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星野道夫 カメラを譲り受けた写真家が語る

  • 2024年5月13日

長年、アラスカを拠点に撮影を続け、1996年に亡くなった写真家・星野道夫さん。その作品は、いまなお多くの人をひきつけています。十勝の芽室町には、生前、星野さんと交流し、カメラを譲り受けた写真家がいます。帯広市の美術館で4月から写真展が開かれているのに合わせて、星野さんの作品の魅力について語ってもらいました。(帯広局 記者 米澤 直樹)

帯広市で“星野道夫展”

穏やかな表情のホッキョクグマ。

そして、アラスカの広大な雪原を一列になって歩くカリブーの群れ。

帯広美術館の会場には、星野さんが撮影した写真、およそ150点が展示されています。

星野さんが1996年に亡くなってからおよそ30年。作品は今も、多くの人の心をひきつけています。

来場した女性
「風景とか動物を見ている星野さんの視線が感じられて、素敵だなと思います」

カメラを譲り受けた写真家

会場には、かつて星野さんと直接交流した人も訪れていました。芽室町在住の写真家、小寺卓矢さん(52)です。

会場には小寺さんが所有するカメラも展示されています。このカメラ、実は今からおよそ30年前に、小寺さんが星野さんから譲り受けたものです。

2人の出会いは小寺さんが大学4年生だった22歳の時です。卒業後の進路に悩んでいた小寺さんは、自分探しの旅をしようと、アラスカに渡りました。その際、知人を通じて紹介されたのが、アラスカで写真家として第一線で活躍していた星野道夫さんでした。

左:星野道夫さん 右:小寺卓矢さん

もともと植物とカメラが好きだった小寺さんは、漠然と「自然写真家になりたい」という夢を抱いていました。ただ、本当にできるかどうか分からないという率直な思いもありました。それを星野さんに告げたところ、星野さんは小寺さんにこう声をかけたといいます。

「卓矢くん、確かに不安になるのは分かるんだけど、いま自分が大事だと思うことは、ちゃんとあたためたほうがいいと思うよ」

この時のエピソードを、小寺さんはこう語ります。

小寺卓矢さん
「僕も単純に星野さんが言うならそうしよう、と思って、『じゃあ写真家やってみます。日本に帰ったら機材をそろえて撮り始めます』と言ったんです。その流れで、『星野さんの機材を少し見せてもらってもいいですか』とお願いをしたんですよ。そしたら星野さんが、『ちょっと待ってて、昔使ってた機材を取ってくるから』と言って、その時に持ってきてくれたのがニコンのF3だったんですよね」

顔に「このカメラがほしい」

初めて触れた星野さんのカメラ。小寺さんは、ずっしりと重たく感じたといいます。

小寺卓矢さん
「『ああ、プロの使うカメラってすごくしっかりしていますね』とか、『いいな、すごいな、こういうカメラすごくカッコいいですね』とか、『日本に帰ったらカメラのボディから買います!』とか言ったんですが、その時の僕の顔に“これが欲しい”って書いてあったと思うんですよね。顔に出ちゃった」

その数日後、小寺さんが居候していた知人の家で、朝起きてキッチンに降りていくと、家主から「きょうはとてもいい物があるわよ」と伝えられました。その時手渡されたのが、専用のバッグに入った星野さんのカメラでした。星野さんが取材に行く途中に、置いていってくれたのです。

小寺卓矢さん
「とにかく嬉しかったですね。信じられないような気持ちで、めちゃくちゃ嬉しかったです。このカメラでいい写真を撮るぞ、頑張るぞと思って、やる気満々でした」

写真家としての道を決めた星野さんの死

カメラを譲り受けた小寺さんはその後、北海道を拠点に写真家としての活動をスタート。「いつか作品を持ってまたアラスカに行って、星野さんに作品を見てもらいたい」。そんな思いで写真を撮りためていきました。

しかし、カメラを譲り受けた翌年、新聞の紙面で星野さんがロシアのカムチャツカ半島で取材中、ヒグマに襲われて亡くなったことを知りました。憧れの人が亡くなってしまった事実に、しばらく立ち直れないくらいの衝撃を受けたといいます。そして、星野さんの死が写真家としての小寺さんの道を決定づけることになりました。

小寺卓矢さん
「星野さんの死を通じて、どうして生き物は生きるのか、どうして生き物は死んでいくのか、死んだらどうなるのかとか、そういうことを考えたんです。『生きているものと死んでいるものが通じ合っているのが森なんだな』というのが感じられるようになって、そういうことをこのカメラで表現していこうと思うようになりました」

星野さんのカメラ手に、写真家に

そして、星野さんから譲り受けたカメラで撮影を続けること10年。道東の阿寒の森で撮影した写真で、初めての写真絵本を出版しました。

朽ちた木が森にかえりながら、新たな植物が芽生え、命が循環していく「倒木更新」の様子を描きました。

小寺卓矢さん
「星野さんの死を通じて、自分の写真のテーマは『生きること、死ぬこと』。死も含めて命のありようをみていくことがテーマになるんだな、というのが決まった感じがしますね。星野さんが残してくれたものから、自分なりに新しい生き方ができればと、そういう思いをたっぷり込めて作った作品です」

星野さんの写真に見る“生と死”

小寺さんが写真家として追い求めてきた「生と死」。それは、星野さんの作品の中にも感じるといいます。

これは、死んだ動物の肉を狙う1羽のカケスをとらえた写真です。
 

小寺卓矢さん
「死のさまがこんなに生々しく最前面に提示されているのに、『死』が『いのちのこと』として見る者の心に抵抗感なく肯定的な感情として染み入ってくる。誤解を恐れずに言えば、なんて美しい写真なのだろう、と唸ってしまう」

こちらは、ムースの角が苔むして自然にかえっていく様子を写しています。背景には、ミズバショウが咲いていて、生と死が対比する構図になっています。
 

小寺卓矢さん
「迫力ある生きている動物という描き方だけでなく、死んでいく命を見つめ、その先に生きている命を見つめ、全体を見ていこうとした。朽ちていくものと今生まれてきたものを、こうやって同居させて撮るというのが星野さんらしいなと。本当に美しいなと思いますね。こういう場所に僕も行きたい。立ち会いたい。そういう気持ちになりますね」

星野さんは「永遠の憧れ」だと語る小寺さん。改めて、小寺さんにとって、星野道夫さんとはどんな存在なのか聞いてみました。

小寺卓矢さん
「心のある意味、いい意味での重しというか、軸というか。星野さんがこういう表現をした。じゃあ、おれはどういう表現をするという、自分の表現をしていくときの一つの軸足を据えておく土台と言った方がいいのかな。そういう存在ですね、今は」

 

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