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“校庭に潜む危険” 樹木医による緊急点検に密着取材

校長の命を奪ったのはイチョウの枝だった
  • 2022年09月08日

「まさか信じられません…」この夏、曽於市の小学校で発生した事故の現場を訪れた人は皆、こう話しました。校長が死亡するという痛ましい結果になったこの事故。
原因は、校庭にある樹齢160年を超える大木の枝でした。

(鹿児島放送局記者 小林育大)

大木の枝が約10mから落下

事故の翌日、私は曽於市の山あいにある高岡小学校に取材に向かいました。
校庭の真ん中には一本のイチョウの大木がそびえ立ち、その周りでは落ちてきた枝を撤去する作業が行われていました。

枝の大きさは長さおよそ8メートル、直径およそ30センチで、チェーンソーで切り分けなければ持ち出せないほどの大きさでした。
そんな大きな枝が、8月9日の夕方、10メートルほどの高さから落下し、木の下で草刈りをしていた校長が下敷きになって死亡したのです。

地域のシンボルツリーがなぜ

樹齢160年を超え地元で「大イチョウ」と呼ばれるこの木は、学校の「シンボルツリー」でした。
大きく広がった枝にはぎんなんの実が豊に実り、秋の夜にはライトアップされたり、木を囲んで地域の集会が開かれたりと、学校にとってだけでなく地域にとってもシンボル的な存在だったといいます。
住民もショックを受けた様子でした。

(小学校の卒業生 73歳女性)
「私の親や祖母の時代からあるイチョウの木で、その周りで運動会をしたり、秋にはぎんなんを取ったりしたことが思い出されます。
あの大きな枝が折れるとは信じられません」

各地で一斉に緊急点検はじまる

事故を受けて県教育委員会は、各市町村の教育委員会などに学校にある樹木を緊急に点検するよう求め、各地で一斉に点検が始まりました。しかしその時、私は取材中に聞いた1人の先生のことばを思い出しました。

(小学校の教頭)
「樹木が安全なのかは私たち素人が見ても分からないです。専門家に診て頂いてここに問題があるなどと言っていただければ、そうなんだなとは思いますが…」

疑問 “そもそも枝が折れたり、倒れたりするような危ない木をどう見分けるのか?”

そう思った私は樹木を診るプロ、樹木医に連絡を取り、点検に同行させてもらうことにしました。

樹木医の点検に同行 密着取材

事故から2週間後。日本樹木医会鹿児島県支部の佐伯直憲支部長は、曽於市の隣、霧島市の小学校に向かいました。教育委員会からの依頼を受け、市内の学校の樹木を点検することになったのです。

「あの木は衰弱しているな…」

横川小学校に着くやいなや、こうつぶやいた佐伯さん。
どの木を見て話したのか、私にはまったく見当も付きませんでした。
佐伯さんが目を向けた先には、左右に並んだ高さ10メートル前後の2本の「センダン」の木がありました。この木のどこに問題があるのか佐伯さんに聞いてみると・・・

 危険な木①葉の色薄く量が少ない

樹木医・佐伯直憲さん
「左右の木を比べると、まず葉の濃さが違います。
 左はある程度健全で、右はかなり衰弱している」

確かによく見ると、左は葉の色が濃い緑で、その量が多くなっています。それと比べると、右の木は葉の色が薄いうえ、量も少なくなっていました。これは状態が良くないことを示すサインなのだといいます。

さらに右の木は、日がよく当たって光合成ができるはずの高いところでも、枯れている枝が目立っていました。

樹木医の佐伯さん

「おそらく根に障害があるか、木の内部に腐朽が入っている可能性があります。木のそばに子どもたちが遊ぶ遊具がありますが、枯れ枝が折れて落下する危険性があるので、すぐに枯れ枝を落とすことが必要です」

危険な木②キノコに注意

別の日には佐伯さんが「最も危険」とする木が見つかりました。持松小学校の道路に面した斜面に生えるオオモミジの木です。木の幹に、キノコがいくつも生えていました。

樹木医の佐伯さん

「キノコがあると木の内部に腐朽菌が入って木を腐らせます。そして木が枯れてくるんですよ。キノコが出ると、木の寿命はそんなに先が長くないです

そして佐伯さんは、長さ1メートルほどの棒を根の周りに挿し始めました。土の中で根がしっかり張っているか、確認するためだといいます。

樹木医の佐伯さん

「けっこう棒が土の中に入っていきますね。本当は土の中にあまり入っちゃいけないのですが、かなり入っていくので大きい根があまりないということです
幹に大きな空洞もできていて、そのうち倒れるおそれがありますので、早めに撤去したほうがいいですね」

こうしたキノコですが、佐伯さんによると、木の内部に腐朽菌という菌が入り込んで幹や枝などを腐らせるうえ、対処法もあまりなく、注意が必要な危ない木であることを示す分かりやすいサインだといいます。

ソメイヨシノの根元に生えたベッコウダケ

代表的なものが「ベッコウダケ」で、点検に同行しているときも根の周りに「ベッコウダケ」がびっしり生えたソメイヨシノが見つかり、早めの撤去が必要と判断されていました。

危険な木を見分けるポイントを整理!

取材で危険性が確認された木には次のような特徴がありました。

1.キノコが生えている
2.葉の色が薄く、量が少ない
3.枯れた枝
4.幹や枝に空洞がある

樹木医・佐伯直憲さん
キノコが生えた木が特に危険で、枝が枯れたり、幹に空洞ができたりもする。
そうなると木が倒れたり枝が落下したりすることにつながるので、見つけた場合は専門家に診てもらい、撤去や近寄らないようにするなどの対応が必要です」

思った以上に多くの“危険な木”が見つかったことに、霧島市の担当者も対策の必要性を痛感していました。

霧島市教育委員会 西敬一朗 教育総務課長
「危険な木は意外とあると思いましたし、知らないことも多くありました。危険は想像できないところにあると考えさせられたので、急ぐ必要のあるものから順次、対応していきたい」

“盲点”だった校庭の樹木の危険性

さらに取材を進めると、学校の樹木にはそもそも注意の目が向けられない「盲点」になっていた理由があることも分かりました。

学校内で子どもたちが使う施設や設備については、学校保健安全法の施行規則で学期ごとに1回以上の定期の安全点検が義務づけられています。

例えばブランコなどの遊具は、支柱がぐらついていないかとか、腐食や亀裂はないかなど具体的なチェック項目が示されています。

ところが樹木については安全かどうかの確認は具体的に示されていないのです。このため学校の先生たちも“校庭に潜む危険”を認識できずにいたことが事故を防げなかった背景にあるように感じました。

取材を終えて

緊急の点検は多くの自治体で8月中に終わり、200校近くで注意が必要な樹木が確認されました。
しかしほとんどは学校の教職員による点検で、霧島市のように専門の樹木医が調べたところは少数です。

取材を振り返ると点検が始まるまでは「危ない木は、たぶんうちには無いと思いますが…」と話している学校もありました。でも実際に樹木医が調べ始めると対応が必要な木がいくつも見つかり、やはり専門的な目がないと危険は見抜きにくいということを取材を通じて実感しました。

校庭に潜む危険からどう子どもたちを守るのか…学校現場に突きつけられてる課題は大きいと思います。

そして台風が接近しやすいこの季節。みなさんもぜひ、自宅の庭や通学路など身の回りの樹木の状態をチェックしてみることを心がけていただければと思います。

注意点のおさらい

1.キノコが生えている
2.葉の色が薄く、量が少ない
3.枯れた枝
4.幹や枝に空洞がある

  • 小林 育大

    NHK鹿児島放送局 記者

    小林 育大

    沖縄局、社会部、ネットワーク報道部を経てことし夏に鹿児島に赴任
    温泉や釣りを楽しみつつ、子育てに奮闘中です

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