ニホンウナギ絶滅危惧種から10年 夢の大量生産への挑戦
- 2023年01月31日

2013年2月1日。全国のウナギファンに衝撃を与えたのが、二ホンウナギが絶滅危惧種になったというニュースでした。あれから10年。ウナギの将来に、希望を与える情報が入ってきました。鹿児島の企業「新日本科学」が、2026年度に、10万尾のウナギを生産できる体制を築くというのです。いったい本当なのか?社長にインタビューするとともに、研究が行われている沖永良部島に飛びました。
(鹿児島局記者 古河美香)
社長室のウナギの名は「金太郎」

「金太郎」(8歳)と名付けられたウナギ。そのかわいさを笑顔で語るのは、飼い主で、ウナギの大量生産を目指す新日本科学の永田良一社長です。
(新日本科学 永田良一社長)
毎日えさをやって、ウナギってどういう習性があるんだろうかということを、何年も観察しました。金太郎と銀次郎と名前を付けて2匹飼っていて、銀次郎は逃がしましたが、金太郎は今も生きていて、すごく人に懐くんです。
ふだんは筒の中に入っているんですけど、私が近づくと筒の中から出てきて、垂直に立ってえさをもらうんです。すごくおもしろいと思いませんか?

医薬品開発受託会社が、なぜウナギ?

新日本科学の本業は、製薬会社から依頼を受けて、臨床試験など医薬品開発の支援事業を行うことです。そんな会社が、どうして一見、無関係に思えるウナギの研究を始めたのか?
そこには鹿児島で生まれ育った永田社長の、地元・鹿児島の地場産業の発展に貢献したいという思いがありました。

鹿児島は養殖ウナギの生産地で、全国の半分近くを生産しています。でもウナギの稚魚のシラスウナギが捕れなくなると、私たちが食べる蒲焼きも非常に高くなってしまう。これはまずいだろうと思いました。
そんなときに周りから「サイエンスの最先端をするんだったら、シラスウナギくらい作れるだろう」と言われて、私も軽く考えて、じゃあ、やってみましょうかと思って始めたのですが、とっても難しくて。
減り続ける天然のシラスウナギ

一般に「養殖うなぎ」と言われているウナギも、実は卵から育てているわけではありません。
大隅半島の海岸では、毎年冬から春先にかけて近づいてくる10センチに満たない稚魚を、網ですくって集めるシラスウナギ漁が行われています。そして、それを養殖施設で大きく育てているのです。
しかし、その天然のシラスウナギの漁獲量は減少傾向が続き、10年前には環境省がニホンウナギを「絶滅危惧種」にしました。
資源保護のため、鹿児島県でも漁の期間が決められていますが、その後も回復はしていません。
謎だらけのウナギの生態

ウナギの生態は謎だらけです。日本からおよそ2000キロ離れたマリアナ諸島の周辺海域でふ化したあと、黒潮などの海流に乗って、日本近海までやってくると考えられていますが、その間、レプトセファルスと呼ばれる幼生の段階で、何を食べているのかなどは、よくわかっていません。
永田社長の研究も難航し、卵からのシラスウナギの生育に成功するまでに3年かかりました。

研究が壁にぶつかったとき、永田さんが向き合ったのが、社長室で飼っていた「金太郎」でした。「ウナギの気持ち」になって考え抜き、えさの開発と環境の改善がカギだと確信したといいます。

ウナギの気持ちになるのが大切なんです。もし自分がウナギだったら、どうしたらいいのか。自分がレプトセファルス(幼生)だったら、どうしたらおいしく食べられるだろうか。水が濁っていたらいやだと思うんです。
でも濁りをきれいに取ると、なかなかえさを食べられないので、濁らないタイプのえさを作るのが大事だと思って作ったんです。
そして水槽の水も、うなぎの立場からすると、じっと止まった状態は普通じゃないですよね。ずっと流れが一定の速度で維持できるような装置も考案したんです。
自分がウナギだったらどうすれば、シラスウナギあるいはレプトセファルスが心地よい環境で生活できるのかをずっと考えて追究すると、答えが出てくるんです。
沖永良部島の研究施設は秘密だらけ

その研究は特許出願の準備中で企業秘密だらけですが、今回、永田社長にお願いしたところ、4年前(2019年)に建設された奄美群島の沖永良部島の研究施設の撮影が、初めて許可されました。

向かったのは、沖永良部島の和泊町の港近くにある研究所。すぐそばに「西郷隆盛上陸の地」の碑がありました。
沖永良部島が選ばれたのは、海水の温度ときれいさが決め手になったといいます。
施設はいくつかの部屋に分かれていて、ふ化する様子を顕微鏡で確認する部屋や、一番の企業秘密となっているえさを作ったりする実験室などがありました。

その中の1つ「仔魚室」に入りました。ふ化した後、シラスウナギ(稚魚)になるまでのレプトセファルス(幼生)を育てる部屋です。ウナギが産卵すると考えられているマリアナ諸島周辺の深海に見立て、部屋の中は真っ暗でした。
少しだけ電気を付けてもらうと、そこにはふ化後の日数ごとに分けられた水槽が数多く置かれていました。研究員はえさを与えるたびに、ちゃんと食べているのかをおなかの張り具合などで、しっかりと観察していました。

今後、シラスウナギを大量生産するためには、卵をたくさん採取する必要があり、メスのウナギをたくさん育てなければなりません。そこで女性ホルモンをえさに混ぜたりして、オスが増えすぎないよう調整していると研究員は話していました。
見えてきた商業化ラインの10万尾
新日本科学がこれまでに研究や設備の費用にかけたのは7億8800万円。2017年度は3尾しか生育できなかったシラスウナギが、昨年度には436尾にまで増やすことができました。
ふ化後、5%から8%をシラスウナギにまで育てられるようになり、今後、成長した親の数を増やして、卵の生産量もあげていけば、「完全養殖」のウナギを、商業化の最低ラインとする10万尾まで増やせると見込んでいます。
ついに蒲焼きに!気になるお味は?

みずからを「粘り強い性格」と語る永田社長。ついに沖永良部島の施設で、卵から育てたウナギを蒲焼きにして食べられる日が来ました。去年12月に、お得意さんを招いた試食会も開催しました。味はどうだったのでしょうか?

おいしかったですね、本当においしかった。最初に食べるときに、まずかったらどうしようと心配したんですけど、一口食べたらとってもおいしくて。これはうまいなと思って、ほっとひと安心しました。あれは売れると思います。価格さえ落ちれば。
「受託」から「新薬」へ 鼻に着目

一方、こうしたウナギの研究を支えるのが、本業の、医薬品開発の受託事業です。いまや海外の取引先が4割を超え、5年連続で過去最多の利益を生み出しています。
さらに永田社長はいま、「受託」から飛び出して、鹿児島発の「新薬」の開発に取り組んでいます。着目したのは、なんと「鼻」です。鼻から粉末の薬やワクチンを吹き込む仕組みを開発しました。

鼻の粘膜からワクチンを投与するっていう技術が、難しくてなかなかできなかったんですけど、私たちはかなりの線までできている。鹿児島発の新薬を出したいというのが私の夢ですから。
ワクチンも、鼻の粘膜に直接、投与したほうが、重症化の予防だけでなく、感染そのものの予防にも、より高い効果を発揮するといいます。

私が開発している粘膜ワクチンは鼻から経鼻でシュッと吹くだけなんですけど、液体ではなく、粉体を吹くんですね。
こうすると、粘膜に抗体ができて、同時に体の中にも抗体ができるので、感染を防ぐという予防する効果と、症状を和らげる効果と2つ持っています。
約20年ぶりに本社を鹿児島市に

さらにことしは、鹿児島経済にとっても、大きな決断に踏み切りました。上場するために東京に置いた「本社」を、およそ20年ぶりに鹿児島に戻すことにしたのです。

私自身は鹿児島の会社という気持ちでこれまでもずっと経営してきましたけど、20年もたつと、周りの人たちに「新日本科学は東京の会社ですよね」というふうに思われることが多くて、とても残念だったんですね。
鹿児島の企業なんだということを言いたくて、鹿児島本社をアピールしていきます。

この春からこれまでの2倍の新卒の学生を採用し、鹿児島の企業として、より地域との交流に力を入れたいとしています。

私も18歳まで鹿児島にいて友人も多いので、地元の人たちとのふれあいや交流の中で、鹿児島に貢献できることは何かということも考えたい。
例えばサッカーチームのスポンサーになるとか、マラソンのスポンサーになるとかそういうことも含めて、できるかぎり協力していこうと思います。
女性活躍で「なでしこ銘柄」に

これまで以上に「鹿児島の企業」となるなかで、注目されるのが女性の活躍ぶりです。
女性社員から寄せられた要望を1つずつ実現し、昨年度は、女性の活躍を積極的に推進する上場企業を認定する「なでしこ銘柄」に選ばれました。
永田さんは、女性の活躍は会社の成長に不可欠だと力説します。

たくさんの会社のトップの方と話しますけど「そんなことをしても、うちの会社は・・」とおっしゃるんです。でも、何が一番大事かというと、トップの覚悟です。トップが変えたいと思わないかぎり、変わらないんです。
「なでしこ銘柄」を取れているということは、新卒の人、特に女性からすると、そういう会社に勤めたいと思います。男性からしても、女性に優しい会社だから男性にとっても当然優しいだろうなと思ってくれる。だから新卒がよく採用できる。これはものすごいメリットですね。それが利益につながっていくわけです。
重視するのは「確実な仕事」

「ウナギ」「新薬」「女性活躍」と常に挑戦を続ける永田社長。インタビューの最後にビジネスのモットーを聞きました。すると意外なことに「挑戦」や「革新」といった言葉ではなく、そうしたものを可能にする、しっかりとした堅実な土台を築くことの大切さを色紙に書いてくれました。
(新日本科学 永田良一社長)
「モットーは『確実な仕事ができる組織を構築する』です。人間はミスをします。だから確認を繰り返して、確実に仕事をして積み上げていくということを大切にしたい。私たちは製薬という人の命に関わる仕事をしてますので「確実さ」をとっても大事にしています」