霧島神宮 山林課 火山と共生する神社の知られざる組織とは?
- 2022年12月16日
九州の火山群、霧島連山の麓に鎮座する国宝・霧島神宮。年間およそ150万人の参拝客が訪れます。その霧島神宮に「山林課」という、まるで役所のような名前の組織があると耳にしました。
一体、どのようなことをしている人たちなのだろう…?
雄大な山の麓の神社に早速、向かいました。
(鹿児島局記者 小林育大)
「神社に山林課??」
取材を始めたのは、台風などによる倒木の危険性を取材していた時でした。神社に生える大きな木々が頭に浮かび、対策はどうしているのか尋ねようと霧島神宮に電話すると、神職の男性は次のように話したのです。
「私のような『山林課』の職員は毎日、山を管理しているんです」
「神社に山林課??」
意外な組織名に興味をひかれ、霧島神宮の技師で第10代・山林課長の有村孝一さんに会いに行きました。
霧島神宮 山林課長 有村孝一さん
「山林課の主な業務は文字どおりの山仕事、霧島神宮の『境内林』の管理です」
業務1. 境内林の管理
「境内林」とは、霧島神宮が管理する周辺の山のこと。その広さはおよそ800ヘクタールもあり、標高もおよそ450メートルのところから1300メートルにまで広がっています。
林野庁を定年退職して課長になった有村さんを含め、山林課には5人の男性職員がいます。
定期的に行うのが、木々の間伐などのいわゆる「山仕事」です。境内林ではスギやヒノキを植えて育てていますが、小さな木や曲がった木など年間およそ5000本を切り倒します。日当たりを良くして、残した育ちの良い木の成長を促すためです。そうして自前で育てた立派なサイズの木は、社殿の補修などにも使えるといいます。
神社内に境内林を管理する組織があるのは、三重県の伊勢神宮と霧島神宮だけではないかとされ、なんとも珍しい組織だといいます。
霧島神宮 山林課長 有村孝一さん
「広い境内林の全てを把握するのはなかなか大変ですが、数年前に間伐したところに行くと残した木が目に見えて大きくなっています。健全な山になるよう日々管理しています」
業務2. 伝統の継承
霧島神宮 山林課長 有村孝一さん
「境内林の管理のほかに山林課は『伝統を継承する』役目も担っています」
有村さんが案内してくれたのは、社殿近くの「斎田」という田んぼです。この田んぼで山林課は神前に供えるコメをつくっていて、毎年6月には山林課が中心となって豊作を願い苗を植える「斎田御田植祭」が行われます。
左はおととし、右は昭和13年のものです。笠をかぶって伝統の装束を身にまとい田植えをする神事は、今も昔も全く同じです。
霧島神宮 山林課長 有村孝一さん
「昔からの伝統を大切にしながらコメづくりを続けています。30キロの米俵で200俵ほどできる年もありますし、神前に毎日お供えしたり、餅にして祭りで奉納したりすることもあります」
災害と隣り合わせの歴史
多岐に渡る業務を担う山林課ですが、歴史の始まりは100年余り前の大正9年(1920年)までさかのぼります。当時は国有地だった今の境内林を含む広大な面積を霧島神宮が管理することになり、前身の組織が発足しました。
戦後のまもないころに「山林課」という名前に変わりましたが、その歴史は常に災害と隣り合わせだったといいます。
神社の日々の出来事を記した「社務日誌」には、そうした状況が克明に記されています。
「爆発噴火で溶岩を降らす」
「四方が燃え広がる」
霧島神宮の背後にそびえる霧島連山ではたび重なる噴火が発生し、境内林はそのたびに焼失するなど被害が相次いで来ました。噴火のほかに、山火事も頻繁に起きていたといいます。
当時は車もなく、舗装された道すらもありませんでした。それでも山林課はみずからの足で山に入り、苗木を植えては育て、山を再生し続けてきました。広大な境内林はこうした先人たちから受け継いだ、まさに“遺産”なのです。
霧島神宮 山林課長 有村孝一さん
「先人たちは本当に苦労されたと思いますが、一生懸命、立派な山をつくってくれました。こうした山があることで霧島神宮という尊厳が守られているんだとも思います。山をちゃんと守っていかなければならないと改めて感じます」
「山の恵み むだにしない」
有村さんは、山林課には1つの“精神”があると話します。それは「山の恵みをむだにしないこと」
その精神をかいま見ることができるのが、朝の境内の掃除です。
山林課の職員は毎朝およそ1時間かけて境内を掃除しますが、使うのが長さ3メートルほどの竹ぼうきです。境内林に自生する竹を切って手作りしたもので、砂利の表面をなぞるようにして落ち葉を効率良く集められるといいます。
そして霧島神宮で販売されている縁起物にも“精神”が現れています。
ことし2月に本殿などが国宝に指定されたことを記念してつくった絵馬には、間伐したスギを使っています。1体・3000円で、売れ行きも好調だといいます。
山の恵みに感謝し、残していく
11月のある日。山林課にとって重要な行事が霧島神宮の本殿の裏で行われました。
木々に囲まれた場所に鎮座する「山神社」に参列したのは、山林課の職員をはじめ山に関わる仕事をしている人たちなどおよそ50人。山の恵みに感謝する神事「山神祭」が執り行われたのです。雅楽が演奏され、厳かな雰囲気の中でそれぞれ玉串をささげ、山仕事の安全を祈願しました。
霧島神宮 山林課長 有村孝一さん
「山仕事は危険もありますが、ことし1年、安全に仕事をできたことを感謝して来年も無事に安全に仕事ができればとお祈りしました。古くから昔の人が山を管理して守ってきたわけなので、私たちも後世までしっかり健全な形で山を残していく、そうした気持ちを持ちながら毎日仕事をしています」
取材を終えて
正月を控えた今の時期、山林課は大忙しです。取材に訪れた日には、初詣に来る人が新たな年を気持ち良く迎えてもらうため参道脇に張るロープのくいを新しくしていました。間伐したヒノキの皮を1本1本丁寧にむき、鉛筆のように先をとがらせて地面に打ち込んでいました。ここでも「山の恵みをむだにしない」精神が息づいていました。
「山林課」という聞き慣れない名前に引かれてスタートした今回の取材。今の時代、インターネットで検索すれば何らかの情報が出てくるものですが、今回は調べても何も出てきませんでした。
国宝の神社の知られざる組織とは、どのようなものだろう?
そうして取材を始めると、そこには火山と共生する神社ならではの奥深き世界がありました。山を愛し、山を守る矜持を持って働く山林課職員たちに今後も取材を続けたいと思います。