鹿児島のガソリンスタンド 価格“888”の謎を追う

2021年7月21日

全国的にもガソリンが高値で推移する鹿児島県。「安くガソリンを入れたいな」と車で走っているとガソリンスタンドの電光掲示板に「888」という数字が表示されているのが目に入ります。

「リットルあたり888円なのか?」と一瞬考えましたが、そうではありません。販売価格を出さないで「888」という数字を出しているのです。

鹿児島でたびたび見かけるこの「888」の価格表記。今回、NHK鹿児島放送局の調査報道班に寄せられたのは「なぜ鹿児島のガソリンスタンドの店頭価格は『888円』と表示してあり、ガソリン価格を表示しないのか。」私たち自身も疑問に思っていた「888」の謎について調査しました。(鹿児島放送局 小田和正・西崎奈央)


【ドライバーに聞いてみた】


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私たちは今回の調査依頼を受けて、「鹿児島は本当に価格の非表示が多いのか」、まずはそれを調べなければならないと思いました。そこで、ふだん車を利用しているドライバーたちに話を聞いたところ、「価格の非表示は多い」という声が相次ぎました。

男性ドライバーの1人は「値段が出ているところは少ない。ガソリンを入れてみたら、意外と高かったことがある」と話したほか、熊本から鹿児島に移り住んだという女性ドライバーは「熊本のほうが表示されている気がする」と語りました。やはりドライバーたちは価格表示が少ないと感じているようです。そこで私たちは実際にどれくらいのガソリンスタンドが価格を表示していないのか、調べてみることにしました。




【実際に見に行ってみた】


国の統計によると令和元年度末の時点で県内にガソリンスタンドは800あるとしています。このうち、私たちは県石油商業組合のホームページに掲載されている鹿児島市内の130軒あまりを実際に見に行って、価格が表示されているか調査しました。

実際に見て回ると「888」の表記だけでなく、電光掲示板がそもそも点灯していない店舗や、価格を表記する看板がそもそもない店舗もありました。中には「消費税込み」と書かれている傍らに「888」となっているところもありました。


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調査を行った結果、130軒余りのうち、営業が確認できたガソリンスタンドは120軒でした。その中で、価格を店頭に大きく表示していたのはわずか17%。全体の83%にあたる100軒のガソリンスタンドは価格を表示していませんでした。店舗になぜ表示しないのかを尋ねてみると、ある店舗の従業員は「はっきりしたことはわからない」と語りました。




【値段表示のガソリンスタンドに聞いてみた】



では、少数派の値段を表記しているガソリンスタンドは価格表記のことをどう考えているのでしょうか。鹿児島市郡元の、あるガソリンスタンドでは20年ほど前の創業から一貫して価格を表示しています。

店舗を経営する中村竜一郎さんにその理由について聞くと、「ガソリンスタンドを始めて20数年なんですが、それまでは一般ユーザーだったので、なんで値段を出してないんだろうと常々思ってました。なので、値段はずっと出すということで貫いてきている」と話します。

中村さんの店舗では、元売りではなく商社から、原油から精製する際に余るガソリンを比較的安く仕入れています。中村さんは消費者のためには価格を表示したほうがいいと考えていますが、鹿児島で価格を表示する店舗が少ない理由については、「私自身が後発ですから、鹿児島のガソリンの歴史ももう60年くらいあるでしょうし、その中で、どのような経緯でこうなったのかは私もほとんどわからないです」と話します。その上で、「1円でも2円でも安いと客が助かるんだと、自分でも身をもって体験してましたので、今はスタンドを経営する逆の立場ですけど、そのときと同じ考えです」と価格についての考えを述べました。




【鹿児島は高い?全国と比べてみた】


車社会では必要不可欠なガソリン。鹿児島の小売り価格は全国最高値を記録することもあるほどで、ことしに入ってからは全国平均よりも7円から10円近く高い状況が続いています。その理由についてよく指摘されるのが、鹿児島では広い本土や離島を抱えることで輸送コストがかさむというものです。


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それは本当なのかどうかを調べるため、九州のほかの県と試しに比較してみました。そうすると、最も高値なのは鹿児島県と長崎県。この2つの県はいずれも有人離島を抱えるという共通点があります。この2県に続いて高値なのが大分県でした。




【ガソリン高価格の3県を調べてみた】


大分県が公開しているガソリンに関する資料をつぶさに見ていった私たちは気になるものを見つけました。それは、大分県が実施したガソリン価格の表示率調査の結果が記された資料でした。

直近の大分県内全体の価格表示率は46%あまり。私たちが鹿児島市で調べた表示されていた店舗の割合の3倍近くです。大分県ではこの割合を65%までに高める目標を設けています。消費者にとっての分かりやすさにつなげることが狙いだということです。

また、長崎県庁に取材したところ、長崎県でも価格を表示するよう求める動きがありました。消費者にとって分かりやすくなることと価格競争につながることを期待して、業界団体に毎年要望を続けているというのです。

一方、鹿児島県庁に取材したところ、表示を求める動きは特段なく、価格が表示されない明確な理由もわからないということでした。




【業界団体に聞いてみた】


なかなか判然としないガソリンスタンドが値段を表記しない理由。私たちは県内のガソリンスタンドなどで構成する県石油商業組合に取材を試みました。組合の高田専務理事からは当初、「NHKが取材することではない」と取材に難色を示されましたが、インタビューを行うべく、交渉を重ねて、応じてもらえることになりました。


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高田専務理事はインタビューにあたり、発言は個人の見解だとしました。その上で、私たちが単刀直入に「なぜ鹿児島のガソリン価格は非表示が多いのか」聞いてみたところ、まず高田専務理事が挙げたのは「ドライバーの安全確保」でした。



高田専務理事

ドライバーというのは走りながら、看板を見てしまうんで、よそ見したら危ないです。店舗の価格も会員価格があったり、ポイントカード付きだったり元売り価格があったりクレジットカードがあったり、そういう価格設定を何種類もやっているので、看板を上げるといってもどれを上げればいいかわからないでしょう

そして、価格を表示すると競争が生まれる可能性があり、その結果、つぶれる店が出ると、消費者にとっても、不利益となるおそれがあると説明しました。



高田専務理事

市場というのは自由でいいんですが、持続可能というのが今言われています。“SDGs”の中で持続可能にするにはどうしたらいいかということも考えていかないと。消費者にとっては安く売ってもらいたいでしょうが、それは今だけしかできないと。そのうちにその店は消えていってしまうと。公益性があるものをそんなにして競争していく必要があるのでしょうか

「なぜ鹿児島のガソリンは高く、価格が表示されないのか。」

その理由を求めて取材を進めた先にあったのは「持続可能な供給体制を守る」という思いでした。


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取材の終わり際、高田専務理事は鹿児島ならではの事情もあるとこぼしました。



高田専務理事

都会であれば常に人の往来が激しいですけど、鹿児島は南の果てですから。『看板が上がってない、上がっている』とかいう話に慣れているのかもしれませんね.消費者のもともとが値段表記の看板が上がってない所だから。逆に言うと、看板が上がってる所で生まれた人たちは非表示について不満があるのかもしれないですね



【価格表示は事業者判断 県内大手は?】


ただ、消費者としてはやっぱり値段を出してほしいという声もあります。高田専務理事は「値段の看板を上げるかどうかは、事業者の判断だ」としていました。

そこで、私たちは多くのガソリンスタンドを経営する「Misumi」と「南国殖産」に見解を聞いたところ、「双方ともに支払い方法で値段が変わるため、値段を出さないことにしている」と回答でした。




【取材後記】


全国でも鹿児島でもガソリンスタンドの数は年々、減少している状況があります。電気自動車などの普及も進んでいく中、高田専務理事の話からはガソリン業界の苦境もうかがえました。取材を通して感じたのはガソリンをめぐる事情は通常の市場論理だけでは語れない部分が多いということです。


あなたの疑問募集します!


ただ、一方で、値段を出してほしいという消費者の考えも根強いと思います。鹿児島のような車社会ではガソリンは必需品で、価格の動向は生活に直結します。消費者の関心に応えるためにも、今後も取材を続けたいと思います。

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