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「モスル解放 対IS 今後の課題」(時論公論)

出川 展恒  解説委員

3年前、イラクとシリアで「イスラム国家」の樹立を一方的に宣言し、
世界を震撼させた過激派組織IS・イスラミックステート。
そのISが最大の拠点としてきたイラク北部のモスルを、
先週、イラク政府軍が解放し、アバディ首相が勝利宣言を行いました。
モスルの解放は、各国が進めてきた「ISとの戦い」で大きな前進ですが、
実はこれからが本当の正念場です。モスル解放後の課題について考えます。

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今後の課題、ポイントは次の通りです。

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▼モスルでは、「町の復興」と「住民の帰還」を急がなければなりません。
▼イラク全体では、異なる宗派や民族の対立を克服する「国民和解」を実現し、
「挙国一致」の国づくりを進める必要があります。
▼ISとの戦い、次の焦点はシリアです。
ISが首都と位置づける北部のラッカを制圧するとともに、
6年続いた内戦を終わらせなければなりません。

こうした課題を解決するためには、軍事作戦よりも、政治的な取り組みが重要です。

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3年前、ISはイラク第2の都市モスルを電撃的に制圧し、
指導者のバグダディ容疑者が、「イスラム国家」の樹立を一方的に宣言しました。
ISは、それ以降、暴力と恐怖によって、およそ200万の住民を支配し、
税金の名目で金を徴収してきました。
政治的にも、経済的にも、最も重要な拠点だったモスルを失ったISが、
今後、弱体化してゆくのは確実です。

しかし、国際社会が目標とするISの壊滅からはまだ程遠く、難問が山積しています。

■まず、モスルでは、少数ながら、ISの戦闘員らが、
住民や避難民に紛れ込んで、抵抗を続けており、
細心の注意を払いながら、排除しなければなりません。

▼モスルの町は徹底的に破壊され、住民の半数が、モスルから脱出したままです。
国連によりますと、水道、電力、病院、学校など、
住民が最低限生活できる状態に復旧するだけでも、
日本円で1100億円以上が必要ですが、イラク政府にその財源はありません。
ISによって肉親を殺されたり、過激な思想を教え込まれたりした子どもたちも多く、
一刻も早く、心のケアや正常な教育を受けられるようにすることが必要です。

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■次に、イラク全体を見ますと、まだ、ISの支配地域が残っています。
地図上、「赤い色」で示したところで、
これらの地域からISを完全に排除するには時間がかかりそうです。

▼そして、最も重要な課題は、イラクの異なる宗派、異なる民族の対立を解消して、
「国民和解」を実現し、「挙国一致」の国づくりを進める体制をつくることです。

そもそも、ISがモスルを制圧し、イラクに支配地域を拡げた背景には、
イラク戦争後の国づくりの失敗がありました。

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サダム・フセインという強力な独裁者がいなくなったイラクでは、
アメリカの主導で民主化が進められ、
選挙では、宗派や民族ごとの人口比率が、決定的に重要な要素となりました。
最も人口が多いシーア派のアラブ人の勢力が、必ず勝利するようになったのです。

そして、シーア派が主導権を握った中央政府が、
少数派のスンニ派を蔑ろにした政治を行ったため、
イラクの北部や西部に暮らすスンニ派の住民が不満や怒りを募らせました。
そこに、同じスンニ派の過激派組織であるISが攻め込んで来て、
ISによる扇動と支配を受け入れてしまったのです。

シーア派が支配する政治構造は、今も変わっていません。
今後は、スンニ派の勢力に、政府のポストや予算をもっと多く配分して、
不満を解消しない限り、問題の本質は解決されません。
宗派対立を克服する徹底した政治改革が必要です。

■ISとの戦いの焦点は、シリアに移ります。

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▼まず、ISが首都と位置づけるラッカを制圧するための作戦が、
今、最終段階を迎えています。
ご覧の映像は、少数民族クルド人を主体とする「シリア民主軍」の部隊が、
ラッカの市内で、IS側と激しい戦闘を繰り広げているところです。

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シリア民主軍は、アメリカ軍などの空爆の支援を受けて、すでにラッカを包囲しており、
一部は市内に突入し、奪還作戦を進めています。
これとは別に、アサド政権の軍も、ロシア軍の支援を受け、ラッカに迫っています。
これに対し、IS側は、10万人とも言われる住民を「人間の盾」として、
必死に抵抗しています。

▼もし、ラッカも制圧されれば、ISは重要な拠点と領土をすべて失い、
「国家」と称する根拠を失います。
それでも、まだ問題解決とは言えません。
アサド政権と反政府勢力との間の内戦を終わらせ、
シリアに新しい秩序をうち立てない限り、「統治されない領域」が残り、
そこに、ISのような過激派組織が拠点を築く恐れがあるからです。

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▼こちらは、シリア内戦の勢力図です。
「赤」で示したISの支配地域は、最盛期の半分以下に減りました。
そして、「紫」で示したアサド政権が、「オレンジ色」の反政府勢力との戦いで、
優位に立っています。
アサド政権は、ロシアとイランの強力な軍事支援を受け、
反政府勢力から支配地域を次々に奪い返したのです。
しかし、アサド政権が、シリア全土の支配を回復することは、
もはや不可能と見られています。

▼今月7日、アメリカのトランプ大統領と
ロシアのプーチン大統領が初めての首脳会談を行い、
シリア南西部の3つの県で、部分的な停戦合意が成立しました。
国連が仲介するシリアの和平協議も、先週、再開されました。

停戦はこれまで何度も破られてきましたが、
今度こそ、停戦を維持し、和平協議を前進させられるよう、
関係国、とくに、国連安保理常任理事国の
アメリカとロシアが協調しなければなりません。

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■イラクとシリアを安定させてゆくうえで
注意を払わなければならないのは、少数民族クルド人の動向です。
ISとの戦いでは、モスルでも、ラッカでも、
クルド人勢力の部隊が最前線に立っています。
本来、主役となるべきイラク軍やシリア軍が力不足だからです。

クルド人は、「国を持たない世界最大の民族」と言われ、
独立国家の樹立を長年の悲願としてきました。

▼このうち、イラクのクルド人は、北部一帯に、自治区と自治政府の設置を認められ、
独自の軍事組織を持っています。
ISと戦闘を繰り広げる中、「クルド人自治区」の領域の外にまで、
支配地域を拡大しました。
今後、クルド自治政府と中央政府との間で、
こうした土地の帰属をめぐる対立が起きることは避けられません。
さらに、クルド自治政府は、今年9月、
イラクからの独立の是非を問う住民投票を行う予定で、
中央政府は神経を尖らせています。

▼シリアでも、クルド人勢力が、北部一帯に支配地域を拡げており、
内戦後の新しい国づくりで、できるだけ有利な立場を得ようとチャンスを窺っています。
クルド人勢力の扱いが、今後の対立の火種となるのは確実です。

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■ISが突きつけた課題は、軍事作戦だけでは、決して解決しません。
なぜ、ISのような過激派組織が生まれ、支配地域を拡げたのか、
その原因を取り除かない限り、
「第2、第3のIS」が生まれ、世界の脅威となるでしょう。

モスル解放を弾みにして、ISを壊滅に追い込むとともに、
イラクの政治を安定させ、シリアの内戦を終わらせることが大切です。
そして、過激な思想が国境を越え、不満を持つ若者たちを引き寄せ、
世界各地の「統治されない領域」に拠点を築くという問題を
国際社会が一致協力して解決してゆくことが、何よりも重要です。

(出川 展恒 解説委員)

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