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「テロ等準備罪新設法 国民の理解は得られるか」(時論公論)

清永 聡  解説委員

「共謀罪」の構成要件を厳しくして「テロ等準備罪」を新設する改正組織犯罪処罰法が成立しました。
世論が大きく分かれる中で成立したこの法律、刑罰のあり方に大きな変化をもたらします。

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【解説のポイント】
解説のポイントです。

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●改正で何が変わるのか。
●この法律でテロを防ぐことはできるのか。
●最後に、国民の理解は得られるのでしょうか。

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【何が変わるのか】
政府はこの法律を「テロを防ぐために欠かせない」と強調し、安倍総理は法案の成立なしに2020年の東京オリンピック・パラリンピックを開けないとしていました。
また、海外からは暴力団が介在する人身取引が深刻だと指摘されています。今後「国際組織犯罪防止条約」を締結することで、外国との捜査共助を進める上でも利点があると言われています。
一方で、国会の前では連日、反対するデモが行われ、「監視社会を招く」と反発する声が聞かれました。

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これまで共謀罪は3回、廃案になっています。最初に検討されていた法案は、団体が重大な犯罪の実行を計画した段階で処罰されるというものです。
これに対して、テロ等準備罪は1「組織的犯罪集団」が2「計画」し、3「準備行為」までおこなった段階で、初めて処罰できるとしました。

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一方で殺人など277という幅広い犯罪に、この「テロ等準備罪」が適用されます。この中には、覚醒剤や著作権法のようにテロとは直接関係ないものも含まれます。また、本来は、未遂、予備と処罰の対象はだんだん少なくなりますが、テロ等準備罪は、それよりも手前の段階で幅広く処罰できることになり、刑法の原則を大きく変えるものとなりました。

【テロは防げるのか】
これでテロを防ぐことができるのでしょうか。

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政府などが説明してきた例の1つが、テロ集団が、多くの人を殺害する目的で、水道の水源に毒を入れることを計画し、現場の下見に行くというケースです。新しい法律では、この段階で計画した全員を処罰できるとしています。

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しかし、どれだけ綿密な計画でも、1人だけでは対象になりません。また、3人程度のグループがSNSで連絡を取り合っても、「組織的犯罪集団」と見なせないため、やはり対象にならないとしています。

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世界各地で相次ぐテロも、専門家によると、現在は、一人でネットからイスラム過激派の思想を得て、単独でテロを起こすケースや、誰がリーダーかはっきりしないまま、数人がSNSで実行に至るケースが増えています。
この法律が対象になるテロは、実は、一部に過ぎないことが分かります。
そもそも、テロ対策には、出入国の管理を担当する職員を増やすことや、危険物の持ち込みを防ぐ技術など、いわゆる水際対策が欠かせません。こうした地道な取り組みの充実を求めたいと思います。

【市民への影響ないか1「組織的犯罪集団」】
一方で最も大きな懸念は「私たち市民が巻き込まれないか」というものです。

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政府は「一般の人が処罰されることはない」と繰り返し説明していました。しかし、国会の終盤で法務省の幹部は「周辺の人でも組織的犯罪集団と密接に関係があり行動を共にしていれば、処罰されることはある」と説明しています。
また処罰されなくても、内心の自由がおびやかされるおそれはないでしょうか。
もしも警察の捜査が拡大し、メンバーに知り合いがいれば、任意の捜査を受ける恐れも否定できません。それだけでも一般の人は萎縮するでしょう。その人とのつきあいをやめたり、集まりへの参加をためらったりするかもしれません。また、企業や団体は、捜索されるだけでも大きなダメージを受けることになります。事実上活動が封じられてしまうこともあります。

【市民への影響ないか2「準備行為」】
もう一つ指摘されているのは「準備行為」の範囲です。
準備行為は「下見」「物品の手配」など、日常的な行動と区別がつかないと言われます。
ひそかに脱税を請け負うコンサルタント業者があった場合です。脱税も、テロ等準備罪の対象の一つです。犯行を計画し、複数の若い社員が命じられて書類を準備すれば、準備行為とみなされ、処罰の可能性があります。

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そのときに、若い社員の1人が何も知らなかったとしても、命じられた「準備行為」は普段の仕事と見分けがつきません。
計画に加わっていなければ、社員は最終的には処罰されません。しかし専門家は、捜査段階では誰が計画に加わっているか見分けがつかないため、この若い社員が事件に巻き込まれる危険性もあると指摘しています。

【懸念を払拭するためには】
こうした懸念を取り除くことはできるのでしょうか。

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法務省は今後、実務上の指針となる解説資料を作成するとみられます。ここでは「準備行為」を犯罪目的以外は考えにくい行動に限定すべきです。さらに、組織的犯罪集団も安易に恣意的に認定しないよう、厳格な運用を求めてほしいと思います。

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さらに、裁判所もチェック機能が求められます。
捜索や逮捕の際には裁判所が令状を出すかどうか審査します。しかし、現実にはどうでしょうか。捜索、差し押さえと行った令状の請求は24万7千件近く。
これに対して裁判所が却下した件数は48件でした。その割合は、0.02%。逮捕状も0.02%です。
個別の事件はそれぞれ事情があり、捜査機関が自ら取り下げたケースもあります。しかし、これでチェック機能が働いていると言えるのでしょうか。
ただでさえ、準備行為は一般的な行動と見分けがつきません。これまで以上に、令状主義を踏まえた慎重なチェックを求めたいと思います。
法律の条文には明確な歯止めがなく、10年後、20年後に、制度が濫用されるおそれがないとは言えません。
言われるままに、令状を出してしまえば、捜査の濫用を止める者は誰もいなくなります。全国の裁判官はこれまで以上に責任の重さを自覚すべきです。

【国民の理解を得た運用を】
テロを防ぐべきという点では、多くの人の意見は一致しています。

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一方、捜査や処罰の幅が広がるということは、反作用として、私たちの人権に制限が加わるおそれがあるということです。

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本来であれば、どこまで権限を広げるか、そして私たちはどこまでなら許容できるか、もっと具体的に議論すべきだったはずです。こうした論点が深まったとは言えないまま、法律が成立したことは、残念だと思います。

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かつて昭和38年にアメリカのケネディ大統領が暗殺されたとき、当時の警察庁の警備局長は、後に副総理などを務めた後藤田正晴氏でした。後藤田氏は事件に衝撃を受け、翌年の東京オリンピックでもテロが起きるかもしれないと、部下を海外に派遣し、従来の「隠れた警護」から「正面に出る警護」へ方針を変えていったと述べています。
後に警察庁長官として数々の事件に対応してきた後藤田氏は、心がけてきたことについて、「権力行使の限界を超えないで、絶えず、警察は堪え忍ぶことに徹することによって、国民の理解と支持を求めてきた」と話しています。(「情と理」より)
国民を守るための法律が、国民の理解と支持を失い、協力を得られなければ、本来の役割は果たせません。
法律は来月中旬にも施行されます。時間はありません。
政府はこれからも丁寧に説明することを心がけると共に、捜査機関や司法は、制度の厳格な運用に徹することで、国民の理解を得られるよう努力すべきです。

(清永 聡 解説委員)

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