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「地球温暖化 パリ協定脱退の波紋」(時論公論)

室山 哲也  解説委員

日本時間の早朝、アメリカのトランプ大統領が、地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」から脱退する方針を発表し、世界に衝撃が走りました。
地球温暖化が深刻化し、各国が温暖化対策の必要性を訴え続ける中、打ち出された方針に、驚きと失望の声が上がっています。
国連のグテーレス事務総長や、ドイツ、フランス、イタリアの首脳は、声明で、トランプ大統領を非難。
中国は、パリ協定を堅持することを、改めて、世界に対して打ち出し、オバマ前アメリカ大統領は「未来を拒否する国になるな」という趣旨の言葉を使うなど、波紋が大きく広がっています。

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<今日の論点>
そこで
・パリ協定とは何か?
その意義を再確認し
・アメリカ脱退の背景と影響をまとめ
・今後の温暖化対策のゆくえについて考えたいと思います。

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<パリ協定とは>
まずは、パリ協定とは何かをおさらいします。
パリ協定はおととし、パリで開かれたCOP21で採択されました。

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深刻化する地球温暖化を食い止める為、「先進国、途上国すべてが参加して、行動を起こそう」というものでした。
パリ協定以前は、京都議定書によって、一部の先進国が対策をしてきましたが、地球温暖化の規模があまりにも大きく、早く進行するため、すべての国、特に先進国と途上国が協力して当たらなければならないと叫ばれるようになったからです。

そして温暖化の影響を最小限にするため「世界の平均気温上昇を、産業革命から2度より十分低く、できれば1.5度に抑え」
「今世紀後半に温室効果ガスの排出を実質ゼロにする」
さらに「途上国への資金支援を先進国に義務つける」
などが合意されました。

その後、パリ協定は、195の国と地域によって署名され、
「2018年のCOP24までに、行動のための具体的なルールをつくる」
議論を重ねる努力を続けていたのです。

アメリカのパリ協定脱退は、世界に対して大きな衝撃を与えます。

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これは、世界の温暖化対策の中の、アメリカの位置を示すものです。
CO2排出量は、中国に次いで世界2位。途上国への資金援助「緑の気候基金」への拠出表明額は、世界1位。全体の3割に上っています。
これらに対する対策が行われなければ、世界に対して大きな影響を与えます。
それのみならず、「すべての国が参加する」という、パリ協定の最も重要な精神が、揺らいでしまう恐れがあります。

<アメリカの脱退はどのように進むか>
今後、アメリカの脱退は、どのような形で進むのでしょうか?

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パリ協定から脱退する場合、協定の取り決めで、正式な脱退通告は、パリ協定発効の日から3年間できません。
そしてその1年後に、正式に脱退が完了します。
トランプ大統領が、最速で行動を取った場合、脱退完了は、早くても2020年11月4日。
今から3年半後、トランプ大統領の任期が切れる直前になります。

今回、トランプ大統領が打ち出すかもしれないといわれていたシナリオに、パリ協定の親条約「気候変動枠組条約」からの脱退というのがありました。
この方法をとれば、通告から1年で脱退が可能で、かつパリ協定ともども脱退することができます。
しかし今回、トランプ大統領は、パリ協定からの脱退は発表しましたが、「気候変動枠組条約」からの脱退までは表明しませんでした。
気候変動枠組条約の締約国の立場を維持しながら、パリ協定の合意事項について、再交渉をしようとしているようにも見えます。これに対して、フランスドイツなど各国は、再交渉には応じないと突っぱねています。

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トランプ大統領は、どのように今後の交渉をしようとしているのでしょうか?

これは、パリ協定に参加している国の義務を表した図です。
パリ協定では、参加国は、各国の温室効果ガスの削減目標を、国連に報告する義務がありますが、目標達成義務も、罰則規定もありません。
実はこの規定は「すべての国が参加」しやすいようにするための、苦肉の策として作られたものです。
しかし、アメリカがパリ協定の脱退を完了するまでの期間、この規定を利用すれば、実質的に温暖化対策の中身を行わないことも可能になります。

<今後の課題>
今後、私たちは、地球温暖化対策にどのように向き合っていけばいいのでしょうか?
ここで、必ずしも、トランプ大統領の一言で、すべてがだめになるというわけではないということを確認したいと思います。
それは、アメリカの中にも、今回の決定を批判する勢力が、数多くあるということです。カリフォルニアやニューヨークなどの州、アップル、アマゾン、グーグル、マイクロソフトなどのIT企業、石油大手企業にも、パリ協定にとどまるべきだとする企業が多くあります。
すでに世界的規模で、低炭素ビジネスが本格化し、温暖化対策が経済的にも好ましい流れができ始めているからです。
世界各国は、今後、トランプ大統領の発言に追随して、温暖化対策から逃げるのではなく、アメリカ国内のこれらの勢力と連携して、実質的な温暖化対策を目指す必要があります。

私は、トランプ大統領の決定には、科学的視点からも問題点があると思います。

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ごらんのように、地球の平均気温は上がり続けており、このまま対策を講じなければ、平均気温は2100年で、最大4.8度上昇し、大規模な被害が世界中で起こるとされています。
現在のパリ協定の目標は、地球の平均気温の上昇を、産業革命から2度未満、できれば1.5度に抑えるというものです。しかし、残念ながら、アメリカも含め、各国が提示している現在の削減目標を、すべて達成しても、2度目標には届かず、3度前後にまで上がってしまうことが分かっています。このためパリ協定では、5年ごとに、各国の温室効果ガスの削減量を、さらに深堀りし、提案することを求めています。そもそも、現在掲げられている目標が、後退すること自体、あってはならないもので、トランプ大統領の発言がいかに問題かがわかります。

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もうひとつ、気になることがあります。実はこの15年ほど、地球の平均気温が高止まりを続け、最近、急に上がり始めていることです。

地球温暖化による大気温の上昇は、そのエネルギーの一部が海に吸収され、海水の循環によって、海の深いところまで取り込まれることが知られています。
この循環が、最近弱まり、その結果、大気温が上昇しはじめているのではないかと指摘されています。
もしこの傾向が続けば、さらに温暖化が加速されることになります。

これらの科学的事実を見ると、地球温暖化に対して、私たちは、今後、対策を強めこそすれ、後退することは許されないということがわかります。

<まとめ>
地球温暖化は、広く、複雑に進んでいきます。その状況を正確に把握し、行動するためには、持続的な科学研究が欠かせません。
その意味で、トランプ大統領の、科学研究予算削減の動きも、大きな問題を含んでいるといえます。

日本は、これからどうしていくべきでしょうか?

温暖化の影響は、もちろん日本にも現れます。
日本は、持ち前の科学力と環境技術をさらに進め、世界に貢献しながら、低炭素社会を目指すべき国です。
そして、アメリカに温暖化対策の必要性を粘り強く説明し、ともに進む呼びかけをする責任があります。

日本のCO2排出量は世界5位。
それにふさわしい振る舞いと、リーダーシップが、今こそ求められているのではないでしょうか。

(室山 哲也 解説委員)

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