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「原発事故の刑事責任は」(時論公論)

清永 聡  解説委員
水野 倫之  解説委員

東京電力の旧経営陣の3人が強制的に起訴された裁判が始まりました。
未曾有の原発事故の刑事裁判はこれが初めてです。しかし、検察が2度不起訴にした後、検察審査会の議決で覆るという異例の経緯をたどりました。
何が審理の焦点かを伝えます。

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【被災者の思いと異例の経緯】
清永:東京地方裁判所で開かれた初公判で元会長の勝俣恒久被告、元副社長の武黒一郎被告、元副社長の武藤栄被告は、いずれも謝罪の言葉を話した上で、事故は予測できなかったとして無罪を主張しました。水野委員は3人の発言をどう受け止めたでしょうか。

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水野:謝罪はするものの、自分たちに罪はないと言う。これをきいた福島の多くの人たちはあらためてやりきれない思いを抱いているのではないかと思います。
たしかに東京電力は賠償金の支払いを続けていますが、これは法律で賠償が義務付けられているためです。
また元会長は経営責任を取って退任し、全社員が被災者の自宅の片付けなどの復興支援活動も行っています。
しかしあれだけの被害を出して故郷を奪っておきながら、誰も「おとがめなし」でいいのか。

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責任の所在をはっきりさせてほしいというのが、福島の人たちの思いだと思います。
というのもこの裁判で被害者とされているのは数十人ですが、実際の被害はこれにとどまらないからです。

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▽福島ではいまだに6万人が避難を続けていますし、
▽避難生活などで亡くなる震災関連死も事故の影響もあって2086人と突出しています。
▽さらに甲状腺がんかその疑いと診断された当時18歳未満の子供はこれまでに185人。福島県は放射線の影響とは考えにくいとしながらも、長期的に影響を検証していく必要があるとしており、不安を抱えたままの子どもや親がいるということも忘れてはなりません。

清永:ただし、刑事裁判はあくまでも起訴された内容で、有罪かどうかを審理するものです。そもそも今回は、初公判まで異例の経緯をたどりました。

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告訴や告発を受けた検察は、1度不起訴と判断します。

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しかし市民から選ばれた検察審査会が起訴すべきと議決しました。ところが、検察は2度目も起訴できないとしたのに対し、検察審査会が再び起訴すべきと議決し、強制起訴となりました。

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検察審査会を経て強制起訴された裁判は9件あります。

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しかし有罪は一部で、特に大規模な事故では、明石歩道橋事故の強制起訴が、「罪に問うことはできない」として裁判を打ち切る「免訴」。JR西日本の事故は「無罪」が確定しています。特に大規模な事故では、強制起訴を経て個人の刑事責任を問うことの難しさを示しています。
ただ、検察審査会の議決は、「公の法廷で適正な法的評価を審理すべき」という市民の声です。これに基づいて裁判が行われることには意義があると思います。

水野:一方で、国会事故調は報告書の中で、「何度も事前に対策を立てるチャンスがあったことに鑑みれば、事故は自然災害ではなく明らかに人災だ」と指摘していますので、今後の裁判でこの点どうなのかしっかりとした審理を求めたいです。

【予見可能性をめぐる主張】

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清永:今回の裁判は「津波は予測できたのかどうか」が最大の焦点です。ポイントは「最大15、7メートル」という試算結果です。これは政府の地震調査研究推進本部の長期予測を元に、東京電力が震災の3年前にシミュレーションした結果です。
初公判で弁護側は「長期予測は専門家からも疑問の声があり、信頼性はなかった」「妥当かどうかは専門の学会に検討を依頼していた」などと主張しています。

水野:ただ原発事故の場合は、予測できた可能性を限定的に捉えるべきではないという意見もあります。なぜなら原発でいったん重大事故が起きれば、取り返しのつかない影響が出ることは、福島以前でもチェルノブイリ事故などを見れば明らかなわけで、重大事故が万が一にも起きないよう対策をとるのは電力会社として当然だというわけです。
地震調査研究推進本部の予測は意見が分かれるものではありましたが、国の機関が一定の科学的知見に基づいて公表した予測です。
潜在的に危険な原発を抱える電力会社が、その信頼性を問題にして対策をとらないというのであれば、国の機関がこのような発表をする意味がなくなってしまいます。
東電は長期予測に基づいて確実とまでは言えないにしても15mを超える大津波を予測していたわけで、事故を想定外と言う事はできません。

清永:これまでも裁判所がこの試算結果について判断したことがあります。前橋地裁は今年3月に、試算結果などを根拠にして「東京電力は津波を予測できた」として、国と東京電力に賠償を命じる判決を言い渡しています。

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しかし、これは「企業」などに対する「民事裁判」です。それに対して今回は「個人」に対する「刑事裁判」です。
被告となった3人に試算結果がどう共有され、どこまで情報が上がって「具体的な危険性」を認識していたかどうかなどが、審理の鍵になるとみられます。
ただ、当時はいわゆる「安全神話」を信じて、そもそも危険性を示すデータを軽視していたのではないかという印象も受けますが、この点はどう考えますか。

水野:確かに安全神話はありましたが、電力会社の中には公共の機関の予測を元に津波対策をとって難を逃れたところもあります。

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茨城県にある原電・日本原子力発電の東海第二原発は、震災当時津波で非常用発電機1台が水没しましたが、残る2台は、発電機のポンプを囲う壁のかさ上げ工事が終わっていて被災を免れ、事なきを得ました。
なぜかさ上げ工事をしたのか。それは茨城県が2007年に県の沿岸の津波想定を見直したのを受けて独自に津波の予測をし、それまでの想定を上回ることがわかったからでした。
原電は茨城県の想定は最新の知見であり、当然対策に生かすべきだと判断したと言います。東電と比べて規模が小さく、現場の声が通りやすいという違いはあるかもしれませんが、自然災害のリスクに対する感度に大きな違いがありました。
リスクに対する感度が低い会社に原発を運転する資格はないと思います。

【裁判で明らかにすべきことは】
清永:今回は、裁判員裁判ではないため、おそらく審理は長引くと考えられます。原発事故に対しては、各地で民事裁判や株主代表訴訟が起きていて、この刑事裁判の中で資料などが新たに明らかになれば、今後の他の裁判にも影響する可能性があります。

水野:3人は事故後の会見や事故調の聞き取りなどを除いて、事故について詳しく語っていません。事故を防ぐことは本当にできなかったのか、多くの被災者が抱いている思いであり、裁判の中で真実をしっかり語ってもらい、その理由が少しでも明らかになることを期待したいと思います。

清永:原発事故で突然故郷を奪われた人たちは、今もなお被害が続く中で、責任を明らかにしてほしいと強く希望しています。
3人には、刑事責任の有無だけではなく、事故に対する経営者としての責任や道義的な責任もあるはずです。
悲惨な事故を2度と繰り返さないためにも、真摯に協力する姿勢で審理に臨み、今後の教訓へとつながる事実の解明を進めてほしいと思います。

(清永 聡 解説委員/水野 倫之 解説委員)


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