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「"強権化"するトルコ 深まる欧州との亀裂」(時論公論)

二村 伸  解説委員

中東の要の1つトルコで行われた憲法改正の是非を問う国民投票で、エルドアン大統領が勝利を宣言してから1週間。野党や国際的な監視団は投票の不正を訴え、今も緊張の火種がくすぶっています。政治の安定への期待の一方で、大統領への権限集中による独裁を懸念する声が内外で強まり、トルコとヨーロッパの国々との亀裂が深まっています。絶大な権力を握ることになるエルドアン大統領のもとトルコはどこへ向かうのか、ヨーロッパをはじめ世界への影響について考えます。

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解説のポイントは、
①憲法改正の狙い、   
②トルコは安定に向かうのか、それとも分断を深めるのか。
③そしてヨーロッパをはじめ世界にどんな影響を及ぼすのか。以上の3点です。

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まず、トルコの国民投票がなぜ大きな注目を集めているのかですが、一言でいえば、中東・ヨーロッパだけでなく世界への影響の大きさゆえです。アジアとヨーロッパの接点に位置するトルコは、政治と宗教を分離して近代化を推し進めた結果、弱小国から中東・北アフリカ最大の経済規模にまで成長を遂げ、GDPはこの10年でドル換算で3倍以上に拡大しました。その立役者がエルドアン大統領です。ところが、強権的な手法がヨーロッパの反発を招き、テロ対策や難民対策にほころびが生じかねない状況です。現地で活動する日本を始め各国企業も不安を隠せません

今のトルコを象徴するのがトルコの最新映画です。
主人公は聡明で信心深い少年。やがて政治家となり国民に愛される名指導者となります。
映画のタイトルはREI、チーフ・かしらを意味します。つまりエルドアン大統領の生涯を描いた作品です。大統領の権限強化を認めるかどうかを問う国民投票の直前に上映が始まりました。投票前には憲法改正を支持する集会が連日開かれた一方で、反対派の集会の多くは開催が認められず、まさに国を挙げて憲法改正を後押ししました。

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国民投票にかけられた憲法改正案は、現在の議院内閣制から大統領制へとトルコの政治の仕組みを根本から変えるものです。

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具体的には、
▼首相を廃止してこれまで儀礼的なポストだった大統領が行政の長となり、
▼副大統領と閣僚の任命権を持ち、
▼国会の解散や非常事態の発令、政府予算案の提出も大統領に委ねられます。
▼司法の最高機関である憲法裁判所の判事も過半数を大統領が任命します。
また、大統領はこれまで政党に所属することは認められていませんでしたが、今後は党首を務めることが可能になり、選挙のやり直しを命じることもできるため、議会でも大きな影響力を行使することになります。

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2019年11月の選挙以降、大統領の任期は最長で2期10年、エルドアン大統領は2029年まで務めることが可能になると見られます。

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この憲法改正案に賛成票を投じた人は51.4%、かろうじて過半数に達し
反対との差はわずか138万票でした。エルドアン大統領は、「歴史的な決定だ」と勝利を宣言しましたが、半数近い有権者が大統領への権限集中にNoを突きつけたことも事実です。
野党側は、投票に不正があったとして無効を訴え、国際監視団に参加したOSCE・ヨーロッパ安全保障協力機構も「不公平で国際基準に達していない」とする報告書を発表、監視団の1人は「250万票が不正に操作された可能性がある」と指摘しています。

これでトルコは強く安定した国になるのでしょうか。大統領の権限を強化する最大の理由は国家の安定です。去年7月のクーデター未遂事件を受け、強い大統領のもとでこそ治安の強化と経済の発展が可能だというのです。エルドアン大統領は、首相を最長の3期務めたあと3年前大統領に転じ、以来、権限の強化を求め続けてきまました。建国100周年を迎える2023年までにトルコを世界のトップ10に入る経済大国にすると宣言した大統領にとって儀礼的なポストに甘んじることはできなかったのです。

しかし、立法や司法の独立性を損なう大統領への過度の権限集中は国の分裂という危険性を孕んでいます。これまでも大統領に批判的な新聞社やテレビ局が次々と閉鎖され、多数のジャーナリストが拘束されたのに加えて、クーデター未遂を機に軍の兵士や警察官、公務員など4万人以上が拘束され、10万人以上が職を追われるなど、政府の強権的な姿勢に対する不満が強まっていました。

トルコ国内だけでなく、歴史的・経済的に結びつきの強いヨーロッパの国々も、民主主義の後退だと懸念を強めています。

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国民投票を前にトルコ政府は、ヨーロッパでトルコ系住民向けに閣僚による 会を計画しましたが、ドイツ政府は集会を禁止、オランダ政府はトルコ外相の乗った飛行機の着陸を認めませんでした。

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エルドアン大統領は、両国を「ナチスのようだ」「ファシストだ」などと非難し、
対立を深めました。強い指導者をアピールし、外国との対立を煽って愛国心に火をつける戦術と捉えることもできますが、国民投票が終わったあとも強気の姿勢は変わっていません。

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投票結果の再調査を求めたEUに対してエルドアン大統領は「身のほどを知れ」と激怒、投票翌日には非常事態令を3か月間延長し、憲法改正の次は死刑制度の復活の是非を国民に問うなどと挑発的な発言を繰り返してヨーロッパの首脳たちの反発を招いています。今のままではトルコのEU加盟はほぼ絶望的で、トルコとEUの合意によって鎮静化したトルコからの大量の難民流出が再燃する可能性もあります。NATOのメンバーであるトルコとEUの対立は地域の安全保障を揺るがし、シリア紛争終結への取り組みやIS・イスラミックステートの掃討作戦にも支障が出かねません。
さらにヨーロッパでイスラム教徒への敵視や不信感がこれ以上強まれば、大統領選挙中のフランスや9月に総選挙を控えるドイツなどで移民や難民の受け入れに反対する勢力を勢いづかせることにもなりかねません。

強いリーダーシップでトルコを率いてきたエルドアン大統領ですが、この数年は経済が低迷、治安が悪化しており、強権的な手法が続けば政情不安を招きかねません。頻発するテロをおさえこむためにも批判勢力の排除ではなく国民の融和を何よりも優先すべきです。EU側も加盟問題の結論をいつまでも引き延ばしていては、トルコの不信感を助長するだけで、これまでのような曖昧な態度は改めるべきでしょう。テロの根絶と地域の安定のためにも双方が早急に対話のテーブルに着くことが求められます。非難の応酬をやめ、今こそ平和と安定という共通のゴールに向けて関係改善に努めるときです。

(二村 伸 解説委員)

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