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レバンガ北海道・桜井良太選手が引退会見で語ったことばとは

  • 2024年6月11日

こんにちは!
アナウンサーの中原真吾です。
きょうはプロバスケットボールB1・レバンガ北海道の桜井良太(さくらい・りょうた)選手についてです。
先週6月8日(土)に札幌市の北海きたえーるで引退試合が行われ、
7月からレバンガ北海道のゼネラルマネージャーに就任することがきょう発表されました。

先週の引退試合の一幕。5500人以上のファンがつめかけました。

桜井選手は三重県出身の41歳。
1m94cm、89kgで得点力のあるSF(スモールフォワード)として活躍しました。
三重県の四日市工業高校3年時のウィンターカップでは、全国大会の常連校である秋田県の能代(のしろ)工業高校相手にダンクシュート3本を含む51得点を挙げて、『スラムダンク』にちなんで「リアル流川」と呼ばれました。
愛知学泉大学卒業後はトヨタ自動車アルバルク(現在のアルバルク東京)に入団。
日本代表として世界選手権にも出場しました。
2007年に北海道に移籍し、17年にわたって北海道でプレー。
2006年から2020年の14シーズンで個人通算636試合連続出場の偉業を達成し、「北の鉄人」の異名をとりました。

6月8日の引退試合でフリースローを打つ桜井選手

時はさかのぼることおよそ1か月前の5月4日。
桜井選手にとって現役最後のリーグ戦、アルバルク東京戦のあと、引退記者会見が行われました。
大会議室で多くのメディアとファンに囲まれた、およそ1時間にわたる会見の中で、桜井選手が印象的なことばを話していたのでご紹介します。

思い描いていたキャリアではなかった

試合後、オンコートインタビューでも話していたこの言葉。
桜井選手は北海道に移籍しても自分がチームの中心にいてチームが優勝していくキャリアを思い描いていたそうです。アルバルクではリーグ優勝も天皇杯優勝も経験し、チームを一から作っていくことがどれだけ難しいかそのときにはわかっていなかったと本音を語りました。

さらに北海道では優勝を経験できなかったばかりか、キャリアの終盤は葛藤の連続だったと言います。
「身長がこれだけあって走ったり跳んだりできて、ハンドリングスキルもある方なので、自分のスキルだけで大学まではやれていた。卒業後にトップチームに入ってプレータイムをつかんでレバンガでも中心選手だったから、良いところしか見られていなかった。」と。

「今のバスケットボールは12人全員が動けないと勝てないので、その中で自分がチームにいる意義を考え続けた最後の5シーズンぐらいだった」と涙で声を震わせながら語った桜井選手の姿は今でも心に残っています。

ただそうした経験が、今後の糧になるとも話しました。
「1試合で5分しか出ないのに毎回練習する人の気持ちやモチベーション、それはわからなくていいことなのかもしれないが、キャリアの終盤はそれを体験した。そういうものを体験できたことがバスケットが終わった後の自分の財産になると思っている。」

バスケットボールは「お仕事」

引退会見で「桜井良太にとってバスケットボールとは」と問われ、桜井選手はこう答えました。
少し驚きました。

「好きで始めたバスケット。でも、お仕事。冷たく聞こえるかもしれないが、そういうふうにとらえてやらないと強いチームにはなれない。やるときはやらなきゃいけない。ルールは守らなきゃいけない。それを徹底してやることは難しい。」

というのが言葉の真意です。
聞こえの良い言葉ではなく、勝負にこだわる意識からくるこの発言にプロとしての矜持(きょうじ)を感じました。

現役最後のリーグ戦には先発で出場した桜井選手ですが、その週のミーティング前に小野寺龍太郎(おのでら・りゅうたろう)ヘッドコーチに「最後の試合だからと特別なことはしてほしくない」と電話で伝えたそうです。

小野寺ヘッドコーチは「自分のプレータイムや得点が欲しいのが選手の欲求。でも彼はチームの役割に徹してレバンガを強くしていくところにフォーカスしていた。彼はチームのためにということをいつも考えていた。」と桜井選手を評価しています。

それだけ勝負へのこだわりやチームを強くすることを大事にする桜井選手だからこそ、上述の「自分がチームにいる意義を考え続けた」葛藤の強さがどれだけのものだったか、考えさせられました。

レバンガをB1に残し続けたのが自分の功績

桜井選手が「レバンガに残せたものは」と聞かれて答えたのがこの言葉でした。

「北海道にバスケを残し続けたのは折茂(おりも)さん、そのチームをB1に残し続けたのは自分の功績だと思う。B1残留って低い目標のように聞こえるかもしれないが、ものすごく大きな資本がついているチームじゃないのにB1に残り続けているのはすごいこと。その状況にしたまま引退できたのは踏ん張れたかなと思う。」と北海道でのキャリアを振り返りました。

2018-19シーズンの横浜ビー・コルセアーズとの残留プレーオフに象徴されるように、レバンガは何度も降格の危機と戦ってきました。
それでもレバンガがBリーグ創設時からずっとB1に所属し続けているのは桜井選手の力があったからといっても過言ではありません。
小野寺ヘッドコーチは「彼の人間力が多くの人に愛されてレバンガの象徴になったのと考えている」とも話しています。

レバンガはきょう、桜井選手が背負った背番号「11」をクラブの永久欠番にすると発表しました。

レバンガの歴史はこれからも続いていきます。
この背番号11の存在をこれからも忘れずに、いまこの北海道で日本の最高峰、トップリーグのバスケの試合が見られることに、感謝をしたいと思います。

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