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「トランプ政権"ロシアゲート"の波紋」(時論公論)

髙橋 祐介  解説委員

トランプ政権が揺れています。去年のアメリカ大統領選挙に干渉したとされるロシアとの間に“隠れた癒着”があったのではないか?一連の疑惑は、かつてニクソン大統領が辞任に追い込まれた「ウォーターゲート事件」になぞらえて「ロシアゲート」と呼ばれ、内外に大きな波紋を広げています。この問題の行方を考えます。

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ポイントは3つあります。

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▼まず、なぜ今、疑惑は拡大しているのでしょうか?
▼次に、真相の解明にあたる「特別検察官」の捜査には、どんな課題があるのでしょうか?
▼そして、今後のトランプ大統領の政権運営にはどんな影響が出てくるでしょうか?

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ことの発端は、去年の大統領選挙のさなか、民主党陣営のサーバーが何者かにハッキングされ、当時のクリントン候補に不利になるような情報が流出したことから始まりました。
「ロシアによるサイバー攻撃があった」オバマ前大統領は、情報機関による分析を基に、そう断定しましたが、ロシア側は全面的に否定。
トランプ氏も「敗者の負け惜しみだ」と疑惑を一蹴し、この段階では、ロシアとトランプ陣営の間に癒着を疑う見方は限定的でした。
トランプ政権の発足後、フリン大統領補佐官が辞任に追い込まれましたが、それも就任前にロシアの駐米大使と接触した事実を正確に報告していなかったのが理由とされました。
ところが、FBI=連邦捜査局のコミー長官が議会証言で、ロシアとトランプ陣営の関係を捜査していることを明らかにし、そのコミー長官を先月、トランプ大統領が突如解任したことで、疑惑が一気に拡大します。

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なぜ今トランプ大統領は、FBIのコミー長官を、解任する必要があったのか?

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新たな疑惑として浮上してきたのは、大統領による「司法妨害」です。
トランプ大統領は、選挙戦以来の“身内”で固めたホワイトハウス周辺に、疑惑の火の粉が降りかからないよう捜査の打ち切りを求め、その求めにコミー氏は応じなかったからこそ排除されたのではないかというのです。
仮に、そうした疑惑が立証されますと、弾劾にも値する重大な違法行為です。しかも、この疑惑を伝える報道の大半が、司法やインテリジェンス関係者とみられる政府内部からの“情報リーク”を引用している点も見逃せません。
コミー前長官は、これまで大統領と面会した際の会話を詳細なメモに記していると言われ、近く議会上院の公聴会に出席する見込みです。そこで解任に至るまでの経緯が、どこまで明らかにされるのかが、当面の最大の焦点となるでしょう。

こうした疑惑の拡大を受けて、アメリカ司法省は、真相を解明するため、FBIのモラー元長官を「特別検察官」に任命しました。報せを受けたホワイトハウスは、いわば“寝耳に水”の状態だったと言います。

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「特別検察官」とは、大統領や閣僚ら政府の高官がかかわる疑惑を公正に捜査するため、司法長官もしくはその権限を代行する者が、外部から担当官を臨時に任命する制度です。
活動に期限はありません。捜査と訴追の権限を併せ持つのが特徴です。
かつてアメリカでは「ウォーターゲート事件」の捜査にあたった「特別検察官」が、当時のニクソン大統領からの圧力で解任されたケースもありました。このため、今後の捜査では、トランプ政権からどこまで独立性を保てるかが問われることになるでしょう。

その点で、「特別検察官」に任命されたロバート・モラー氏は、FBI長官を12年間務め、経験も手腕も見識も、党派の違いを超えて信頼されている人物です。
同時多発テロ事件のあと、当時のブッシュ政権が、テロ対策を理由に令状なしの盗聴を強行しようとしたところ、FBI長官だったモラー氏は、奇しくも当時、司法副長官だったコミー氏とともに、みずからの進退をかけてホワイトハウスに抗ったこともありました。今回の「ロシアゲート」でも、厳格な捜査が期待できるのではないでしょうか。

ただ、「特別検察官」による捜査は、これから数か月、ひょっとすると何年もかかるかも知れません。もしかすると、訴追に足る証拠は出てこないかも知れませんが、その場合でも、疑惑の長期化につれて、政権運営への影響は避けられそうもありません。

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気の早いメディアの中には、トランプ大統領が、任期途中で弾劾されるのではないかという観測を伝えるところもあります。
しかし、いまの時点で、弾劾の可能性はゼロではないにせよ、あまり高くはないでしょう。
▽大統領の訴追には議会下院で過半数、▽大統領の罷免には上院で3分の2以上の賛同を必要とする“高いハードル”があるからです。

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現に、これまで議会による弾劾で、大統領が失職したケースはありません。
▼かつて南北戦争の直後、リンカーン暗殺で大統領に昇格したアンドリュー・ジョンソンは、南部再建をめぐる対立をきっかけに、下院で弾劾訴追されたものの、上院では辛うじて罷免を免れました。
▼「ウォーターゲート事件」のリチャード・ニクソンは、事前の票読みで弾劾が確実とみた時点で、みずから辞任する道を選んだので、いわば“唯一の例外”です。
▼ホワイトハウスの実習生と不適切な関係を持ったビル・クリントン氏は、「国民に嘘をついた」として、下院で弾劾訴追されましたが、支持率は揺るがず、上院では罷免を免れました。
それぞれ当時の議会構成を見てみると、大統領にとっての“野党”が、上下両院でいずれも多数を占めていたことが判ります。これに対してトランプ大統領は、いま上下両院とも“与党”の共和党が多数を占めています。このため、共和党が大統領をいわば“見捨てない限り”、弾劾の可能性はきわめて低いのです。

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では、共和党がトランプ大統領を見限る可能性はあるのでしょうか?
決め手となるのは、世論の動向です。いまトランプ政権の支持率は40%前後。依然、低い水準にあるのは確かです。しかし、支持政党別に見てみると、共和党支持者の間では、圧倒的多数がトランプ政権を支持していることがわかります。こうした“トランプ支持”が「ロシアゲート」によって大きく崩れる兆候は今のところありません。

当面の注目は、トランプ政権の閣僚に共和党議員3人が転出したことに伴う議会下院の補欠選挙です。共和党は、中西部カンザスと西部モンタナで従来よりもやや苦戦したものの、議席を守りました。残るは今月20日、南部ジョージア州の決選投票です。
“共和党の牙城”と目されてきたジョージアで、仮に議席を失うことになりますと、党内には「トランプ大統領のもとで来年の中間選挙を勝てるのか?」そうした懸念が広がっていくかも知れません。

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政権を揺るがすようなスキャンダルに見舞われた際、過去に共和党から選出されたふたりの大統領は、まったく異なる対応をとり、明暗を分けました。
▼「ウォーターゲート事件」に直面したニクソンは、疑惑のもみ消しに躍起となった挙句、国民からの信頼を失い、アメリカ史上ただひとり任期途中で辞任した「不名誉な大統領」として記憶されています。
▼これに対して、ロナルド・レーガンも、イラン政府に違法に武器を売却し、その代金をニカラグア内戦の反共産ゲリラ支援にひそかに流用した、いわゆる「イランコントラ事件」で最大の危機を迎えました。しかし、レーガンは、疑惑の真相解明に真摯に取り組み、事態を正確に把握していなかったことも含めて「すべての責任は自分にある」と国民に謝罪。「偉大な大統領」として名を残したのです。
こうした危機が迫ったとき、はたしてトランプ大統領は、どちらの道を選ぶでしょうか?

「アメリカ史上最悪の魔女狩りだ」「メディアによる疑惑報道はフェイクニュースだ」そうした昨今の言動を見る限り、あまり期待は出来ないのかも知れません。
その場合、内政に行き詰ったトランプ大統領が、国民の目を疑惑からそらすため、外交・安全保障で思い切った強硬策に走るのではないかと心配する声もあります。
まもなくトランプ大統領が、地球温暖化対策の「パリ協定」から脱退を決断するとの見方が伝えられているのも、支持固めのため、公約実現を優先した結果と見ることも出来ます。
予測不能の「トランプ政治」は、アメリカだけではなく、世界をますます振りまわしていくことになるでしょう。

(髙橋 祐介 解説委員)

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