すぺしゃる動画 人物ファイル

前野良沢

解体新書の翻訳者

前野良沢にインタビューしてみました。「私はこのために生まれてきたのだな」

長崎に留学したときには、すでに46歳だったそうですね…

はい。そうですね。普通ならもう人生が定まろうかという年齢になって長崎で学ばせてもらったのは、やっぱり主君・奥平昌鹿のご配慮という他にありません。

私はもと福岡藩士の子で、幼少のころ両親と死に別れですね、親戚筋のもとで育ったんです。そのつてで前野家の養子となったため、中津には縁がありませんでした。

そしてこの昌鹿様は参勤交代の折にですね、そんな私を伴って中津に下られ、そのまま長崎へと派遣されたのです。

蘭(らん)学にはもともと興味があったんですか?

はい。若いころから知り合いに蘭書を見せられて大いに興味を持ちましたが、青木昆陽先生に付いて本格的に蘭語を学んだのは20年も後の事です。

それが長崎に留学し、『ターヘル・アナトミア』というものに出会いましてですね、オランダ語に打ち込むようになるとは…人生分らないものですねぇ。うん。私はこのために生まれてきたのだなと、この年になって天命を知りました。

廃れかけていた縦笛・一節切(ひとよぎり)の名手でもあったとか?

養父がですね、失われかけた古き漢方を守ろうとする医師で、「世の中には捨ててしまうと絶えてしまうというものがある。はやりというものはどうでもいいから、廃れてしまいそうなものを習い、覚え、そして、後の世に残すよう心がけよ」と教えられました。

一節切は、武田信玄、織田信長などの戦国武将が愛好しながら、尺八に押されて廃れかけていた笛なんですけど、それ故、私はこの一節切を極めようと思ったわけです。

杉田玄白さんをどう思われますか?

そもそもオランダ語のイロハも知らぬのに、『ターヘル・アナトミア』 翻訳したいなどと、分をわきまえぬにも程がある!とね、最初はそう思っていましたが…。

でも、“人体の真の姿を世に問いたい”というあの男の思いには偽りもありませんでした。今ではそう確信していますよ。

それにあの男は普段明るくふるまっていますが、本当はとっても寂しい男なんです。同じく早くに親を亡くしたせいか、私も今はその気持ちはよく分かります。

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