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「山間部の住民をどう守るのか~九州北部豪雨1週間」(時論公論)

松本 浩司  解説委員

時論公論です。九州北部の豪雨災害から1週間になりました。この災害では大きな被害を受けたなかで、住民たちの日頃の備えで命が守られたケースも少なくないことがわかってきました。同時に、それでも人的被害を防ぎきれない山間部での防災のむずかしい現実も突きつけられました。これまでの取組みのどこが生かされて、何が足りなかったのか。被害が集中した福岡県朝倉市の松末地区のケースを検証します。

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解説のポイントです。

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▼避難勧告などの情報がどのように出され、どう伝えられたのか
▼住民の命を守った防災マップなどの取組みについて
▼それでも多くの人が犠牲になっていて、山間部での被害を減らすためにさらに何が必要なのか、この3点です。

【避難情報はどう伝えられたのか】

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松末地区は朝倉市山間部の川沿いに集落が点在し、680人の住民の4割が高齢者です。
おととい取材しましたが、氾濫によって川の両岸の多くの家が流されたり、大量の流木で壊されたりしていました。背後の山が崩れて押しつぶされた家も見られました。松末地区では4人が死亡し、今も15人の安否がわからなくなっています。

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この松末地区に避難勧告などの情報はどのように伝えられたのでしょうか。
この地区で災害が多く発生したのは午後5時から7時ごろだったと見られています。

午後1時過ぎに大雨洪水警報が出た後、気象台から「記録的な雨が降った」ことなど2回、警戒を促す連絡がありました。これを受けて朝倉市は午後2時26分に避難勧告を出しました。さらにレーダーで猛烈な雨雲が確認されたため4時20分に松末地区に、強く避難を指示する避難指示を出しました。これより前に、松末地区の住民協議会も独自に「安全な場所に身を寄せる」よう防災無線で呼びかけていました。
過去の豪雨災害では避難勧告が災害発生に間に合わなかったケースが非常に多いのですが、今回、朝倉市は被害が相次ぐ2時間あまり前には避難勧告を出していました。

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朝倉市は5年前の九州北部豪雨の経験から早めに情報を出すよう心がけてきました。また気象台や、川やダムを管理する事務所が、危険が迫っていることを口頭で伝える「ホットライン」も判断を助けました。ここ数年、各機関が力を入れてきた取組みです。

【命を守った自主防災マップ】
こうした情報を受けて住民はどう行動したのでしょうか。松末地区の人たちの避難を助けたのが自主防災マップでした。

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朝倉市は6年前から防災マップづくりをはじめました。地区ごとに住民に集まってもらい、市がつくったベースとなる地図を元に話し合ってもらいました。市が示した氾濫や土砂災害の危険箇所に対して、住民たちが過去の経験から感じている危険箇所を追加したり、より現実的な避難所やそこへのルートを書き加えたりして、地区ごとの自主防災マップを完成させました。

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松末地区の自主防災マップがこちらです。松末地区は山間を流れる3本の川に沿って11の集落が点在しています。赤と黄色の部分が土砂災害の危険箇所ですが、集落のほとんどが入っています。

話し合いの中で、ひとつの集落では「市が示した避難場所は遠すぎて、いざというときにそこまで行けない」と問題になりました。公民館は土砂災害の危険が大きく避難所にできません。そこで危険箇所の中ですが、高い所にあって集落の中では一番安全と見られる、民家3軒を「自主避難所」に決めました。

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これがその住宅です。今回の豪雨で、集落に残っていたほぼ全員、32人がここに避難しました。集落は濁流が流れ込んで建物が流されたり、土砂崩れで住宅が全壊するなど大きな被害を受けました。しかし、ここに避難をしていた人は全員無事でした。

また松末地区では、お年よりなど、ひとりで避難できない人を全員把握し、避難させる役割の住民をあらかじめ決めていました。ひとり暮らしの82歳の女性を担当の住民が集落の一番高いところにある家まで行って、避難所に連れて来たケースもありました。
その後、家は土砂崩れで押しつぶされました。

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このように松末地区では自主防災マップをつくり、避難の方法を話し合っていたことで多くの住民の命が守られました。
しかし、この自主防災マップには大きな課題も残されていました。さきほどの集落のように比較的安全な民家を避難所にしようとしても、そうした家すら確保できない集落が少なくなかったのです。住民で話し合いをしても、川と山に挟まれていたり、集落全体が急斜面にあったりして、豪雨のときに身を寄せる家を決めることができなかったのです。

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今回の豪雨で、そうした集落で大きな被害が出てしまいました。
ある集落では18世帯のうち6軒の家を残してすべて流され、5人の行方がわかっていません。

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避難所と決めた家がないので近くの家に集まったものの、その家の土台が崩れはじめて別の家に移動し、そこも危険になってさらにほかの家に移るというように、豪雨の中、集落内を逃げ惑った人たちもいました。

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大雨警報や避難勧告などが出た頃、若い人はほとんどが仕事で地区の外に出ていて、車を運転できないお年寄りたちが残されていました。松末地区のコミュニティ協議会会長の伊藤睦人さんは「お年寄りたちに2キロ離れた避難所まで避難しろとは言えず、安全な場所に身を寄せるよう、呼びかけるしかなかったが、それでよかったのか」と自問自答しています。

【さらに必要な取組み】

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松末地区の状況は決して特別なケースではありません。全国の山間部で同じ問題を抱えています。東日本大震災のあと災害の種類に応じて避難所を指定するこが市町村に義務付けられました。しかし山間部では公共施設が少ないうえ市町村合併などで減少していて、適した建物を確保できてきないのが現状です。住民たちが民家を避難所にするという取組みも少しずつ広がっていますが、それでも安全な場所を確保できないところが少なくありません。

ではどうしたらよいのでしょうか。

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集会所や公民館が危険個所にある場合は移転や新設を検討すべきでしょう。
公的施設がなく、安全な民家も確保できない場合は、住民が話し合って避難所に決めた民家を国や自治体が負担して災害に耐える構造にするという方法もあると思います。
現在も、土砂災害の危険箇所にある住宅が山側にコンクリートの壁を作るなどの対策をする場合には補助金が出ます。こうした制度を広げるなどして山間部の集落ごとに最低1ヶ所は安全性を高めた避難所を確保するべきです。

【まとめ】
今回の災害では自主防災マップづくりや、防災機関と自治体のホットラインなど過去の失敗から学んだ地道が取り組みで、大勢ではありませんが、確実に命を守ることができるということが示されました。一方で、山間部集落の避難場所の確保という難しい課題をあらためて突きつけられました。今後、成果があがった取組みを着実に進めるとともに、課題に正面から向き合うことが求められます。

(松本 浩司 解説委員)

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