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「迷走する 脱・労働時間規制」(時論公論)

竹田 忠  解説委員

今回のテーマは、安倍政権が10年越しで導入を目指す、脱・労働時間規制です。
時間に縛られない自由な働き方なのか?
それとも、残業代ゼロ制度なのか?
この制度をめぐって今回、連合が見せた混乱と迷走劇は、改めて、この制度をめぐる労使の溝の大きさを浮き彫りにしました。

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< どんな制度? >

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まず、この制度、正式には「高度プロフェッショナル制度」と呼ばれます。
アメリカで実施されている「ホワイトカラー・エグゼンプション」という制度がもととなっています。

年収の高い専門職を、労働時間の規制からはずす、つまり、いくら働いても自由、ということにして、残業代の支払い対象からはずす、というものです。

対象となるのは、一般職で、一定の条件にあう人です。

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その一定の条件は何か?といいますと、
▽年収は、1075万円以上。
法案には、平均給与の3倍を上回る賃金、と明記されます。
▽次に、職種です。
職務の範囲が明確で、高度な専門知識を必要とする仕事。
金融ディーラーや、コンサルタント、研究開発職などが想定されています。

ちなみに、対象となる人は、どれくらいいるんでしょうか?
日本の労働者のうち、年収1000万円以上の人は、全体の3%程度です。

このうち、大半は管理職ですから、一般職で対象になるのは、ごくわずか、1%もいないのではないか、と見られています。

< 対立する労使 >
では、なぜ、この制度を導入するのか?

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経済界の主張はこうです。
「人口が減少し、働く人が減る以上、一人ひとりが、もっと生産性をあげることが必要だ。そのためには、働いた時間の長さではなく、いつ、どこで働こうと、仕事の結果、成果で評価される働き方が重要だ」というものです。

一方、連合側は
「時間規制の縛りがなくなれば、長時間労働の歯止めはなくなる。結局、求められる成果があがるまで、いくらでも働かされて、しかも残業代はゼロ。対象者も、最初は限定されていても、導入後は拡大されるおそれがある」として強く反対してきました。

こうしたことから、この制度を導入するための法案は、国会に提出されたまま、2年あまり、一度も審議されず、たなざらしとなったままです。

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ところが、その連合が、最近になって、突然、みずから、この制度の修正を安部総理大臣に申し入れました。
事実上、制度の容認姿勢に転じたと、大きなニュースになりました。
しかし、その後、傘下の組合から寝耳に水だ、容認できない、裏切り行為だ、などと強い反発が相次ぎました。
結局、連合は、再び方針を転換、もとの反対路線に、もどったわけです。
まるで一人相撲のような混乱と迷走劇。
多くの労働者に不安や疑問を抱かせることとなりました。

< 政権の悲願と戦略 >
なぜ、こんなことになるのか?
連合の組織運営のまずさが指摘されていますが、実は、政権側の戦略、という観点から見ると、わかりやすくなります。

実は、この制度、安倍政権にとっては、いわば悲願ともいえる制度です。

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10年前、第一次安倍政権は、今回と同じような法案を出そうとしました。
しかし、この時も、連合は残業代ゼロ法案だと呼んで強く反対し、結局、この時は、法案提出すらできませんでした。

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その後、政権に復帰した、第二次安倍政権以降、政権は、正面突破は避け、連合と共同歩調をとる作戦に出ました。
いわば、「急がば、まわれ戦略」です。

働く人の立場に立つ、として働き方改革を最重点政策として進めました。
その結果、連合が長年にわたって要求してきた残業の上限規制と、同一労働同一賃金というふたつの大きな改革を実現することで、政労使が合意する、という大きな成果をあげました。

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そして、このときの合意文書の中に実は、ある一文が盛り込まれていました。
それが、連合が反対してきた、脱・労働時間規制の法案について、早期に成立を図る、という一文が盛り込まれていたわけです。
この縛りが、その後の連合の方針転換へとつながっていくわけです。

結局、傘下の組合の反発で、もとの反対路線に戻るわけですが、それだけ、この制度をめぐる溝の大きさが、いっそう際立つことになりました。

< 何が問題か? >
では、この制度の何が問題なのか?
それは、労働時間規制からはずれる、ということが、具体的に何を意味するのか?
ここにこそ、問題の本質があります。

法案では、この制度が適用されると、労働基準法に定めている、労働時間に関する様々な規制がすべて適用されなくなります。
どういうことか?

一日8時間、週40時間という法定労働時間はもとより、これを超えて働かせる場合に必要な、割り増し賃金、さらに、仕事の途中で必要な休憩時間や、1週間に一日以上の休日など、すべての規制が適用されなくなります。

実は、同じように労働時間規制から外れているのが、いわゆる管理職、正確には管理・監督者です。

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しかし、比べてみるとわかりますように、管理職も、ほとんどの時間規制がはずれていますが、深夜労働については、健康上、特に配慮する必要があるとして、割り増し賃金が、適用されています。

ところが、高度プロフェッショナルでは、これも適用されません。
つまり、高度プロフェッショナル制度は、一般職なのに、管理職よりもさらに幅広く、労働時間規制から適用除外されるわけです。

それだけ、働きすぎ、長時間労働に対する歯止め策が、より重要になってくるわけです。

< 焦点は、健康確保策 >
では、どうやって働きすぎをふせぐのか?
法案では、そのために、一定の健康確保策をとることが義務づけられています。
三つの選択肢から、いずれかを選ぶことになっています。

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①    年104日以上の休日をとる。
これは、ならせば、週休2日という意味です。
②    一日の仕事が終わってから、翌日の仕事が始まるまでに、
一定時間の休息を確保する、勤務間インターバル。
③    そして、労働時間の上限を設定する、
この三つからどれかを選ぶというものです。

これに対し、連合は、これでは不十分だとして、まず、年104日以上の休日は、制度を導入する企業、すべてに義務づけるよう求めました。
その上で、さらに、選択肢を増やし、ここにある4つの選択肢からどれかを選ぶよう修正を求めたわけです。
これは健康確保策を強化する上で、重要な要求だと思います。

< 法案の行方 >
最後に、法案の行方です。
政府は、今後、連合との合意がなくても、連合の修正要求に沿って、法案を修正する方針です。
それは、政府自身が、今のままでは、健康確保策に不安があると気づいているためです。

ここでひとつ、気をつけるべきポイントがあります。
それは高度プロフェッショナルな人なら、自分で、仕事の進め方や配分を決められるでしょう。
しかし、仕事の量は、自分では決められません。
このため、上司から、次々と仕事が振られ続ければ、ろくな休みも、休憩もなしに、連日、ただ働き続ける、ということになりかねないわけです。

すべての労働時間規制からはずされる人にとって、本当に、健康確保策がこれで十分なのか?
法案修正のために、近く開かれる労働政策審議会で労使の徹底した議論が必要です。

(竹田 忠 解説委員)

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