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鹿児島神宮から消えた旧国宝の刀 オーストラリアで発見?! 

調査報道シリーズ 鹿児島の”消えた刀” 
  • 2022年06月17日

戦前に国宝に指定され、GHQによる接収で77年もの間、まったく消息不明だった霧島市の鹿児島神宮の刀が、はるか遠くのオーストラリアで見つかったかもしれない。ことし2月、驚きの情報が寄せられました。私たちは所有者のオーストラリア人の男性に接触。本物と確信するまでにいたる綿密な調査の全容や、将来は刀を鹿児島に返還する意向を話してくれました。

(鹿児島局記者 堀川雄太郎・西崎奈央)

“ザ・サムライ”に憧れて 愛刀家のブルックスさん

「全体的にすごくいい状態ですよ。とても輝いて見えるでしょう」

自慢の刀を手に画面の向こうで笑顔を見せるのは、オーストラリアのメルボルン在住の弁護士、イアン・ブルックスさん。自宅に50振以上の日本刀をコレクションする大の愛刀家です。

ブルックスさんが刀に魅せられたのは、少年時代に見た「ザ・サムライ」というテレビ番組がきっかけでした。日本の時代劇「隠密剣士」の英語版で、当時、現地では大ブームに。主演俳優の大瀬康一さんが、オーストラリアを訪問したときには、イベントにもかけつけたというブルックスさん。いまもそのパンフレットを大事に保存していました。

メルボルン在住弁護士
イアン・ブルックスさん

「まさにヒーローでした。悪者を全員やっつけて、すごかったよ。
いまで言えばスパイダーマンかスーパーマンといったところです」

そんなブルックスさんが4年前に入手した刀が、なんとかつて霧島市の鹿児島神宮に奉納され、戦前には国宝にも指定されていた「刀 無銘則重」と特徴が一致したという衝撃のニュースが、今回、明らかになったのです。

失われた旧国宝の刀 “無銘則重”

今から200年余り前に、当時の薩摩藩主、島津斉興によって鹿児島神宮に奉納された「刀 無銘則重」。鎌倉時代に現在の富山県で活躍した名刀工「則重」の作とされ、大正7年には国宝にも指定されました。

ところが戦後、GHQによる日本の武装解除の一環として各地で行われた刀の接収に伴って供出され、その後、所在はいっさい分からないままとなっていました。

“国宝の刀” 入手の経緯は?

事態が動いたのは4年前(2018年)。いつものようにインターネットのオークションサイトで、出品された刀を眺めていたブルックスさんが、ある刀に釘付けになりました。

ネットオークションに出品された刀の数々
ブルックスさん

「本当にいい刀だと思いました。購入しよう、手に入れようと思ったんです。

5300ドルでした。とてもとても安かったですよ」

落札額は当時、日本円で60万円ほど。実物を手にして、ただの刀ではないのではと感じていたブルックスさんですが、このときはまさか「国宝」とは思っていませんでした。

刀の長さと鐔の銘が一致 さらに〇〇島神宮の文字が

そして翌年。海外の日本刀のコレクターの機関誌で、所在不明の日本刀に関する記事をたまたま読んでいたブルックスさんの目に、鹿児島神宮の刀の説明が飛び込んできました。

あわてて1年前に落札した刀を取り出したというブルックスさん。「60センチ余り」という刃の長さ。さらに、柳や馬が描かれた刀の鐔(つば)に彫られた「桂永寿」という銘が、ともに一致していることに気づきました。

そして鞘(さや)に巻き付けられていたとみられるラベルには、判読不明な2文字に続いて「・・島神宮」という文字が残されていました。

自分が落札した刀は、ひょっとしたら鹿児島神宮の刀かもしれない。そう考えたブルックスさんは、通訳を介して鹿児島での調査に乗り出しました。

謎の漢数字「三二」と「八一」を探れ!

調査の依頼を受けたのは通訳案内士の堀切美貴子さんです。ブルックスさんからは、ある番号の謎を調べて欲しいと頼まれました。

それは刀のラベルに記されていた「三二」と「八一」という数字。この謎を解くことができれば、大きな手がかりになると考えたのです。

鹿児島神宮を訪れた堀切さんは、所蔵品の目録にたどり着きます。そしてその「無銘則重」の欄に、決定的な証拠を見つけます。

ラベルと同じ、「三二」と「八一」という番号が記載されていたのです。

堀切美貴子さん

「あ、本物かもしれない。自分の中でもすごいものに関わったなと感じました。緊張感というか、そうした大切なものであればあるほど、気をつけてこの情報をお渡ししないといけないと思いました」

知らせをうけたブルックスさんは・・・

文化庁も “おそらく本物と考える” 

ブルックスさんの刀については、文化庁も存在を把握。「おそらく本物だと考えていて、今回の発見は非常に喜ばしい」とコメントしています。

また、県歴史・美術センター黎明館の担当者も驚きを隠せないと言います。

「日本から外国に渡ったのかどうかも分からない中、オーストラリアで見つかったということは非常に興味深く思いました。今まで残っていて非常にうれしく思います」

将来は鹿児島に刀を返したい

取材当時66歳のブルックスさん。コレクターとして、しばらくは愛着のある刀を自分の手元に置いておきたいとしつつも、自身の死後には必ず鹿児島に刀を返したいと話しています。

ブルックスさん

「私が生きている間はこの刀を持っていたいと思います。

しかし、遺言状には、私の死後、刀が鹿児島神宮に戻ることが確実になるよう書いています。いつか私も鹿児島神宮に行って、失われた刀に関する情報を提供してくれた関係者にお礼を伝えたいです」

鹿児島神宮では今回の発見に驚くとともにブルックスさんに感謝し、将来、刀が戻されるのであれば喜ばしいと話しています。

鹿児島神宮 井上容一さん

「そういう時期が来て本当に私どもの方に戻したいという動きがあったときはありがたくご神前にお返しできればと思いますが、現状として刀をこちらから要求する立場ではないと考えています。まずはブルックスさんのところで大事に保管、所有していただけるのが一番だと思います」

なぜニューヨークに? 残された謎

一方で、この刀がどのような経緯でインターネットのオークションに出品されていたのかは、謎に包まれています。

 ブルックスさんが出品者から伝えられたのは、もとの所有者はニューヨークでペットショップの店長だった90代の男性で、死後に出品されたということだけ。ブルックスさんは私立探偵とも連絡をとって、調べようとしていますが、詳しいことはわかっていません。

ブルックスさん

「年齢を考えると、もとの所有者はアメリカ軍の軍属で、戦後、日本にいた可能性があります。軍の記録もたくさん調べたが、同じ名前の人物がたくさんいて、どれがその人物かは分かりませんでした」

“行方のわからない刀”はほかにも

私たちはこれまでも視聴者から寄せられた“所在不明の刀”について取材を進めてきましたが、今回、オーストラリアで発見されたと聞いて驚きました。戦後のGHQによる刀の接収に伴い、鹿児島県でも旧国宝の刀5件のうち4件の行方が一時分からなくなり、その後、2件は県内に戻されています。

このうち鹿児島市の照国神社に奉納され、今も国宝に指定されている「太刀 銘 国宗」は、アメリカ人の愛刀家、ウォルター・アメス・コンプトンさんが、アメリカで偶然見つけた刀を入手し、日本に返還しました。

現在も所在が分からない旧国宝の刀は2件。今回の「無銘則重」が本物と分かれば、残るは鹿児島市の宮坂神社に奉納されていた刀だけとなります。
これまでの取材では、接収された刀が捨てられたというケースもありましたが、こうして発見された例も見ると、希望はあると思います。調査報道班では、今後も取材を続けていきます。何か情報がありましたら、ぜひお寄せください。

  • 堀川雄太郎

    NHK鹿児島放送局 記者

    堀川雄太郎

    2014年入局 山形局や
    薩摩川内支局を経て
    調査報道班のキャップ 
    ロケットや原発など
    科学文化も担当

  • 西崎奈央

    NHK鹿児島放送局 記者

    西崎奈央

    2019年入局。警察担当を経て薩摩川内支局。調査報道や国際問題も担当

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