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「問われる受動喫煙対策」(時論公論)

土屋 敏之  解説委員

 5月31日は世界禁煙デー。そこで、たばこに関して今議論が紛糾している受動喫煙問題を取り上げます。
 他人のたばこの有害成分を吸い込む受動喫煙を防ぐため政府は法改正を検討していますが、先週行われた塩崎厚生労働大臣と自民党の茂木政務調査会長の会談は、意見に隔たりがあって折り合いがつかず、今国会への法案提出も危ぶまれています。

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 そこでこの受動喫煙対策がどうなるのかを3つのポイントから展望します。 ①「屋内禁煙」をめぐる溝 ②なぜ「分煙」ではいけないのか? ③問われる民意と政治  

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 まず、受動喫煙対策の議論が混迷を深めている背景には、公共の屋内を原則禁煙とすることを目ざす厚労省と、飲食店などは分煙や喫煙も可とすべきだとしてきた自民党の考え方の溝があります。受動喫煙対策が必要だと言う言葉は共通でも、国民の健康を最優先する厚労省側と飲食店などのお客が減ったり廃業に追い込まれたりしないかという不安に応えられる制度が必要だとする自民党側では、その方法論が異なるように見えます。

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 議論が具体化したのは、去年10月厚生労働省がたたき台をまとめたのがきっかけでした。これは公共の屋内つまり職場や学校など多くの人が利用する施設は屋内禁煙を基本に、飲食店などのサービス業では喫煙専用の部屋を設けることも可とする内容でした。
 今年1月には、安倍総理大臣が国会での施政方針演説で受動喫煙対策の徹底を挙げ、世界から遅れているとされてきた日本の対策が加速することが期待されました。
 ところが、たたき台には飲食店業界やたばこ産業などの反発が強く自民党内からの反対も相次いで、そのまま法案にするのは困難でした。厚労省は小規模なバーやスナックなどは例外にする案を示しました。しかし、屋内禁煙を一律の原則とすることに反対の自民党のたばこ議員連盟は対案をまとめました。それは飲食店は禁煙か分煙か喫煙か表示するという現状とあまり変わらないとも言える内容でした。
 その後も調整は続いていますが、今も溝は埋まったと言えない状況です。政府は今国会への法案提出を目ざしていますが、会期末が迫る中、見通しは立っていません。

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 特に焦点となっているのが飲食店の扱いです。小規模な店では喫煙室を設けるのは難しいといった事情がある一方で、たばこを吸わない人が受動喫煙に遭ったとする割合が多かったのも飲食店だと言います。次いで多かったのは遊技場、そして職場でした。

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 なぜ厚労省は「屋内禁煙」の原則にこだわるのでしょう?分煙ではいけないのでしょうか?日本の現状からすると厚労省の案は厳しいと見る方もいるでしょう。一方で国際的には受動喫煙対策のスタンダードは分煙では無く屋内禁煙です。
 よく知られているのが、近年のオリンピック開催国がいずれも屋内禁煙だったことです。IOCとWHOは「たばこの無い五輪」を推進することで合意しており、2012年のイギリスも2016年のブラジルも、国全体が法律でレストランやバーなども含む公共の屋内は禁煙とされていました。これは喫煙室の設置も認めない全面的な屋内禁煙です。2018年の韓国はこれよりは緩く、原則は屋内禁煙としつつも喫煙室の設置を認めたりバーのような一部の店は例外としています。
 厚労省案をここに並べると、去年10月のたたき台はイギリスなどと韓国の中間ぐらいで、現在の修正案は韓国と同程度になります。
 一方、自民党内で検討されている一定規模以下の飲食店全体が表示をすれば喫煙の店にも出来るという方向性は世界の流れとは異なります。

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 そもそも屋内禁煙はオリンピック開催国だから必要だという話ではありません。2005年に発効し、日本も締結している国際的な「たばこ規制枠組条約」で既に受動喫煙の防止が求められています。問題はなにが「受動喫煙の防止」にあたるのかですが、条約のガイドラインでは健康被害を防ぐためには分煙では効果が期待できず、公共の屋内を全面禁煙とすべきことが明記されています。
 こうした流れを受けて、既に飲食店など公共の屋内を全て禁煙としている国は49か国にのぼります。これに対し日本の受動喫煙対策はWHOから最低レベルと酷評されている現状です。

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 屋内禁煙がグローバルスタンダードになってきた背景には、受動喫煙だけでも肺がんや脳卒中などの死亡リスクが増えると科学的に明らかになってきたことがあります。
 店内で喫煙・禁煙のエリアを分ける分煙では有害物質の拡散を止められませんが、店や建物自体を喫煙か禁煙かで分ける厳格な分煙でも問題は残ります。まず、職場の上司や取引先に喫煙可能な店に誘われたら多くの人はイヤとは言えず、結果的に受動喫煙させられるという問題。さらに、喫煙可能な店舗で働かざるを得ない従業員も有害物質にさらされることを避けられません。
 WHOは、受動喫煙による死者は、世界で年間89万人に上るとする推計を公表しました。日本では厚労省が、毎年1万5千人、交通事故死の4倍近い人が亡くなっていると推計しています。こうして見ると、喫煙者が人のいない場所でたばこを吸う権利は尊重すべきだとしても、公共の屋内はやはり原則禁煙に向かわざるを得ないのではないでしょうか。

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 5月にNHKが行った電話世論調査では、受動喫煙対策に関して厚生労働省が示しているような飲食店などの屋内の原則禁煙を支持する人は44%。自民党が検討しているような禁煙の例外を広げることを支持する人は24%と、原則禁煙を支持する人の方が多数でした。成人の8割がたばこを吸わない今日、より厳しい受動喫煙対策を望む人が多いことが伺えます。

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 オリンピック開催都市である東京では5月10日、小池都知事が飲食店などの屋内を原則禁煙とする条例を検討していると明らかにしました。19日には自民党東京都連も自民党本部とは異なり厚労省案に近い受動喫煙防止条例を公約とするなど、7月の都議会選挙に向けて受動喫煙対策を掲げる政党が相次いでいます。
 一方で、東京都に任せておけば国は何もしなくていいというものでは決してありません。全国で年間1万5千人という受動喫煙による死を無くしていくことは、やはり国の大きな責任と言えるでしょう。

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 ひとつの参考になりそうなのがイギリスのケースです。日本では居酒屋で一杯やりながらたばこを吸うのが文化だとも言われますが、それに負けずパブで一杯やりながらたばこを吸うのが盛んだったイギリスではロンドン五輪に先立つ2007年に国が公共の屋内を全面禁煙としました。その結果、法律の施行後パブに行くことが増えたという人が減ったと言う人よりむしろ多く、変わらないと言う人が大半だったと報告されています。
 屋内禁煙を進めるに際しては、経営への悪影響を不安に思う特に中小の飲食店などに対し丁寧な説明を重ねて理解を得ていく努力が欠かせません。
 それと並行して、受動喫煙対策を進めることも待ったなしの状況です。オリンピック開催国として求められる、そして何より国民の命を守るための実効性のある制度は出来るのか?国民の視線に政治はどう応えるのか問われていると思います。

(土屋 敏之 解説委員)         

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