NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「アジアに広がるISの脅威」(時論公論)

二村 伸  解説委員

IS・イスラミックステートなどの過激派によるテロの脅威が、中東やヨーロッパにとどまらず、東南アジアにも広がっています。日本にとってテロはもはや遠い国の問題ではありません。東南アジアにおけるISなどのテロの脅威にどう立ち向かえばよいのかを考えます。

j170802_00mado.jpg

解説のポイントは、

j170802_01.jpg

1.東南アジアのISの活動の実態と
2.なぜ今、東南アジアで広がっているのか
3.そしてテロの脅威にどう立ち向かうのか
以上の3点です。

j170802_02.jpg

7月29日、インドネシアのマナドに、フィリピンやマレーシア、オーストラリアなど6か国の治安・安全保障担当の閣僚などが集まり、テロ対策について協議、連携の強化を確認しました。イラクやシリアでISが弱体化する一方で、東南アジアではISが拠点を設ける動きが活発化しテロの脅威が高まっているためです。各国がとくに懸念を表明したのが、フィリピン南部ミンダナオ島の情勢です。

ミンダナオ島では、ことし5月下旬、ISを支持する武装勢力「マウテグループ」が、西部の都市マラウィの一部を占拠して、キリスト教徒をはじめとする一般市民を殺害、政府軍との間で2か月以上にわたって激しい戦闘が続いています。
戒厳令は今も出されたままで、戦闘による死者は600人をこえました。

j170802_03.jpg

「マウテグループ」は、ミンダナオ島にイスラム国家の樹立を目指して5年ほど前に設立された組織で、指導者のマウテ兄弟はシリアなどで過激な思想に感化されたといわれます。おととし4月、ISに忠誠を誓う声明を発表、ISはマラウィを東南アジアの拠点にしようとしており、インターネットではミンダナオ島で行った軍事訓練の映像を公開しています。
これに対しドゥテルテ大統領は、「もはやISとの全面対決だ」として、必要であれば首都マニラのあるルソン島を含む全土に戒厳令を拡大させることも辞さない構えです。

j170802_04.jpg

ことし5月22日夜、イギリス・マンチェスターのコンサート会場で自爆テロが起き、世界が衝撃に包まれた同じころ東南アジアでも過激派によると見られる事件がたて続けに起きていました。ジャカルタの自爆テロについてインドネシアの警察は、マンチェスターのテロやフィリピン・マラウィの戦闘に刺激された犯行との見方を示しています。
日系企業が多数進出し、大勢の日本人が暮らし、日本からの観光客も多いタイやフィリピン、インドネシアではいつテロが起きてもおかしくないのです。

j170802_05.jpg

1.地元の過激派の存在
2.資金・武器・外国人戦闘員の流入 ⇒ISが「拠点化」
3.海上は監視が緩く移動が容易

なぜ今この地域でISなどの過激派が急速に勢力を伸ばしているのでしょうか。
1つは、政情や治安が不安定で、もともとイスラム過激派による反政府活動が活発だったためISの影響を受けやすかったといえます。
過激派が侵入しやすい環境だったことに加えて、イラクやシリアでのISの弱体化に伴い、大量の武器や資金とともに戦闘員が流入し、活動が活発化しました。ISに忠誠を誓う組織は、フィリピンだけでも5つ、インドネシアでも少なくとも3つが確認されています。
また、多くの島々からなるこの地域では密輸や密航が後を絶たず、海を渡って移動する戦闘員の取締まりが難しいこともISの拡散につながっているといえそうです。

j170802_06.jpg

フィリピンは、キリスト教徒が多数派ですが、ミンダナオ島ではイスラム教徒が多数を占める都市も多く、マラウィは人口20万のうち9割がイスラム教徒です。ミンダナオ島最大のイスラム勢力、モロ民族解放戦線から分かれたモロ・イスラム解放戦線が和平路線に転じたことに反発、離脱したのが「マウテグループ」です。かつてアルカイダの支援を受け、各地でテロ攻撃や外国人の誘拐人質事件を起こしてきた武装勢力「アブサヤフ」もISに忠誠を誓い、両者はIS同様「カリフ国家」の樹立をめざして連携を深めています。

j170802_07.jpg

マラウィには、インドネシアやマレーシアの他、サウジアラビアやロシアのチェチェンなどの外国人戦闘員が流入したことが確認されています。大量の資金や武器とともに、戦闘経験を積み、より先鋭化したシリア帰りの、いわば「落ち武者」たちが加わったことで、過激派の活動が活発化したのです。

j170802_08_0.jpg

j170802_08_1.jpg

ソーシャルメディアの普及により、ISの思想が瞬く間に広がり、シリアやイラクに向かった若者たち、それが今、次々と第三国や祖国に向かっているのです。国民の9割、世界でもっとも多くのイスラム教徒を抱えるインドネシアから
500人以上、国民の6割がイスラム教徒のマレーシアからも200人以上がシリアやイラクに向かったといわれますが、治安当局によればインドネシアにはすでに100人以上が帰国した模様です。こうした戦闘経験をつんだ若者や、中東には行かなかったものの国内で過激な思想に染まった若者たちによるテロの脅威に多くの国が直面しているのです

東南アジアの金融のハブ、シンガポールも例外ではありません。

j170802_08_2.jpg

6月はじめシンガポール内務省は、「シンガポールがISの攻撃対象になっている」とした上で、「テロの脅威が近年で最大レベルにある」とする報告書を発表しました。これまでISのテロこそ起きていませんが、去年以降、シンガポールのリゾートや金融関連施設などに対するテロ攻撃を計画していた疑いでインドネシア人やバングラデシュ人などのグループが相次いで逮捕されています。

j170802_09.jpg

では、どうやってテロの脅威に立ち向かえばよいのでしょうか。
フィリピンとインドネシア、それにマレーシアの3か国は6月に外相会議を開いて、テロの封じ込めに共同で取り組むことを確認。海上での3か国合同パトロールを始めました。

j170802_10.jpg

さらにこれら3か国にオーストラリアとニュージーランド、ブルネイが加わって開かれたのが先週末の6か国のテロ対策会議です。会議では、東南アジアをISの拠点としないために、戦闘員の国境を越えた移動を防ぐことが重要だして、情報の共有と国境警備の強化のために協力を進めることなどで一致しました。

とはいえ、それだけでイスラム過激派の脅威を取り除くのは不可能です。
これまでもこうした会議が何度も開かれながら、過激派の活動はおさまるどころかむしろ活発化しました。会議の翌日には、オーストラリアで、飛行機を爆発させるテロを計画していた疑いで男4人が逮捕されました。テロの脅威はごく身近なところに潜んでいることを改めて浮き彫りにしました。

これまでのテロ対策の効果が上がらなかったのは、東南アジア各国の連携、協力体制が機能していなかったからです。多くの国が自国の警備で手一杯、とくに海上での監視・取り締まりは、ザルで水をすくうようなものだといった指摘もあります。ISが世界各地に拠点を分散化させる動きが今後さらに活発化することが予想されるだけに、東南アジアの国々は、ISの拠点となってしまう前に結束して取り組まねばなりません。情報の共有と監視活動の強化、そして国内ではシリア帰りの戦闘員や過激な思想を持つ若者に対するカウンセリングや再教育プログラム、教育や職業訓練の強化などが必要でしょう。
これらの地域とつながりが深い日本も積極的にかかわっていく必要があります。
日本が仲介するフィリピン政府とモロ・イスラム解放戦線の和平プロセスを過激派のテロで頓挫させては地域のさらなる不安定化招きます。また、各国に分散する戦闘員や危険な人物が日本に来ないともかぎらず、情報の共有など各国との連携強化が不可欠です。1年前の夏、バングラデシュで7人の日本人がテロの犠牲になりました。二度と悲劇を繰り返さないためにもいかにテロから身を守るか、常日頃から最新の注意を払う必要があります。
(二村 伸 解説委員)

キーワード

関連記事