に作っておいてよかったねえ」と住民同士で話したという。

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一方、前回、浸水しなかったので「大丈夫だろう」と一度避難をしたのに自宅に戻って川の氾濫に巻き込まれ、流されそうになった人もいました。
「記録的な豪雨」が全国各地で頻繁に観測されるようになり、過去の経験ではなく、川の氾濫や土砂災害のハザードマップなどで想定された最大の被害を念頭に備えなければならない、ということを示したと言えると思います。

【要支援者名簿と支援計画がどう機能したのか】
《山﨑》
最近の災害を取材して気づくのは、犠牲者に占める高齢者の割合が多いことです。東日本大震災でも亡くなった人の6割が65歳以上の高齢者で、震災後、災害対策基本法が改正され、災害時の避難に支援が必要な人の名簿を作ることが市町村に義務づけられ、合わせて避難行動計画を作ることが必要になりました。九州北部豪雨でも高齢者の犠牲者が多くなっていますが、こうした取り組みは生かされたのでしょうか?

《松本》
限界もありますが、着実な取組みは生かされたと思います。
大きな被害が出た福岡県東峰村のケースで見てみます。

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東峰村では災害時に避難に支援が必要なお年寄りなど258人の名簿を作り、ひとりひとりの避難を支援する計画をまとめていました。そのうえで毎年、避難訓練を行っていて、今年も災害が起こる10日前に住民1000人が参加して避難訓練をしたばかりでした。

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避難支援計画では、支援が必要なお年寄り1人に対してサポート役の住民1人ないし2人を決めていて、10日前の訓練でもいっしょの避難所に行ったり、声をかけたりしていました。

<VTR>
今回の災害で大規模な土石流に襲われた屋椎地区です。12軒のうち4軒が流されたり潰れたりしました。
ここに住む和田将幸(わだまさゆき)さんは、当日の夕方、雨の降り方が尋常でないと感じて仕事を切り上げ、6キロ離れた職場から戻ってきました。
指定された避難所に行くのはかえって危険だったため、周辺のお年寄りの家をまわって、地区の中では高台にあって比較的安全な自分の家に避難させました。その直後に土石流が発生しました。自宅も危険になったため、和田さんは自分がサポート役のお年寄りを含め5人を軽トラックに乗せて、さらに高台にある神社の社務所に避難させました。社務所にはほかのサポート役もお年寄りを連れてきていて、和田さんたちのすばやい行動で多くのお年寄りが無事、避難することができました。
ただ和田さんが自分の家に来るよう声をかけたのですが、遠慮をして自宅にとどまっていたお年寄り夫婦が土石流で亡くなりました。

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和田さんは「ふたりを無理やりでも連れて来なかったことが悔やまれてならない」と話しています。一方で、「事前に支援者名簿と個別の支援計画を作っていたことはたいへん役に立った」と力を込めて話します。

Q.災害を経験して、実感したということですね?

「計画がなければ自分だけ、あるいは家族だけで逃げようということになるが、サポートするお年寄りが決まっていることで『一緒に逃げよう』とか、少なくとも『避難するよう一声かけよう』という気持ちになる。お年寄りも声をかけられなければ避難をしないという人が多い。」
長年、消防団員を務めていた経験からも「今回の災害で、村内で、サポート役に呼びかけられたり、連れられたりして避難したお年寄りは多かったと思う」と話しています。

名簿や支援計画作り、訓練など地域の地道な防災活動によって命を守ることができる、確実に被害を少なくすることができるということを、今回の取材現場で感じました。

《山﨑》
松本委員の取材報告をみると、要支援者の名簿作りや支援計画づくりの効果は歴然としています。それぞれの地域で実践的な避難計画作りを進めて欲しいと思います。

【高齢者の避難対策】
《山﨑》
7月の各地の豪雨は比較的短い期間に降りましたが、今後、そうした雨が降り続くようなことがあったら、さらに大きな被害がでるのではないかと心配されます。
というのも最近の豪雨の背景には、地球温暖化があると指摘されているからです。地球の平均気温が1度上がると、大気中の水蒸気の量は7%増えるといわれます。世界の科学者は、地球温暖化が進むと激しい雨が増えると警告していますが、最近の雨の状況はその警告が現実のものになってきた印象をもたせます。
現在、鹿児島県の奄美地方を進んでいる台風5号は、日本の南の海上を迷走しながら勢力を強めてきました。去年も同じような台風がありました。東北や北海道で大きな被害を出した台風10号で、岩手県岩泉町の高齢者のグループホームで9人が亡くなりました。こうした高齢者などの施設の対策は進んでいるのですか?

《松本》
こんな例がありました。先月23日、秋田県を襲った豪雨災害でも、老人ホームが川の氾濫で危機的な状況に直面しましたが、事前の計画と訓練を生かしてお年寄りを全員、無事避難させていました。

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その施設は秋田県大仙市にある特別養護老人ホーム「愛幸園」です。近くを流れる雄物川が大規模な氾濫が起こすと5.5メートルの高さまで浸水すると想定されています。愛幸園は平屋建てのため逃げるところがありません。

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愛幸園は岩泉町のグループホームの災害のあと去年10月に雄物川が氾濫した場合の避難計画をつくり、避難訓練を行っていました。

22日の夜、激しい雨が続き雄物川の水位があがりはじめたため15人の職員が泊まりこんで備えました。早朝になって近くの水位計があらかじめ決めていた基準に達しため全職員を招集。市から避難指示も出たため入所者のお年寄り81人を避難させることにしました。

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川からは500メートル、避難先の中学校までは800メートルあります。

<VTR>
施設の関係者が避難の様子をビデオで撮影していました。38人の職員が、訓練のとおり、手際よく車に入所者を乗せていきました。7台の車で中学校までピストン輸送しましたが、そこでも事前の訓練と計画が生かされました。

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中学校への最短のコースには途中、道幅が狭く車がすれ違いにくいところがあります。そこであらかじめ避難計画で、行きはその道をとおり、帰りは学校の反対側の別のルートを通ることを決めていました。

<VTR>
受け入れ側の中学校とも事前に相談をしていて、中学校側も早朝に職員8人が集合し、体育館に畳を敷いて受け入れ態勢を整えていました。移動は計画通りに進み、2時間あまりで81人全員が無事、体育館に避難しました。
実は、避難開始後まもなく2キロ離れたところで氾濫が始まっていて、浸水は施設の手前でとどまったものの、危機が迫る中での避難でした。

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愛幸園の施設長の山谷勝志(やまやまさし)さんは「施設は浸水しませんでしたが、体調の不良を訴えるお年寄りをひとりも出さずに、避難をして、安全に施設に戻ることができました。今回の反省点を職員みんなで話し合い、今後に備えようと思います」と話していました。
去年の台風10号の災害を受けて、国は川の浸水が想定されるところにある高齢者施設などに避難計画を作ることを、この6月から義務付けました。3万あまりありますが、計画ができているのは1割に届いていないと見られ、大きな課題と言えます。

《山﨑》
災害は常に弱い立場の人たちに大きな被害をもたらします。全国の施設と自治体で取り組みを急いで欲しいと思います。

【情報により敏感に】
《山﨑》
施設や住民が避難を判断するためには気象情報を生かすことが重要です。大雨の際にどのような情報が出されるかを整理します。大雨が予測されるとまず「大雨注意報」が発表され、さらに危機感が高まると「大雨警報」が、そして最後の段階で大雨の「特別警報」が発表されます。特別警報は数十年に1度の現象が起きたり、起きるとみられる時に発表される情報で、この情報が出たときにはすでに災害が発生していてもおかしくない状況です。したがって特別警報が出る前に避難が終わり、安全が確保されていて欲しいと気象庁はいっています。
ということは大雨警報から特別警報が出るまでの間の防災行動が鍵になります。この間にでることが多い情報に、最初に話した「記録的短時間大雨情報」と土砂災害の危険性が高まった時に出される「土砂災害警戒情報」があります。また河川がいつはん濫してもおかしくない水位に達したことを知らせる「はん濫危険情報」も重要な情報です。

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しかし残念なことに、これらの情報が住民に共有されているとはいいがたいのです。気象庁が去年の12月に全国の20歳以上の男女2000人に聞いたところ、記録的短時間大雨情報を知っていると答えた人は56.8%と半数を上回る程度で、この情報を防災に利用している人は3分の1の35.6%しかありませんでした。
気象庁は情報の周知に力を入れる必要がありますが、住民ももっと気象情報に敏感になる必要があります。

【まとめ】
《山﨑》
松本委員と二人で7月の豪雨と災害の特徴をみてきましたが、雨の降り方が激しくなり、被害が深刻化する傾向にあることがわかります。行政と住民が防災への心構えを新たにして備える必要があります。
現在、鹿児島県の奄美地方の一部を暴風域に巻き込んで進んでいる台風5号は今後進路を東寄りに変えて、九州に向かう見通しです。台風の動きに重大な関心を持って、今後の気象情報に十分注意し、被害がでないようにして欲しいと思います。

(山﨑 登 解説委員/松本 浩司 解説委員)

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