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「心臓移植患者選定ミス "後がない"移植医療」(時論公論)

中村 幸司  解説委員

日本の移植医療は、いま、臓器移植法が施行されて以来、最大の危機にあります。
脳死と判定された人から臓器が提供され、心臓移植を受ける患者を決める際、日本臓器移植ネットワークは、2017年1月までの4か月の間に3回にわたって本来、手術を受ける患者とは別の患者を選ぶという重大なミスをしました。
臓器移植ネットワークは、4月25日、再発防止策を発表しました。しかし、ミスは過去にも繰り返されていて、再び起きれば、日本の移植医療が停滞するという、あってはならない事態にもなりかねないと指摘されています。
後がない状態にある日本の移植医療について考えます。

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解説のポイントです。

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▽日本臓器移植ネットワークが移植医療の要になる組織であることを示した上で、
▽患者を間違って選んだ今回のミスが、いかに重大であるのか、
そして、
▽危機意識が欠如した臓器移植ネットワークの状況についてみてみます。
最後に、
▽今後、移植医療の信頼回復に、何が必要なのか考えます。

臓器移植では、脳死と判定された人など、亡くなった人から臓器が提供され、移植手術を必要とする重い病気の患者に移植されます。

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この過程で重要な役割をするのが、日本臓器移植ネットワークです。
ネットワークから派遣されたコーディネーターが、臓器提供についての提供者本人の生前の意思や、家族の意思を確認します。
さらに、心臓や肝臓、腎臓などの病気で登録されている患者の中から、移植を受けるのに最も適した患者を基準にのっとって選ぶのもコーディネーターの業務です。
ネットワークは、提供者の意思を生かすと同時に患者に治療の機会を提供するという移植医療の要となっているのです。

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今回のミスは、登録患者の中の誰が心臓移植を受けるかを選ぶ際に、患者を間違えたのです。

この間違えは、非常に重大なものと受け止めなければなりません。
移植医療には、3つの大きな柱があると考えます。

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▽脳死判定など死亡診断が厳格に行われること、
▽提供者や家族の「提供したい、提供したくない」という意思が尊重されること、
そして、
▽移植を受ける患者を、公平公正に選ぶことです。

善意で社会に提供される臓器で治療を行うという移植医療が成り立つためには、こうした柱が確実に守られることが大前提になっています。

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患者を間違って選んだミスは、移植医療の根幹を揺るがすものなのです。

このミス、患者の命にかかわる重大な問題です。

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今回のミスがわかったのは、2017年1月のことでした。臓器移植ネットワークが心臓移植を受ける患者を基準に基づいて、コンピューターで選んだところ、本来選ばれる優先順位1位の患者とは別の患者が選ばれました。この2人の患者は、同じ病院で手術を受ける予定だったため、病院側が患者が違っていることに気づきました。

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このケースでは、急きょ手作業で基準どおりの患者に選び直しましたが、過去を調べたところ、2016年10月から17年1月までの臓器提供で3回も、心臓移植を受ける患者を間違って選んでいたことが分かりました。

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心臓が提供されたケースは、2016年では年間52人でした。これに対して、心臓移植を必要として登録されている患者は500人を超えています。海外に比べて臓器提供が少ない日本では、選定のミスは患者が手術を受ける機会を失うことにつながりかねないのです。

これまでの経過から、臓器移植ネットワークに大きな問題があることが浮かび上がってきます。
まず、今回のミスの原因を見てみます。

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心臓移植を受ける患者は、症状の重さによる「緊急度」などで優先順位が決まります。ただ、緊急度は2段階しかないので、優先順位が同じ患者が複数いるケースが多く、その場合は待機していた日数がより長い患者が上の順位になります。
今回、選定に使うコンピューターが、この待機日数を誤って計算していたため、順位が間違っていました。プログラムの初歩的なミスが原因でした。

コンピューターは、去年10月に新しいものに切り替えられ、運用を始めたばかりでした。

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間違いがないか検証する試験的な運用を、半年間行う計画にしていましたが、プログラムの開発が遅れたことなどから、1か月あまりに短縮されていました。
プログラム・ミスを見つけられなかったのは、検証が不十分だったためとされています。

そして、大きな問題なのが、選定をめぐるミスが繰り返されていることです。

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臓器移植ネットワークは、2012年と14年、そして、2015年に腎臓移植の患者選定の際にミスをしています。そのたびに厚生労働省から注意を受けました。
2015年のケースでは、本来、選ばれるはずの腎臓病の患者が移植を受けられず、厚生労働大臣から再発防止に取り組むよう指示を受けました。この指示は臓器移植法に基づく重いもので、当時のネットワークの理事長などの役員が責任をとって辞任しました。
新しい態勢になり、何より患者選定を確実に行うことが求められていたにもかかわらず、ミスは繰り返されたのです。

臓器移植ネットワークは、今回の間違えについて、記者会見で「コンピューター・プログラムは“万全でない”という認識はあった」としていますが、その一方で、「コンピューターが選んだ結果に“間違いはない”」と考え、別の方法での再確認はしていなかったと話しています。

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ミスが繰り返され、プログラムの検証が不十分だったことを考えれば、あまりに危機意識が欠けていたといわざるを得ません。

臓器移植ネットワークは、心臓や肝臓などの移植で提供者と患者をつなぐ国内唯一の機関です。次に、重大なミスをすれば、ネットワークが業務をできなくなり、臓器移植が停滞するという、あってはならない事態にもなりかねません。

では、どうしたらよいのでしょうか。臓器移植ネットワークは、4月25日に再発防止策を発表しました。

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▽当面、新しいコンピューターと古いコンピューター、そして手作業の、3つの方法で患者選定を行い、間違いをなくすようにしたほか、
▽2017年5月1日には、患者選定専門の担当者や部署を新たに設けました。

そもそも、これまで専門の担当者がいなかったことも大きな疑問ですが、信頼を失ったネットワークの取り組みだけでは、十分とは言えません。

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厚生労働省は、再発防止策が万全に行われているかどうか、専門家などを交えて外部から確認する仕組みを新たにつくることが必要です。

そして、移植医療の柱を考えると、臓器移植ネットワークに求められていることは、単に患者選定の対策にとどまりません。

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ミスが繰り返されてきたことや危機意識が欠如した原因にまで迫った対策をしなければなりません。そうしなければ、コーディネーターが行う提供者や家族の意思確認など、移植医療のほかの柱でも問題が起きかねないからです。

臓器提供が増える傾向にあるとされる中で、
▽コーディネーターはじめ職員の教育は十分なのか、
▽業務に見合った態勢になっているのか、
といった足元一つ一つをいまこそ見つめ直す必要があります。

2017年、臓器移植法は施行から20年を迎えます。しかし、日本の移植医療の今後を考えるどころか、ネットワークをどう立て直すかということに終始しているのが現状です。
日本臓器移植ネットワークには、「移植医療の根幹を担っていることをあらためて確認するという原点からから始める」、そうした覚悟で、信頼回復に向けた取り組みを進めることが、いま求められています。

(中村 幸司 解説委員)

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