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「米シリア攻撃の衝撃」(時論公論)

髙橋 祐介  解説委員
出川 展恒  解説委員

アメリカのトランプ政権が、シリアのアサド政権に対して、初めて軍事攻撃に踏み切りました。「アサド政権が化学兵器を使った」トランプ大統領はそう断定し、対抗措置として、誰もが予想していなかった速さで、武力行使を“即断”しました。
はたしてアメリカによる対シリア政策の転換は、どのような影響をもたらすでしょうか?
現状を分析し、今後のシリア情勢の展開を探ります。

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ポイントは3つあります。
▼まずトランプ政権は、どのような狙いで攻撃に踏み切ったのでしょうか?
▼次に、シリアのアサド政権と化学兵器の問題には、どのような経緯があったのか?
▼そして、トランプ政権の政策転換によって、今後のシリア情勢には、どのような影響が出てくるでしょうか?

まず出川さん、今回の攻撃をどう見ていますか?

出川)
たいへん驚きました。トランプ大統領が、これほど早く、軍事攻撃に踏み切るとは思いませんでした。国連安保理決議や、事前の警告もなかったので、アサド大統領も驚いたに違いありません。
そして、アサド政権を、中東における事実上の同盟国と位置づけ、強力に支援してきたロシアが、この事態にどう対応するのかが、極めて重要です。さらに、トランプ大統領が、どこまで攻撃を続けるのか、最終的に、アサド政権の排除や退陣まで目指すつもりなのか、知りたいところです。

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髙橋)
トランプ政権が、いわば力ずくでアサド政権を引きずり下ろす、いわゆる“レジーム・チェンジ”まで、腹をくくっているとは、私には到底思えません。しかし、メッセージは明確です。
トランプ大統領は、中国の習近平国家主席を迎えた滞在先のフロリダで、急きょ声明を発表し、この中で「シリアが化学兵器禁止条約の義務に違反し、国連安全保障理事会の求めを無視して、化学兵器を使ったことに議論の余地はない」と述べ、アサド政権による化学兵器の使用を断定しています。
「越えてはならない一線を越えるなら、アメリカは果断に行動を起こす」そうした懲罰的な意味合いが、今回の攻撃には色濃くうかがえます。

現に、ホワイトハウスで安全保障を担当するマクマスター補佐官によりますと、トランプ大統領が最終的に攻撃を命じたのは、攻撃当日の6日。シリアで化学兵器が使われたという疑惑が伝えられてから、わずか2日後のことでした。
地中海に展開するアメリカ軍の駆逐艦から、シリア軍の飛行場などを標的に、巡航ミサイル59発を発射。標的を選定する際には、猛毒のサリンが保管されているとみられている場所は避け、民間人に被害が及ばないよう配慮もしたと、補佐官は説明しています。
アサド政権を支援するロシアへの事前通告も行ったとしています。つまり、米ロを巻き込む全面戦争は望まない。しかし、化学兵器の使用という「レッドライン」を越えることは断じて許さない。そうした立場を行動によって警告する狙いがあったのは確かでしょう。

出川さん、このシリアの化学兵器問題には、どのような経緯があったのでしょう?


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出川)
まず、今月4日、シリア北西部のイドリブ県の反政府勢力が支配する町で起きた問題の攻撃について、アサド政権は、「化学兵器を使用した事実はない」と関与を強く否定しています。ロシアも、アサド政権の立場を擁護しています。
そもそも、シリアの化学兵器の問題は、4年前の2013年8月、アサド政権が、首都ダマスカス近郊で、サリンを使用した疑いが浮上し、当時のアメリカのオバマ政権は、アサド政権に対する軍事攻撃に踏み切る構えを見せました。
アサド政権は、攻撃を避けようと、それまで未加盟だった「化学兵器禁止条約」に急遽、加盟するとともに、国連安保理決議に従って、サリンなどすべての化学兵器の廃棄に応じました。ところが、アサド政権は、その後も、塩素ガスなどの化学兵器を使用していたと、国連などは報告していました。

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髙橋)
では、なぜ今、トランプ大統領は、こうした政策転換に踏み切ったのでしょうか?
そこには、オバマ前政権との違いへのこだわりがあったのは確かでしょう。
オバマ前大統領は、シリアで内戦が勃発して以来、一貫してアサド大統領に退陣を迫り、反政府勢力を資金・軍事の両面で支援する一方、直接の軍事介入は避け続けました。
その結果、「過激派組織のIS=イスラミックステートが勢力を拡大して、テロ対策は後手にまわり、アメリカの威信も影響力も低下させてしまった」トランプ氏は、そう選挙戦を通じて強く批判してきました。
そこで、みずからが大統領に就任した当初から、アサド政権の退陣よりも、ISの壊滅を最優先に進めるべきだと主張し、対IS作戦で米ロの協力を模索するため、アサド政権の存続を容認することも検討してきました。
そんな中で再燃したのが、今回の化学兵器の問題でした。トランプ大統領は「私のアサド氏に対する姿勢は大きく変わった」と述べ、より厳しい姿勢で臨む方針に転じたのです。
対シリア戦略を入念に練り直した結果というよりも、政策転換に迫られたと見る方が正確なのかも知れません。

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出川)
一方のアサド政権は、長期化するシリア内戦で、反政府勢力と過激派組織ISの攻勢に圧され、一時窮地に追い込まれました。
しかし、おととし以降、ロシアとイランによる強力な軍事支援を受け、支配地域を奪い返してきました。去年12月には、北部の主要都市アレッポを反政府勢力から奪還し、圧倒的優位に立っていました。
アサド大統領の目標は、政権の生き残りから、反政府勢力とISを駆逐して、再びシリア全土を掌握することに移っていたと見られますが、今回の化学兵器の問題で、トランプ政権が方針を転換したことで、そのシナリオが根底から覆された格好です。

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髙橋)
では、今後のシリア情勢にはどのような影響が予想されるのでしょうか?
当面の鍵を握っているのは、やはり米ロ関係です。ティラーソン国務長官は、来週、就任後初めてロシアを訪問し、ラブロフ外相らと会談する予定です。国務省の高官は、「米ロ関係が、どれぐらいのスピードで、どの方向に向かうのかは、長官がモスクワでロシア側から聞く話の内容しだいだ」と述べています。
ロシアがアサド政権の支援に固執するなら、米ロ関係の改善を模索する動きにも影響が出かねないとして、ロシア側をけん制する一方で、逆にロシアの出方しだいでは、シリア情勢の打開に米ロが手を結ぶ余地は、まだ十分に残されていると、トランプ政権は見ているのでしょう。

出川さん、当のアサド政権は、どのような出方をしてくるのでしょうか?

出川)
アサド政権としては、ロシアに頼るしかないと思います。今回の化学兵器の問題について、真相究明の調査や責任追及が本格化すると予想されますが、もし、化学兵器の使用を認めれば、政権の「正当性」が問われますから、国連安保理では、ロシアに擁護してもらうしかないと思います。
一方のロシアとしては、関係改善の兆しもあったトランプ政権との関係悪化も辞さず、あくまでアサド政権を守るのか、判断を迫られることになります。
また、アサド政権を支援してきたイラン、アサド政権の退陣を要求してきたトルコなど、周辺国も巻きこむ形でシリアの戦闘が拡大することも心配されます。
今回の化学兵器の問題で、アメリカとロシアが、再び対立を深めれば、シリアの内戦を終わらせることはいっそう困難になります。国連を舞台にした政治交渉も、ISとの戦いも、アメリカとロシアが協力しない限り、進展は望めません。軍事攻撃がこれ以上拡大しないよう、すべての当事者に自制を求めたいと考えます。

髙橋)
シリアで内戦が始まってから、すでに丸6年。アメリカが、トランプ政権のもと、初めてアサド政権に対する攻撃に踏み切ったことで、情勢は転機に差し掛かり、いっそう複雑化していく恐れもはらんでいます。その一方で、大量破壊兵器に手を染める無法なふるまいには、力の行使をためらわない。そうしたトランプ政権の姿勢は、核とミサイル開発を推し進める北朝鮮情勢にも、少なからぬ影響を与えるかも知れません。

(髙橋祐介/出川展恒 解説委員)

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