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「"TPP11"の行方は」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

アメリカの離脱が決まり、もはや過去のものと思われたTPP=環太平洋パートナーシップ協定。しかし、いま、アメリカを除く11カ国の間で、協定の発効をめざす新たな動きが始まっています。

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きょうはその背景と、11カ国による=TPP11がめざすべき最終ゴールは何かについて考えます。

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1 “TPP11“ 背景には何が
2 各国の思惑の違いと交渉の課題
3 真のゴールは“11”にあらず です。

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アジア太平洋地域で貿易や投資の拡大をめざすTPPについて、安倍政権は、成長戦略の柱と位置づけてきました。しかしアメリカのトランプ大統領は、TPPによってアメリカへの輸入が増え、国内の雇用が奪われるとして、離脱を表明。TPP協定が発効するためには、協定に署名した国のうち最終的に参加する国のGDP=国内総生産の合計が、全体の85%以上に達する必要があるとされていて、アメリカの離脱によって発効の見通しがたたなくなっています。

そうした中、きのうベトナムのハノイでアメリカをのぞく、11カ国の担当閣僚による会合が開かれました。

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会議の後の閣僚声明では、TPPの戦略的・経済的意義を再確認したうえで、協定の早期発効のための選択肢を評価するプロセスを開始すること。そして各国の閣僚が今年11月にベトナムで開かれるAPECアジア太平洋経済協力会議の首脳会議を前に、この検討作業を終えることが盛り込まれまれました。

新たな動きの背景には何があるのでしょうか。

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確かにアメリカが抜ければTPPの経済規模は縮小します。世界全体の貿易総額に占める割合でみますと、アメリカが加盟した場合は、25.7%になったのが、
アメリカ抜きですと15.1%となります。それでも世界全体の7分の1の大きさがありますので、消して小さくはない規模です。

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日本に対する経済効果については、もともとのTPPが日本のGDPを1.37%分押し上げる効果が見込まれたのに対し、アメリカ抜きでも1.11%押し上げる効果があるという分析もあります。

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また、TPP交渉では、関税の大幅な引き下げのほかに、海外からの投資の自由化や、政府調達の拡大など、幅広い分野をカバーしていて、これまでにない高いレベルの自由化で合意しました。今後の世界の自由化交渉の雛形にも使える今回の合意をむだにしてしまうのは「もったいない!」その思いは、各国に共通しています。

さらに日本にとっては、新たな事情が加わりました。それはアメリカのトランプ政権が日本に対し、日米の二国間で自由貿易協定を結びたい意向を示してきていることです。

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二国間協議となれば両国の利害をめぐる対立が先鋭化し、日本は大幅な譲歩をせまられるおそれがあります。その際に、先にTPP11を各国と結んでおけば、TPP以上の譲歩をせずにすむといういわば「たて」の役割をもたせることができるとも考えているのです。

ただTPPをめぐっては、関税を大幅に引き下げられる農業の関係者など、国内に反対論もありました。なぜアメリカ抜きでもTPPを進めるのか、納得のいく説明が求められることになります。そして同じことは、日本以外の国に対しても言えます。というのは、11カ国のなかにはTPP11への参加に、消極的な国があるからです。

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TPP11への各国の姿勢は、主に三つに分かれています。
ニュージーランドや、オーストラリアは関税の引き下げによって農産物の輸出を増やせるとして、日本とともに積極派です。また、カナダやメキシコはNAFTA=北米自由貿易協定のメンバーですが、トランプ政権が、NAFTA自体を見直すと主張していて、まずその行方を見守りながらTPP協議にも臨むという、いわば様子見の立場です。これに対し、ベトナムやマレーシアは、TPP交渉で、アメリカという巨大な市場への輸出拡大ができることを前提に、国有企業改革や、外資規制の緩和などで譲歩したという経緯があります。この為アメリカ抜きのTPPでは話が違うとして、消極的な対応をとっています。

ではこうした消極的な国をどうTPP11に導いていくのか。鍵となるのがアメリカの存在を説得の材料に使うことです。
ひとつはアメリカへの対抗策としてのTPP11です。

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アメリカは、日本に限らず、さまざまな国と二国間による自由貿易協定を結んで、アメリカからの輸出を増やしたい考えです。アメリカは巨大な市場をかかえ、譲れる分野も多いだけに、相手国に対しても大幅な自由化を求めてくることが予想されます。その際に、一国だけでアメリカに立ち向かえば譲歩を迫られる可能性が高くなります。

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逆に、11カ国でスクラムをくみ、「高いレベルの自由貿易協定」を維持できていれば、TPP以上の自由化の要求をはねつけることができるかもしれません。日本としては、TPP11に消極的な国々に対しそのように主張して参加を促し、その後も、各国のスクラムが崩れないように目配りする役割が求められています。

もうひとつが、将来のアメリカの復帰の受け皿としてのTPP11です。

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トランプ政権は「TPPは過去のものだ」と斬り捨てていますから、早期の復帰はのぞめないでしょう。しかし将来政権が変われば、アメリカの対応も変わる可能性があります。いわばTPPという家をしっかりと残しておき、家を出ていった家族が戻るのを待つ戦略です。実際に、21日の閣僚声明では、アメリカを念頭に、「原署名国の参加を促進する方策も含む選択肢」を検討することが盛り込まれました。

TPP11の本当のゴールは、11カ国にとどまるのではなく、最終的にアメリカの復帰を促してもとのTPPの形を復元することであり、これこそが、日本がTPP11の実現に力を入れる最大の狙いなのです。
さらに、アメリカの復帰を見据えたTPP11の背景には、「アジアの自由貿易圏づくりの主導権を中国に渡したくない」というもうひとつの思惑もあります。

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アジアではTPPのほかに、ASEAN=東南アジア諸国連合や日本、中国、韓国、それに、オーストラリア、ニュージーランド、インドのあわせて16カ国が、RCEPと呼ばれる自由化交渉を進めています。RCEPで最も大きな経済規模を持つのは中国ですが、その中国は国有企業改革や、投資の自由化に消極的な姿勢をとっています。

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このため、日本としては、高いレベルの自由化をはかるTPPを先行して実現し、これをてこにして、RCEPの自由化の水準を引き上げたいと考えています。逆にTPP11の交渉で11カ国が空中分解してしまうことになれば、アメリカのTPP復帰の道も閉ざされてしまいます。しかしアメリカ抜きで中国に対峙するのは心もとない感じが否めません。アジアの自由貿易圏づくりが、中国主導で進み、自由化のレベルが下がってしまう可能性が高まることになります。

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このようにTPP11の協議には、アメリカが保護主義的な政策に傾き、中国もしばしば国際貿易のルールに違反するという状況の中で、レベルの高い自由化を世界に広げていくための土台を築くという重い意味がこめられています。

そうした中、日本が、アメリカとの橋渡し役を務めながら、アメリカ抜きの11ヶ国の交渉をうまく主導していけるのか。世界の目が注がれることになります。 

(神子田 章博 解説委員)

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