なぜ全国ワースト?鹿児島市の「待機児童」問題
- 2023年03月18日

令和4年度に全国ワーストとなった鹿児島市の待機児童。その数は実に136人に上ります。
「待機児童ゼロ」を公約の柱に掲げてきた下鶴市長は、対策に前年度を大きく上回る予算を計上していますが、果たして汚名返上はできるのか?
取材を進めると「土曜日の利用率」、そして「隠れ待機児童」という問題が見えてきました。
(鹿児島放送局記者 金子晃久)
【市長が陳謝 異例の事態に】

令和4年4月時点の待機児童が全国ワーストの136人となった鹿児島市。
「待機児童ゼロ」の実現を公約に掲げてきた下鶴市長が陳謝する異例の事態になりました。
市長は、待機児童の数は減ってきているものの、対策のスピードが不十分だったと認めます。

就任時点で216名だった待機児童が、令和4年4月1日現在で136名と減少しているものの、減少のスピードが緩い。そして、他都市に比べてやはり遅いということから、今回のような結果になったと考えています
【背景に「保育士不足」】
保育現場では何が起きているのか?
待機機児童の9割が集中する谷山地区の「すみれ保育園」を訪れました。0歳から5歳まで100人あまりの子どもたちを預かる規模の大きな保育園です。
活発に遊び回る子どもたちに追われて、保育士たちは片時も手を休めることができません。

シフト表を見せてもらうと、びっしりと勤務が組まれていました。
園長で市保育園協会理事長の青木さんは、保育士の数が圧倒的に足りないなか、これ以上受け入れる児童を増やすのは困難だといいます。

鹿児島市保育園協会 青木和彦理事長
「オーバーワーク気味で、ちょっとゆとりがないかなというのが現状です」
【市は2倍の予算で対策に本腰】
全国ワーストの汚名返上を図るべく、鹿児島市は新年度予算案で、待機児童対策に前年度の2倍にあたるおよそ11億円を計上しました。
新たに保育士になる人への補助金など19の事業を展開して保育現場を支援することで、受け入れ枠をおよそ400人分拡大する計画です。
しかし、保育園協会の会合を取材すると、保育士の数を増やすのは容易ではないという厳しい指摘が相次ぎました。

どれだけ求人を出しても来ない。非常勤出しても、常勤出しても、正職員出しても、何の反応もないっていうのが現状

(待機児童ゼロの実現は)現実無理ではないか。保育士の確保が一番の問題だと思います

保育士離れっていうのか、県外に行っちゃう
【「隠れ待機児童」は4倍以上】

さらに取材を進めると、潜在的な待機児童はより多いのではないかという実態がみえてきました。いわゆる「隠れ待機児童」です。
谷山地区に住む野田泰子さんは、夫婦で共働きをしながら、3人の子どもを育てています。
上の2人は認可保育園に入ることができましたが、年々競争が激しくなるなか、長女のつむぎちゃん(1)の審査は通りませんでした。
やむなく預けたのは認可外の「企業主導型保育所」。
しかし、認可施設より規模が小さいため、2歳までしか預かってもらえません。
つむぎちゃんのように、希望する施設に通うことができない子どもは「隠れ待機児童」と呼ばれ、鹿児島市によりますと、去年4月時点で市内に575人います。
夫婦共働きの世帯収入を前提としている野田さんですが、来年までに別の保育園が見つからなければ、仕事と子育ての両立ができなくなるかもしれないと不安を抱えています。

安心・安全に預かってもらえて仕事ができれば、それに越したことはないので、もう本当にそこですよね
【「土曜日の利用率」に大きな差】
保育士は足りないうえに、潜在的な「隠れ待機児童」は、その4倍以上にもなるという鹿児島市。果たして市長が掲げる「待機児童ゼロ」は実現できるのでしょうか。
調べてみると、鹿児島市には他の地域にはない特殊な事情があることがわかりました。

それが「土曜日の利用率」です。平日と比べた土曜日の保育園の利用率は、全国平均で30%ほどですが、市保育園協会が独自に調査したところ、鹿児島市はその2倍以上の67%あまりだったことがわかったのです。

保育園はだいたい3割程度の土曜日登園率だと上手く人が回ります。しかし、鹿児島市の場合はその倍の登園率なので、ゆとりを持った勤務はなかなか難しいです
待機児童の問題に詳しい保育研究所の逆井さんは、土曜日も子どもを預けるのが鹿児島では当たり前になってしまっているのではないかと指摘します。

保育研究所 逆井直紀常務理事
土曜日についてこれだけ登園率が高いというのは、鹿児島の文化として、土曜日も預けにいくということが慣行みたいな形で、一定保護者の間で定着されているのではないか。保育者に負担がかかってるのが現状なので、できるだけ家庭で、ご協力いただける方はお願いしますということを、少し強めに訴えてご理解いただくというのを、まずやっていくことが当面の対策としてあると思います
【保育現場は「共同保育」を要望】
ただ預ける側の事情もさまざまで、意識やライフスタイルを変えるのは容易ではありません。
そこで保育現場から強く要望が上がっているのが「共同保育」の導入です。

この制度は、平日に比べて利用率の低い土曜日に限り、子どもを預かる施設を集約するものです。
例えば、近隣にある3つの保育所が協力し土曜日は1か所で子どもを預かります。
業務を集約することで労働時間を減らし、保育士の処遇改善を図るのが狙いです。
横浜市や千葉県松戸市などで導入されていて、下鶴市長も他都市の例も参考に検討していきたいと話しています。
保育士の方が土日も休みやすくなり、より魅力的な職場になれば、保育士の増加や、受け入れられる園児の数を増やすことにもつながるかもしれません。
【取材後記】
「よく冗談で言うのですが、保育園は『皆勤賞』を目指さなくていいんです」。取材した園長が漏らした言葉です。限られた人材のなかで子どもを預かる保育園側の立場と、利用者側の意識のギャップを感じました。
一方で、預けられる施設が足りていないのも現状です。市の対策では今後受け入れ枠を400人分拡大する計画ですが、136人の待機児童と、575人の「隠れ待機児童」のすべてを吸収することはできません。
「待機児童ゼロ」を掲げる下鶴市長が、全国ワーストという汚名返上に向けて、着実に成果を上げることができるのか、引き続き注視したいと思います。