NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「フランス新大統領と欧州の針路」(時論公論)

百瀬 好道  解説委員

フランス大統領選挙は、EUを支持する中道派のマクロン候補が、反EUを掲げる極右政党のルペン候補を破り当選しました。

j170508_00mado.jpg

j170508_01_01.jpg

今夜の時論公論は、①今回の選挙が、世界的な広がりを見せている反EUや自国第一主義の流れを変える転換点となったのか、②新しいフランス大統領が直面する課題は何か、③マクロン氏の当選は、ヨーロッパ統合にどのような影響を与えるのか。この3点について、第1回投票を含めた選挙結果やその影響を読み解いていきたいと思います。

j170508_02.jpg

まず、反EUや自国第一主義の流れは変わったと見て良いのかという点です。
マクロン氏の勝利で、イギリスのEU離脱の決定からトランプ大統領の誕生で頂点に達した政治の流れに、一応の歯止めが掛かったというのが一般的な受け止め方だと思います。3月のオランダ総選挙に続いて、極右勢力の勝利を阻止したからです。しかも、仮にフランスで極右の大統領が誕生すれば、EU崩壊に繋がりかねないと指摘されていただけに、その意味は大きいと思います。

最悪の事態が回避されたことは確かですが、私はそれほど楽観的にはなれません。底流にある市民の政治不信、経済格差や社会の分断が解消に向かっているとは思えないからです。

j170508_03.jpg

まず、マクロン氏の勝因が既成政党への失望やライバルの失策による面が強い事です。
マクロン氏は初めは泡沫候補でした。ところが与党の社会党は失業問題やテロ対策で失点を重ね低迷しました。野党第一党の共和党は、クリーンとされた候補の金銭スキャンダルが次々に発覚し自滅しました。決選投票でもルペン候補が、テレビ討論で政策論争を抜きにしてマクロン氏の個人攻撃に終始したことが響き土壇場で失速しました。マクロン氏の訴えるEUとの協調やグローバリズムが強い支持を受けたというより、“消去法”による勝利が実態に近いのではないでしょうか。

j170508_04.jpg

次に、EU統合やグローバル化に批判的な見方が、フランスに広く浸透している現実です。
有権者の本音が反映されやすいとされる第1回投票の結果を見ますと、ルペン氏を含め、EU統合やグローバル化に反対した候補の獲得票の合計は47%にも達します。この傾向は、決選投票で棄権と無効票が多かった事や、反極右勢力の結集に失敗した事にも現れました。15年前、ルペン候補の父親が決選投票に進んだ時は、広範な「反極右包囲網」作りが成功し、シラク元大統領は、今回のマクロン氏を16ポイントも上回る82%の得票で圧勝しました。今回は急進左派が自由競争重視のマクロン氏を嫌い、支持しないと決めたのが影響しました。

j170508_05_0.jpg

そして、経済格差による地域の分断や世代間の溝がはっきりしてきた事です。これはマクロン氏とルペン氏が優勢な地域を色分けしたものです。赤で示したルペン氏の地盤はフランスの北部や北東部と、南部の地中海沿岸地域が中心です。北部や北東部は鉄鋼や石炭といった産業の衰退地域、南部は北アフリカからの移民が多いといわれる地方です。

j170508_05_1.jpg

ルペン支持とトランプ支持には類似点があるようです。年齢別の支持を見ますと、一般的に若者はグローバル化に肯定的といわれますが、失業率の高い24歳未満がルペン氏を支持する傾向が、フランスの大きな特徴です。

j170508_06.jpg

こうして見てきますと、新大統領の課題が、政治不信、経済格差、社会的な分断の解消であることは明らかです。

それには、まず強力な政権基盤を築く必要があります。関門は来月の国民議会選挙です。マクロン氏の率いる政治組織・前進は今は議席がありません。マクロン氏は577の全選挙区に候補者を擁立する方針で、安定多数を確保できるかが焦点です。しかし前進は去年の春に結成されたばかりで、組織力に不安があります。他の政党が第1党となった場合、首相はその政党から選ばれるのが慣例です。大統領と首相の支持母体が異なる「ねじれ」が生まれることになり、そうなると大統領の政策遂行力の低下は避けられません。

最優先の個別の課題は経済改革です。経済格差や失業問題の解消のためには、フランス経済を活性化することが欠かせません。

j170508_07.jpg

フランスの経済の問題点は、伝統的に大きな政府でありながら構造改革が遅れているために低成長と財政赤字に苦しんでいる点です。その典型的なひずみが若者の高い失業率です。
ユーロ危機以降の失業率をドイツと比べますと、その差は歴然です。ドイツは2000年代初めに労働市場の改革などに取り組んだ結果、失業は激減し財政再建にも成功しました。

マクロン氏は、6兆円規模の景気刺激策を実施する一方、12万人の公務員の削減で財政赤字を減らし、法人税の減税や規制緩和で雇用の拡大を図る計画です。ただ景気対策と構造改革の実施は、アクセルとブレーキを同時に踏むことになります。サルコジ、オランドと政権が相次いで失敗してきた経済改革は、マクロン政権の真価を問うものになります。

j170508_08.jpg

国民の関心が高いのが、移民対策やテロの防止策です。マクロン氏は、移民の80%削減を打ち出したルペン氏とは対照的に、合法的な移民は受け入れる方針です。230人以上の犠牲者を出したテロへの対策については、治安警察官の1万人の増員や周辺国と治安情報の共有を進めるとしています。

j170508_09_0.jpg

最後に、今回の大統領選挙が、今後のヨーロッパ統合にどんな影響を与えるかです。
私はフランスが果たす役割や責任が非常に大きいと思います。EU懐疑論の高まりで、EUは存在意義を問われています。来月からは、イギリスのEU離脱をめぐる実務交渉がはじまります。今こそフランスとドイツが、EUの結束と改革をリードする時だと思います。

マクロン氏は、ユーロ圏の共通予算やユーロ圏議会の新設を提唱し改革に積極的です。ユーロには、通貨は一つなのに財政はバラバラという構造的な欠陥がありながら、抜本的な改革に踏み込めていません。ドイツが財政は加盟国の自己責任だという主張を譲らないからで、ユーロ圏の共通予算にも一貫して反対しています。経済的に一人勝ちし、EUの政治的決定を事実上左右しているドイツへの不満が、EUへの不信の一因ともいわれています。マクロン氏が自らの構想を実現するためには、ドイツと協力を深めながら、時には対決し説得しなければなりません。

j170508_09_1.jpg

マクロン氏は、そのドイツとの関係の強化を公約にしています。イギリスが離脱するEUで、ドイツと向き合える国はフランスしかありません。ミッテラン元大統領やドロール元EC委員長が活躍した90年代のように、経済はドイツ、政治はフランスが主導した時代もありました。フランスがEUの改革で、ドイツと渡り合える関係になるには、マクロン氏が国内の経済改革と政治の安定を実現しなければなりません。マクロン氏の若さや政治経験の乏しさは、度々否定的に語られます。しかし逆の見方をすれば、因襲に囚われない大胆な発想や行動力を秘めていると見ることもでき、それこそフランスやEUに求められているものです。

左右の2大政党の支配的な構図を打ち破って、大統領に当選したマクロン氏が、フランスの新しい時代を切り拓いたことは確かです。しかし、フランスの国内改革やEUの建て直しは決して一筋縄では行きません。マクロン氏の本当の試練が始まるのは、これからだと思います。

(百瀬 好道 解説委員)

キーワード

関連記事