西郷どんを訪ねて ゆかりの地巡り

西郷どんを訪ねて ゆかりの地巡り

6 鹿児島市 <中薩摩・南薩摩>

西郷どんを訪ねて 第十回

星になった西郷どん

(平成30年1月30日 情報WAVEかごしまで放送)

今回はいきなり写真をどん!

これ、何だと思いますか!
いくら? 水晶? 鉱石? …正解は「西郷星」です。
西郷星とは何なのか、なぜこのような名前がついたのか…、今回はその秘密を探っていきます。
訪ねたのは鹿児島市の美術館。

鹿児島市立美術館
星から見下ろす西郷どん

副館長の山西健夫さんが出迎えてくださり、 なんと、立ち入りが制限されている場所に、特別に入らせていただきました!
何重もの扉で厳重に保管されている、大きな引き出しから出てきたのは…

錦絵
錦絵 アップ

2枚の錦絵! これが西郷星と呼ばれているもので、
空飛ぶ気球を見下ろす星の中にいる、軍服姿の男性が西郷どんです。
この絵は、夜空に起きた珍事から生まれました。

…ときは明治10年。西南戦争で西郷どんがまさに命を落とそうとしていた頃。
夜空にひときわ赤く輝く星が現れました。15年ぶりに地球に大接近した火星です。
その火星の中に、陸軍大将姿の立派な西郷どんが見えるということで、
その接近してきた火星を西郷星と、庶民はみんなそのように噂をしたと言われています。

こちらは県立図書館の資料課課長・鶴丸博文さんです。

鹿児島県立図書館資料課課長 鶴丸博文さん

こちらでも、大切に保管されている錦絵を見せていただきました。
…実はこれらの錦絵は鹿児島ではなく、東京や大阪で描かれたと言われているのだそう! 西郷どんは日本中で人気があったんですね。さすが西郷どん。

空を見上げ拝む人々
(「鹿児島県立図書館 蔵」)

こちらの絵では、いろいろな職業の人々が、空を見上げ手を合わせて拝んでいます。新政府と対立し「賊軍」として、壮絶な死を遂げた西郷どん。多くの人々がその死を悼んだことが、西郷星と呼ばれるようになった理由だったんですね。

鹿児島市内には、西郷星に強い思いを抱く人がいます。

天文愛好家 前田利文さん

高校で地学の教師をしている、前田利久さんです。
5年前まで県立博物館で天文学担当の学芸員をしていた前田さん。
子どもたちに西郷星のことを熱心に教えていました。さらに、ふるさとの英雄と大好きな星の魅力を伝えたいとの思いから、地元紙に西郷星の記事を書いたそうです。

学芸員時代の前田さん

前田さんは、パソコンのソフトを使って140年前の、西郷星と呼ばれた火星が現れた夜空を再現してみました。1877年9月23日20時。西郷どんが亡くなったのは、24日なので、これは亡くなる前の晩ということになります。

満月と火星

現れたのは、東の空にのぼる満月と火星…
地形と合わせると、鹿児島市内からはちょうど桜島の上に満月がのぼり、その右手に火星が輝いているのがわかります。

明治10年9月23日の星空

そしてこちらは鹿児島市にある西郷どんの終焉の地。

西郷どん終焉の地 石碑

140年前の9月。ここで、西郷どんは49年の波乱に満ちた生涯を閉じました。
桜島を望む高台から見た最後の景色。そこには、赤い西郷星が輝いていたはずです。

そしてなんと今年、15年振りにまた火星が大接近するとのこと!
日付は7月28日(土)ごろからの予定です!
西郷どんが最後にみた景色を、私たちもみることができるかもしれません。
もしかしたら火星の中に西郷どんが見える…かも。

平成30年7月28日の星空予想図

夜空に赤く輝く西郷星。
そこには、志半ばで散った西郷どんと彼を悼んだ当時の人々の思いが込められていました。

西郷星

今回は、ちょっぴりロマンティックな「西郷どんを訪ねて」でした。
次回も乞うご期待!

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