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「日欧EPA 大枠合意で何が変わる?」(時論公論)

合瀬 宏毅  解説委員

安倍総理は昨日、EU(ヨーロッパ連合)との首脳会談に臨み、日本とEUのEPA(経済連携協定)の交渉が、大枠合意に達したことを発表しました。
この合意により、人口6億4000万人、世界のGDPの3割を占める巨大な自由貿易圏が誕生することになりました。
大枠合意の内容と共に、日本経済やTPPなどに与える影響について考えます。

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EU首脳ともに記者会見に臨んだ安倍総理は、「保護主義的な動きのなか、自由貿易を高く掲げるとの、強い政治的意志を示すことができた」とし、また、ユンケル委員長も「合意のインパクトは世界に広がるものだ」と述べ、日本とEUが自由貿易を推進する姿勢を世界に示すことが出来たとしました。

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その日本とEUのEPA、最後まで対立していたのはチーズや自動車の関税です。
日本はカマンベールなどソフトチーズについて、29.8%の高い関税をかけています。国内の酪農家を守るためソフトチーズは、TPPでも関税撤廃の例外としたほどです。ところがEUは世界でも最もチーズ生産が盛んで、強いブランド力を持ちます。全てのチーズの関税撤廃を譲りません

一方で、日本の主力輸出品は自動車です。日本からEUに輸出する乗用車は、1兆2000億円と輸出品目の中でもトップです。EUはその乗用車に10%、また自動車部品などにも最大で4.5%の関税を掛けてきました。日本からの輸出を増やすためにも、関税の撤廃が必要でした。

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交渉はチーズと自動車の関税を巡って激しく対立し、結局数回にわたる閣僚協議の結果、昨日、大枠合意が確認されました。
日本はチーズの低関税枠を一定量設定し、15年で撤廃する。一方でEUは自動車に掛けている関税を7年掛けて撤廃すると言う内容です。

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この他、EUはテレビなど工業製品にかかるほとんどの関税を撤廃。日本もEUが強く求めていたワインや、豚肉、それにパスタなどの小麦製品について10年で関税を撤廃することに合意しました。

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関税の自由化率は、95%となるTPPと並ぶ自由度の高さで、そうした意味では評価できる内容です。
ただ、大枠合意という言葉でも分かるように、紛争処理のルールなど、協議が残っている部分もあり、今後、合意をどう発効に繋げていくのか。作業は引き続き進められていくことになりました。

ではこの合意で何が変わるのか?

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期待できるのはEU内での日本製品の競争力向上。例えば乗用車です。EUにおける日本車のシェアは、2009年には13.1%だったのが、2016年には12.7%と下がっています。

販売を伸ばしているのが韓国車です。韓国車のシェアは、2009年の4.1%から2016年には6.3%と上昇しました。カギとなっているのは関税です。韓国はEUとの自由貿易協定を締結し、2011年以降、関税を下げて、去年ゼロとしているのです。
ただ、日本とEUとのEPAが発効すれば韓国車とのハンデはなくなり、日本車は対等の条件で戦うことが出来ます。また自動車部品についても、関税撤廃で年間300億円が節約できるといいます。

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一方、日本の消費者にも大きなメリットがあります。日本は輸入ワインに対して、1本あたり93円の関税をかけていますが、これが協定発効と同時に撤廃されます。
またチーズだけでなく、パスタやチョコレートなどの加工品。それにバッグなど高級ブランドの皮革製品の関税も期間を掛けてなくなり、消費者はその分、安く買うことができるようになります。

一方で、厳しくなるのが農家。特に酪農家の経営です。

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国内の酪農家の数は2007年の2万5000戸から、10年後には1万7000戸と32%減少しました。海外の乳製品との競争やエサ価格の高騰などが原因です。
酪農家はチーズ用の生乳を供給するだけでなく、国が進める6次産業化などによって、自らチーズを生産する農家も増えてきました。そこに今回の大枠合意です。一定の数量内とはいえ、フランスやドイツなどの高品質のチーズが安く輸入されると、こうした農家の経営を直撃します。

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もちろん今回の合意で、日本からEUに輸出する、乳製品や緑茶、牛肉などの関税も撤廃され、農産物輸出を目指す農家にとってはチャンスとなります。政府も今回の大枠合意でそうした農家の後押しが出来ると強調します。

しかし輸出が出来るような体力のある農家は一部で、多くが国内のみを市場としています。政府としては輸入品と戦うことが出来る農家を育成していくと共に、当面の経営に対する支援をどうするのか。対策作りを急ぐ必要があるでしょう。

さてこの日EU・EPA、4年前にスタートしたものの、交渉は停滞していました。それが今年になって急に息を吹き返したのは、台頭する保護主義がキッカケです。

世界の貿易自由化を推し進めてきたWTO、世界貿易機関に変わり、牽引役を期待されてきたのが、TPP環太平洋パートナーシップや、日EU・EPA、それにRCEP東アジア地域包括的経済連携など、多国間による、メガFTAでした。

ところが大統領選でTPPへの厳しい批判を繰り返していたトランプ氏は、今年1月の就任早々、TPPからの離脱を宣言。NAFTA(北米自由貿易協定)の見直しなども進めています。
一方、EU内部でも、イギリスの離脱や、域内各国での保護主義的な政策を掲げる政党の躍進などが続き、EU自体の結束が揺らいでいました。

そこで、注目したのが停滞していた日EU・EPA交渉です。
TPPに変わる大型のEPA締結を求める日本と、EUに留まる方が得だと思わせるためにも、大型のEPAが必要だとするEU。両者の思惑が一致して、交渉が急速に動き出したというわけです。

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しかも大筋合意をアピールするには、トランプ大統領始め、世界の首脳が集まるG20前の今が、絶好のタイミングでした。多少の隔たりがあっても、大枠という形で纏めたのです。

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では、この日EU・EPA、他の経済連携協定にどういう影響を与えるのかです。
今回、日本とEUが大枠合意に達したことで、EUは日本市場での乳製品や豚肉について、関税が削減される分、有利に競争を進めることができます。
その乳製品、日本市場でのライバルはTPP参加国のオーストラリアやニュージーランドですし、豚肉についてはアメリカがEUの競争相手です。

アメリカ抜きでも、TPPをまとめたい日本としては、オーストラリアなどが、EUに対抗するために、TPP発効に前向きに取り組んでくれれば好都合です。
またアメリカも畜産団体がTPP離脱に強い不満をもっていますので、TPPに戻ってくるか、改めて考える必要に迫られるかもしれません。

このように今回の大枠合意は、日EU双方の経済を底上げするだけで無く、TPPなど他の経済連携協定への影響を、強く意識したものとなっており、日本としては日EU・EPAをテコに、停滞している交渉を加速化させていくことが出来るかが問われてきます。
アメリカを除くTPP11カ国は、来週日本国内で、高級事務レベル会合を開きます。
そこで各国が日EU・EPAの大枠合意についてどういう反応を見せるのか。アメリカの反応と共に注目する必要があると思います。

(合瀬 宏毅 解説委員)



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