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「JR福知山線事故12年 遺族たちが問う"安全"」(時論公論)

松本 浩司  解説委員

JR福知山線の事故から12年が経ちました。事故を起こしたJR西日本は、いま、事故前とは大きく方向が違う、新しい考え方の安全対策を推し進めています。その背景には事故の再発防止を求める遺族たちとの4年半にわたる異例の「対話」がありました。鉄道や航空事故などの遺族・被害者たちが果たしてきた役割を考えます。

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【今村大臣問題】
この問題を取り上げる前に、きょう今村復興大臣が自らの発言の責任を取って辞任しました。私は震災直後から救援や復旧、復興の取材を続けてきましたが、被災者の置かれた状況や気持ちへの理解があれば、一連の発言、言葉使いはできないはずで、たいへん驚かされました。復興はまだ道半ばです。政府は、大臣に限らず復興に本当に意欲と資質のある人材をきちんと配置し、取り組んでもらいたいと思います。

【被害者と加害企業の対話】
では、きょうの本論です。
12年前のきのう、兵庫県尼崎市でJR福知山線の列車がカーブを曲がり切れずに脱線し、乗客106人が死亡しました。直接の原因は制限速度を大幅に超える速度でカーブに侵入した運転士のミスとされました。

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遺族や被害者たちはJR西日本の責任追及を強く求めました。しかし国の事故調査報告書や歴代の経営トップを被告とした刑事裁判は、個別のさまざまな原因を指摘しましたが、経営判断のどこに誤りがあったのかという根本問題を突き詰め、JRの企業としての責任を明らかにすることはできていません。

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強制起訴による歴代社長の裁判は続いていて、一部の遺族はあくまで会社の責任追及を求めています。一方で、別の遺族たちはJR西日本に対し「責任追及はしないので、事故原因の解明と再発防止策を協議しよう」と呼びかけました。JRがこれに応じ、被害者と加害企業による異例の「対話」は延べ4年半にわたって続けられ、報告書がまとめられました。

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この中では、列車のスピードアップなど速達化が次々に進められたにも関わらず速度オーバーを防ぐ装置の設置が何回も延期されていて、原因として、経営陣がそれぞれを別々に意思決定していたという、構造的問題が明らかにされました。事故調査報告書では踏み込めなかった核心部分です。そしてJRは「巨大なシステムを安全に運営する際の相互の連携が欠けていた」と組織の問題を認めました。

報告書は、そのうえで、安全性を高めるための提言をしました。

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最も重要なものが「ヒューマンエラーを罰しない」という提言です。
運転士らがミスをして事故につながったとしても、それが故意や怠慢によるものでなければ処罰をしないというものです。ミスを隠さず報告し、経緯も包み隠さず述べてもらって原因を徹底的に明らかにすることで再発防止につなげようという考え方です。
福知山線事故以前、ミスは本人に問題があり、見せしめ的な懲罰によって再発を防止しようとしていたのとは正反対の考え方です。
当初、現場の責任者たちから「緊張感が失われる」など反発もありましたが、JRは社内で議論を重ね導入に踏み切りました。鉄道会社では初めてのことです。

【対話の成果】
導入から1年がたちましたが、成果はあがったのでしょうか。

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今年1月、岡山県の駅で出発した列車の運転士が線路脇で煙があがっているのを見つけ、ました。火を消して列車を再び発進させたところ、車掌が車輪止めを外すことを忘れていて脱線してしまいました。従来であれば重い処分に相当するケースですが、処分はせず車掌と上司らとで徹底して話し合い、運転士と車掌との間のコミュニケーションに行き違いがあったことや、列車の遅れに気を取られた心理状態など事故の直接間接の原因が明らかにされました。

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4年半にわたる対話について、JR西日本の吉江則彦副社長は「経営陣と技術陣、現場との意思疎通不足などさまざまな指摘を受け、たいへん参考になった。今後の取り組みに生かしていきたい」と話しています。また遺族側の代表の淺野弥三一さんは「遺族と加害企業が真剣に向き合って安全性向上に取り組んだ、ひとつの事例として、ほかの企業などでも参考になればよいと思う」と話しています。

【事故遺族の闘いの歴史】
専門家から高く評価されているこの取り組みは、繰り返されてきた大事故の遺族たちの安全を求める闘いの積み重ねの上に実現したと言うこともできると思います。

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昭和60年の日航ジャンボ機事故の遺族たちは、空の安全の向上を訴え続け、事故機の保存をはじめ、企業や国の取り組みに大きな影響を与えてきました。

信楽高原鉄道事故の遺族たちは事故調査の強化を訴え、鉄道の事故調査機関を発足させました。

他の事故遺族らの働きかけも加わり、平成20年に国からの独立性を高めた事故調査機関である運輸安全委員会が発足。また公共交通事故の被害者を支援する組織も作られました。

【新たな取り組み】
新たな取り組みもあります。去年1月に起きた軽井沢スキーツアーバス事故の遺族たちです。

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遺族会の代表の田原義則さんは、大学2年生だった寛さんを事故で亡くしました。田原さんは告別式で「同じような事故が二度と起こらない世の中になるよう動きたいと」とあいさつしました。そのあとになって、寛さんが友人に「人の役に立つ仕事をしたい」と話し、事故のとき「社会を変えるには」という本を携えていたことを知り、決意を強くしました。田原さんたちは再発防止のための提言をまとめて国土交通省と4回話し合いを行い、提言は国の対策に反映されました。
話し合いに出席した国土交通省の当時の課長5人を取材しましたが、いずれも遺族たちがたいへん冷静なことに驚き、「遺族や被害者の視点を安全対策に取り入れることの重要性を強く感じた」と話していました。

25年前、信楽高原鉄道事故の遺族たちが当時の運輸省に原因究明などを申し入れたときは部屋に入れてもらえず運輸省の廊下で申し入れをしました。当時から被害者支援に取り組んできた専門家は、「被害者たちの取り組みが国の姿勢を変えてきた象徴でたいへん感慨深い」と話します。

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一方、罰則の強化を求める遺族らの動きもあります。福知山線事故や笹子トンネル事故、高速バス事故などの遺族たちが連帯して組織に対する罰則の創設を求めています。刑法では個人の責任しか問えませんが、「それでは『トカゲのしっぽ切り』になってしまう。組織の責任を問えるようにして事故防止に力を入れさせるべきだ」という考え方です。「原因究明を妨げかねない」という慎重論もありますが、では両立しないのか、議論を深めていく必要があります。

【まとめ】
遺族や被害者たちの取り組みは目に見えにくいですが、社会の安全を確実に高めてきました。その代表的な存在が日航機事故の遺族でつくる8・12連絡会です。なぜ困難な活動を続けることができたのでしょうか。

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事務局長で当時9歳の次男を亡くした美谷島邦子さんは、著書の中で「『悲しみは乗り越えるものではなく、悲しみに向き合い同化して、亡くなった人とともに生きていくものだ』ということを、取り組みの中で知った」と記しています。

私たちも、遺族や被害者の取り組みを傍観するのではなく、その思いに寄り添い、利用者や消費者の立場から企業や行政に取り組みを促していく、このことが社会の安全を高めることにつながるのではないか、取材を通じてそう感じています。

(松本 浩司 解説委員)

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