鹿児島県の最南端“起業家が生まれる島”とは!?
- 2022年12月08日
鹿児島県の最南端「与論島」。美しい海と白い砂浜が広がり、さんご礁に囲まれた、自然豊かなのどかな島だ。この島でいま“起業家”を目指す人が増えているというのだ。「南の島で、なぜ起業家…?」いったい島で何が起きているのか。私は取材に向かった。
(鹿児島局報道カメラマン 末廣航)
日曜日の町役場で…

鹿児島空港から飛行機でおよそ1時間半、与論空港に到着した私はまずは何か情報がつかめないかと町の中心部にある与論町役場を訪ねた。訪れたのは日曜日。静かなのどかな時を刻む役場。そんな役場内の一室だけ照明がともり、なにやら議論を交わす声が・・。

そこで開かれていたのは、島から起業家を生み出すためのビジネス講座”与論イノベーんちゅ講座”だった。受講生は年齢も職業もバラバラ。13歳から65歳までの島民たち、8人。共通しているのはみんな”島が抱える地域課題”の解決につながる「ビジネス」を志しているという点だ。受講生たちは「マリンレジャーの安全確保」「農業のIT化」「移住者を増加をさせたい」「充実した医療サービスの提供」などなど、事業プランのアイデアを持っていて、それはどれも与論島で地域課題とされているものばかりだ。

移住してくれる人を増やしたい。そういう情報発信する事業が出来たらいいかなと思います

素もぐりのガイドをしていて、よりたくさんの方に安全に楽しんでもらえる事業がしたいなと思っています
提案した田畑さん

”与論イノベーんちゅ講座”は島の地域課題を解決しながら島にビジネスを増やしていく。与論町の人材育成事業にも組み込まれているこの講座、町に提案したのは5年前に東京からUターンしてきた田畑香織さんだ。

田畑香織さん
(受講生が)イノベーんちゅ講座を受けて、事業プランを作って自分で個人事業主になって3年後、5年後に法人化して自走できる形を目指しています
Uターンしてきて見えた島の課題
与論町で生まれ育った田畑さん、東京の大手企業で全国の学生の進路選択をサポートする仕事に長年携わってきた。生まれ育った与論島と都市との間にある経済や教育の差を埋めるために「何かしたい」と5年前にUターンしてきた。

田畑香織さん
昔は島に、商店街にも、もっと人がいた。子どもも歩いていたし、大人も歩いていたし、もっと店があったんですよ
島を巡る田畑さん

島に戻った田畑さんが目にしたのは、シャッターが閉まったままの商店街。行き交う人の姿は少なく、地域力の衰退を感じたという。

農業と観光業が基幹産業の与論島。少子高齢化の影響で人口はこの30年で3割減少。高い輸送コスト、ぜい弱な医療体制、伝統文化の後継者不足など、離島ならではの地域課題が与論島には山積している。このままでは町に住む人はどんどん減っていき、将来、いまの島の姿を残せなくなってしまうかもしれない…。強烈な危機感を覚えた田畑さんは、島民自らが起業し、島に付加価値を与えるような仕事を生み出し、与論全体を活性化させていこうと与論町に提案した。

田畑香織さん
与論島は右を見ても左を見ても上を見ても下を見ても課題だらけ。大きな企業が店を出してくれるわけじゃないので自分たちに必要なサービスを自分たちで作っていくっていう”オーナーシップ”が必要だなと思っています
ビジネスに必要な考え方を鍛える
去年から始まったこのビジネス講座。およそ5か月間、起業に必要なノウハウや考え方を学ぶことができる。田畑さんのこだわりは、講座を島にゆかりのある人だけでおこなうこと。受講の条件は、与論在住であること。講師も外部のコンサルタントではなく、東京で複数の企業を経営していた島への移住者に依頼した。外からの力や援助などに頼るのではなく、島の力で島を活性化したいという思いからだ。取材をしたこの日のテーマは「デザインシンキング」。
人々のニーズを観察して、そこにある何が課題なのかを見つけ、解決のためにアイデアを具体化する思考方法。これは欧米や日本の大企業などでも取り入れられている。

講師
技術も含め実現できるのか持続出来るのか考えて下さい
事業を起こす上で、特に意識しないといけないのが「実現可能か」「持続できるか」そのサービスが島民に「望まれているか」。自分のやりたい事業に本当にニーズがあるのかを多角的な視点で徹底して考えていく。

考えるトレーニングとして講師からお題として出されたのは「島の高齢者にITを活用してもらうにはどうすればいいか」。
受講生たちはグループに分かれ、ディスカッションをしていく。

田畑香織さん
30人いたら与論島でニーズがあるというのか

使う高齢者が必要性を感じることが大切

極めて重要な前提だと思います
さらにニーズを把握するためのヒアリング調査の方法なども学んでいく。こうした本格的な起業家養成講座は都市部などでは開催されることがあるが、与論島では初の試み。町の担当者も大きな期待を寄せている。

与論町総務企画課 山眞實主査
行政も人手不足となってきている状況で、島民のニーズすべてに対応することは難しい。ビジネス手法を用いて、解決しながら自分たちの仕事を作っていくそういった人を育てるような事業を通して与論を活性化させたい
元看護師の挑戦

2年目を迎えたこのビジネス講座。島の各地で去年の受講生たちは起業に向けて動きだしている。「与論島の新たなお土産のお菓子をプロデュースしている高校生」や「空き家の改修事業を始めようとする人」など事業化に向けて準備をしている人たちが5人いる。
野口貴子さんもそんな起業に向け動きだした島民のひとり。看護師として長年、与論島の医療現場で働いてきた野口さん。島は医療体制に限りがあり、介護の担い手も少ないなか、高齢者向けの健康促進教室を始めようと病院の仕事を辞めて、ビジネス講座に参加した。

野口貴子さん
介護とか自分の健康に関しての困りごとを全般的にサポートできるような形にしたいと思っています
大切にしているのはニーズ
いまは事業実現に向けた準備段階で、顧客のニーズを聞き取るため試験的に教室を開いている。

当初は座学を中心に考えていたが、利用者から筋力アップにつながる実践的な体操などを教えて欲しいと要望があがり事業プランを修正した。

年とってもできる体の動きみたいなことを実践的に教えてもらえるのは、高齢者にとってはとてもいいと思います

野口貴子さん
(ビジネス講座に参加して)100%よかったです。小さな課題解決の積み重ねの先にやっぱり地域課題を抱えている問題が解決できるんじゃないかな
島の未来を変えたい

今年度の講座は、来年(2022)2月で終わるものの、田畑さんは事業化に向けて動きだしている人たちのサポートを続けることにしている。田畑さんの目標は島の暮らしを前向きに変えていこうとする島民たちひとりひとりの意識改革です。

田畑香織さん
目の前にある課題の山を自分事として捉え、自分が解決したいとか、自分がどうにかしたいと考える。自分ができるような課題をひとつでもいからつかんで、そして課題解決に向け前に進んでいく人が100人いればこの島は生き残っていけるかもしれないと思っていて、この事業をどうしても成功させないといけないと思っています。与論で事業をする起業家を100人、出す
取材後記
43の市町村がある鹿児島県。各地にさまざまな地域課題がある中で、どうすれば自分たちの町の魅力を引き出し、問題を解決し、活性化させることができるのか。自分たちの町は自分たちで変えようとする与論島の島民たち。島の明るい未来のために始まったばかりのこの挑戦を今後も追いかけていきたいと感じました。