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「テロ等準備罪新設法案~参議院審議へ」(時論公論)

安達 宜正  解説委員

 「テロ等準備罪」を新設する法案はきょうの衆議院本会議で可決、参議院に送られました。イギリスでテロと見られる事件が起き、テロ対策への関心が高まる一方で、国会周辺ではこの法案が成立すれば人権侵害にもつながると、反対集会が開かれる中での採決でした。今夜は▼衆議院での法案審議を総括し、▼参議院審議や今後の政局への影響を考えます。

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 法案の採決にあたって、菅官房長官は「テロをはじめとする国内外の犯罪組織と戦うには国際社会と緊密に連携することが不可欠」と強調し、今国会での成立を目指す考えを示しました。過去3度、国会で廃案となった共謀罪の構成要件を改めて、テロ等準備罪を新設する、この法案が閣議決定されたのは3月21日。その後の衆議院法務委員会での審議。

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政府は今回の法案は▼テロ組織など組織的犯罪集団がハイジャクや薬物の密輸入などの重大犯罪を計画。資金などの手配や関係箇所の下見などの準備行為を行った場合に罰すると説明。これまでの共謀罪とはまったく違うと強調してきました。さらに、▼法案の成立が「国際犯罪防止条約」締結に必要で、▼2020年の東京オリンピック・パラリンピック成功に必要不可欠と強調しました。確かに国際犯罪防止条約は国連加盟国のほとんどが締結しています。各国との間で捜査共助や犯罪人の引渡しなどが可能となるという利点は大きいと言えますが、民進党などは条約の締結にこの法案は必要ないとしています。

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 またNHKの世論調査を見ると、国民の間にこの法案への理解が広がっているとはいえない現状があることも事実です。法案に対する賛否が拮抗していることに加え、「どちらともいえない」が多数を占めています。法案が実質的な審議に入る前の先月・4月の調査と、先週の発表された、今月の調査を比べても、その傾向は変わりません。
 それではなぜ、法案への理解が広がらないのでしょうか。

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 私は大きく3つの理由があるように思います。1つは衆議院法務委員会の政府側の答弁。2つ目は委員会運営の駆け引き。3つ目は与党と維新の修正案です。まず1つ目。政府側の答弁です。所管大臣の金田法務大臣。必ずしもこの分野の専門家ではなく、政府与党には当初から、答弁を不安視する声はありました。野党議員が金田大臣に質問しても、まず刑事局長が答弁にたち、金田大臣はその発言をなぞる場面もしばしば見られました。そのたびに民進党などが抗議し、審議がとまることもありました。また法案の内容をめぐる質疑。例えば、論点の1つ。

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「日常の活動」と「犯罪の準備行為」をどうやって区別するかです。野党議員がその区別を明確にするように求めたのに対し、金田大臣は花見を例に出し、「花見であればビールと弁当を持つ、犯罪の下見であれば地図や双眼鏡、メモ帳などを持っているという外形的事情がありうる」と答える場面もありました。野党からは線引きはあいまいで、それでは捜査機関の判断しだいで犯罪の準備行為と認定されるという指摘も出されました。

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 2つ目。委員会運営をめぐる駆け引きです。与党は先週19日に委員会採決に踏み切りました。4月19日の実質審議入りから、1か月。審議時間も30時間を超え、議論も出尽くしたというのがその理由です。しかし、国会を取材すると、審議時間は審議入り前から30時間程度を想定し、これを越えれば、いつでも採決という声が与党側から聞こえていました。これでは審議時間ありきの委員会運営とられても仕方ないかもしれません。また、今週26日から始まる、イタリアでのサミット。ここではテロ対策が主要テーマのひとつになります。それまでに衆議院を通過させたいという思惑があったという見方もあります。

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 3つ目は与党と維新の修正合意です。3党は法案を修正し、▼取り調べなどの捜査が適正に行われよう十分に配慮する規定を追加、▼付則に取り調べの際の録音や録画のあり方について、速やかに検討することを盛り込みました。えん罪防止に役立つという評価もあります。ただ、「十分に配慮する」というのでは訓示規定に過ぎず、録音・録画も今後の検討課題にとどまり、不十分という指摘もあります。また、捜査機関の恣意的運用に対する歯止めにはならないと評価もあり、この修正で国民の懸念が払拭できたかといえば、限定的といわざるをえません。もっとも、世論調査に「どちらともいえない」という答えが多数を占めていることはこうした政府与党側の姿勢とともに、「監視社会となり、人権侵害につながる」などといった民進党などの主張も国民に必ずしも浸透していないといえるかもしれません。一方、修正をめぐる3党合意は、今後の政局に少なからず影響するという見方もあります。

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安倍総理は今月3日、憲法改正し、2020年に施行したいと述べました。安倍総理の憲法改正に向けた戦略は公明党の理解を得ながら、維新とも連携することといわれています。今回の合意は憲法改正議論に向けた布石となるかもしれません。
 
 さて、テロ等準備罪を新設する法案は参議院に舞台を移して審議が始まることになります。ただ今国会の会期末は来月18日。1か月を切っています。しかも、参議院での審議入りはサミットから安倍総理が帰国する来週にずれ込む見通しで、政府与党からは今国会での成立を確実にするためには会期の延長が避けられないという声が出始めました。

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延長幅をめぐり、政府与党には▼来月23日に告示される東京都議会議員選挙告示前までの短期間の延長と、▼都議選投票日、7月2日をまたいだ形、1か月程度の延長が取りざたされています。また、終盤国会ではこの法案のほか、▼天皇陛下の退位に向けた法案、▼衆議院小選挙区の区割り見直し法案、▼刑法の改正案なども審議され、政府与党は今国会での成立を目指しています。そうなると大幅な延長が必要となますが、民進党など野党4党はテロ等準備罪をめぐる法案の廃案を目指すのと同時に、森友学園や加計学園をめぐる問題で攻勢を強めたいとしています。政府与党は重要法案審議の進捗状況や野党の出方などを見極めながら、最終判断するものと見られます。

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 日本時間の23日、イギリスでテロと見られる事件が起きました。テロ対策が必要という認識は多くの国民が共有するところです。ただ、民進党や共産党などからは▼この法案がテロ防止に役立つのかという根本的な疑問が出されているほか、多くの懸念が示されています。▼思想信条の自由が侵されるのではないか、▼一般人も対象なりうるのではいなか、▼捜査機関の恣意的運用の恐れがあるのではないかといった懸念です。こうした声は国民のなかにもある疑念でもあります。連立与党の一角・公明党の山口代表も、「政府にはていねいな説明責任を尽くしてほしい」と述べています。来週から始まる、参議院での審議。政府は野党の質問に真摯に答えることはもちろんですが、時間が来たから採決ということではなく、国民の十分な理解を得た上で、結論を出す。そうした姿勢で審議に臨んでほしいと思います。

(安達 宜正 解説委員)

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