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鹿児島の特定失踪者 拉致被害者とも異なる家族の苦悩は

  • 2022年10月28日
特定失踪者は全国に約900人

「北朝鮮による拉致の可能性が排除できない」として警察が捜査や調査を行っている行方不明者は、全国に約900人。民間の団体では、こうした人を「特定失踪者」と呼び、警察などとともに情報提供を呼びかけています。拉致被害者とはまた異なる、その家族の苦悩を取材しました。

(鹿児島局記者 平田瑞季・西﨑奈央)

把握されていなかった拉致被害者

20年前の10月15日、北朝鮮に拉致された被害者5人が帰国しました。この中の1人、曽我ひとみさんについて、当時日本政府は拉致されていたことを把握しておらず、このとき初めて明らかになりました。

これをきっかけに、行方不明になった家族がいる人などから「拉致されたのではないか」という届け出が相次ぎました。その後、警察が「拉致の可能性が排除できない」として捜査や調査を行っている行方不明者は、全国に約900人。調査している民間の団体では、こうした人を「特定失踪者」と呼び、警察などともに情報提供を呼びかけています。

特定失踪者 家族の思いは

その1人、鹿児島県に住む村岡育世さんです。村岡さんの兄の田中正道さんは、29年前、千葉県で車に服などを残して行方不明となりました。

村岡育世さん
いなくなる前に免許の更新をしているんですよ。みずからいなくなる人間が免許の書き換えまで行かないと思うんですよね。

特定失踪者の1人である田中さん。民間の団体は、失踪当時の状況などから「拉致の可能性が高い」としています。

村岡さんは、拉致被害者の市川修一さんの兄、健一さんらと共に、15年以上前から署名活動を行ってきました。活動を続けるなかで、特定失踪者は拉致被害者と異なり、社会での理解が広がっていないと感じています。

村岡育世さん
特定失踪者といっても簡単に分かってもらえない。今期待するよりも、もうこのまま自分が亡くなるのを待っているのかと思ってしまって全然何も進展がないままいってしまうんじゃないかっていう恐怖心もあります。

貴重な時間が失われた

前山利恵子さん

両親が特定失踪者となっている前山利恵子さんは、この20年で、貴重な時間が失われたと感じています。父親の園田一さんと母親のトシ子さんは、51年前、自宅から車で空港へ向かう途中に行方が分からなくなりました。この2人も、民間の団体が「脱北者の証言などから拉致の可能性が高い」としています。

前山さんは、母親がよく身につけていたスーツを再会したときに着ようと、欠かさず手入れを続けてきました。

前山利恵子さん
しまいこむんじゃなくてこれを持ってお母さんこれ覚えているーってね言って持って行きたいのがあるから。

前山さんがもっとも希望を感じたのは2014年でした。北朝鮮が、特定失踪者も含めて調査すると約束したのです。その時の気持ちについて、前山さんは“今回が最後のチャンスのように思います”“必ず朗報があると信じて待ちたい”と書き留め、高まる期待をつづっていました。

しかし、2016年。北朝鮮は調査の中止を一方的に発表。前山さんは“何もかもが遅い”“祈るしかありません”とつづりました。期待はあきらめに変わっていきました。

前山さんの母親のスーツ

取材に応じてくれた日。前山さんは、数年ぶりに手にとった母親のスーツに、これまで気づかなかった面影を見つけました。

前山利恵子さん
ここ母にとって大きかったんじゃない。ちょっと寄せて長さ調節しているんですよ。私も同じようなことをするので、うわー今一瞬似たもの親子なんだと思った。

いまも、両親とのつながりを日々感じている前山さん。ことしで104歳と93歳になる両親について、どんな小さな手がかりでも知りたいと強く願っています。

前山利恵子さん
この20年という月日はすっごい大事な20年だったと思うんですよね。父もまだ20年前なら80代だし、その時点なら母は70で今の私のような年を重ねた年齢なので。何が何でもこのままでね、わけがわからないまま終わらせたくない。

拉致被害者の家族はどう思う

拉致被害者の市川修一さんの兄、健一さんは、村岡さん、前山さんとともに活動を続けてきました。特定失踪者の人たちや家族についても、関心を持ってもらいたいと呼びかけています。

市川健一さん

市川健一さん
北朝鮮の可能性は排除できないという人たちも、やはりスポットを浴びていただきたいという気持ちはあります。認定・未認定にかかわらず被害者を帰せと迫る、それでいくしかないと思いますよ。やはり悩みが一緒だから、一緒なものが集まって奪還しようという強い気持ちで闘っている。私たちの闘いは特別なものじゃないんです。

取材後記

特定失踪者に関する政府の対応です。松野官房長官は、去年、特定失踪者の家族と面会した際に、拉致被害者としての認定の有無にかかわらず、すべての被害者の1日も早い帰国の実現に向けて、全力で取り組む考えを伝えています。

ただ、2002年の5人の帰国以来、誰も拉致被害者が帰国していないなかで、特定失踪者についてはさらに可能性が低いのではないかと家族は不安を抱えています。さらに、果たして本当に北朝鮮に連れて行かれたかさえもわからないなかで、怒りをどこにぶつけていいのかや、拉致被害者と同じように署名を集めていいのだろうかという葛藤もあるそうです。

ただ、それでも声をあげるのは、ある日突然いなくなった家族に会いたい、ただその気持ちだけなのだといいます。特定失踪者を調査している民間の団体では、現在も情報提供を呼びかけています。

  • 平田瑞季

    NHK鹿児島放送局 記者

    平田瑞季

    2018年入局。事件事故の担当を経て奄美支局。世界遺産や奄美や沖縄の復帰を取材している。

  • 西﨑奈央

    NHK鹿児島放送局 記者

    西﨑奈央

    2019年入局。警察担当や薩摩川内支局を経て、県政や調査報道、国際問題などを担当

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