NHK札幌放送局

人が主役ではなかった時代の北海道を捉えたい/自然写真家・水越武さん

瀬田 宙大

2022年12月15日(木)午後0時21分 更新

人間が主役じゃなかった時分の北海道というのは世界で最も美しいところのひとつじゃなかったかと思っているんです。その当時の姿を捉えようとしました―。
そう語るのは、世界を股にかけて作品を発表し続けてきた自然写真家・水越武さん。日本を代表する自然写真家のひとりで、北海道東部・弟子屈町を拠点に活動しています。
11月に出版した写真集にこめた思いをほっとニュース北海道でお伝えしましたが、12月16日(金)「おはよう日本」で全国放送されることになりました。
自然に魅了されるようになったきっかけや北海道への思いなど、自宅でのインタビューから水越さんの心に迫ります。

北海道道部 弟子屈町在住
自然写真家・水越武さんの原点

愛知県豊橋市生まれの84歳。
現在は道東・弟子屈町で暮らしています。
長年、日本アルプスや屋久島、ヒマラヤ、北米・シベリア、中南米・ボルネオ・アフリカの熱帯雨林など山岳を中心に自然を撮り続けてきました。

≪阿寒富士と雌阿寒岳(写真集より)≫

なぜ自然に興味を抱いたのか―。
インタビューはそんな素朴な疑問からスタートしました。

―――水越さんが自然を捉えようと思った最初のきっかけは何だったのでしょうか?
水越:私の母は御嶽教信者だったんです。非常に幼い時から私も母と共に3000メートルを超える御嶽山によく行っていたんです。当時は太平洋戦争が盛んになっていて、私は叔父の家に預けられていました。その為、登山をすれば母と一緒にいられる。その経験が、大きな要因なのだと思います。登山によって、自然の面白さみたいなものを植え付けられたという感じですね。
―――自然の面白さとは具体的にはどういった点ですか?
水越:私は幼い時から生き物や花、動物に対する関心があるんですよね。登山に行くと標高によってだんだん植生が変わります。山を登ると日常接しているものとは全く違う、花だとか蝶だとかが見られる。常に発見があることでしょうか。

―――カメラマンとして記録しようと考えたのはいつ頃だったのでしょうか?
水越:私は27歳と、大人になってから自然を写す魅力を意識してカメラマンになりました。きっかけは後に師事した田淵行男先生が捉えた高山蝶にふれて、「こんな世界があるのか」と衝撃を受けました。あの出会いですべてが変わり、田淵さんに手紙を出して、私もカメラマンとしてのスタートを切ることにしました。
―――自然との関わり方は無数にあると思いますが、写真という手法に落ち着いたのはどうしてなのでしょうか?
水越:ちょっと抽象的な話になるんですが、写真は正確に記録することが最も優れた表現手段だと考えていて、それ故に自らの自然観を自然に落とし込み、それを捉える。それができると思ったんです。
―――自然観というのは、もう少しいうとどのようなことでしょうか?
水越:自然観というのは自然への愛情や自分の心ともいえると考えています。愛おしいと思うまで自然を理解し、自然とコミュニケーションを取り、その上で畏敬の念を表現したいということでしょうか。

≪大雪・沼ノ原からの石狩岳≫

―――ご自身の心を投影するということなんですね。
水越:そういうことでしょうね。もう少しいうと、花や葉っぱひとつ撮るにしても自分の自然観をしっかりと出していく必要があると私は考えています。その為にも、例えば葉っぱは、太陽の光を効率よくいかせる角度に成長しているわけです。時間帯によって太陽に向かって、葉っぱなんかも動いているわけですね。もちろん目には見えないと思うんですが、意味があって角度を決めている。そういうことを思うと、太陽の光を抜きにして撮影するということはできないし、絶対に私はしません。
―――自然にあわせるということなんです。
水越:そうですね。そこを一番大事にして私は写しています。

取材中、このインタビューが意味するところをもっとも私が実感したのは、印刷所での撮影でした。

10月中旬。
水越さんはおよそ180枚の写真の刷り上がりを全て確認し、過度な表現になっていないか確かめていました。あくまでも忠実に伝えたいという思いからでした。
詳しくは前回の記事:水越武が捉えた北海道“自然写真家としての矜持”に掲載しています。

北海道への感謝をこめて

出版された写真集。
水越さんは「あとがき」に目的を記しました。

この本は、人生でもっとも長く暮らすことになった北海道の自然を、長年積み重ねてきた経験を生かして改めて考察し、見直すことを目的とした。
(写真集「アイヌモシㇼ オオカミが見た北海道」より)

水越さんはなぜいま北海道を見つめなおそうと思ったのか。そこには感謝の思いがありました。

―――今回、半世紀近く見つめ続けてきた北海道を一冊の写真集としてまとめあげましたが、その思いを教えてください。
水越:ひとつは北海道は私が生まれてこのかた一番長く暮らした土地。いわば、人生の中で定着して暮らした場所だからです。そしてもうひとつは、北海道文化賞や北海道功労賞など、多くの賞をいただいたんですよね。そのことへのお返しもしたいなという思いがありました。
―――長く暮らし続けたことが大きいんですか?
水越:とても大きいと思いますね。いままでは数年間で拠点を移していて、旅人というか、仮の姿、仮の住まいという意識がずっとあったわけですが、北海道は違って、極端なことを言ったらここで土にかえりたい―。そのような意識をもって30年以上前に家を建てました。そのくらい特別な場所なんですよね。

≪大荒れの屈斜路湖に架かる虹≫

―――この写真集はご自身にとってどのようなものになると考えておられますか?
水越:これまではヒマラヤや熱帯雨林など、ある意味で日常生活とかけ離れたところをテーマにしてきましたが、だんだん体力的にも落ちてきて、一番落ち着ける、身近な自然に対する関心というのが強くなり、掘り下げていきました。今作はそのような捉え方をした初めての仕事だと思っています。それ故に、散歩道で撮影した写真を取り入れるなど、いつかはやってみたいと思っていた仕事の一つでもあります。
―――素人考えですと、身近なものを写すのが先かなと思うんですが…違うんですか?
水越:私は、最後だったんですね。ある程度、自分の人生を考えて、体力のあるうちは遠くへ行って、荒々しい自然を写したいと思っていましたから。年を重ねたからこそ、もっと身近なところで、自分の庭の中にもいろんな世界があるので、そういうものを写したいなという方に考え方が変わっていったんですね。うんと小さなものの中にも、日常見ている自然の中にも大切なことが隠されている。そういう自然の営みというものを捉えたい、大切にしたいと思ったんです。

≪弟子屈町・川湯の珍しい植生≫

―――それを記録する意味をどのように考えていますか?
水越:やっぱり自分しか意識できない自然を記録して、それで見てもらうことで、見る座標のようなものを伝えたいんですね。身近な自然でそれを表現するのは難しい。だからこそ、自分のこれまでの経験を生かして難しいテーマにチャレンジしていくということなのかもしれません。ドラマチックで派手な自然を写真にしていく方がどちらかと言えば易しくて、平凡なものをみんなの興味が持てるようにする。「あぁ、こんな意識で自然を見ている人がいるんだ」とか「こんなところに面白い世界があったんだ」という、そういうところを見せていきたいですね。

―――今回は全編に英訳もつけていますが、その思いは。
水越:この写真集は外国の人を非常に意識しているんです。海外の人が短い期間で北海道の自然をちゃんと感じとるのは難しいと思うんです。一方、私は長く自然と触れてきましたし、本を読んだり、映像を見たりしてきました。そうしたことから、自然に対するエキスパートだという自負みたいなものがあります。そうした経験や感覚的な面と、北海道大学の名誉教授で自然地理学を専門とされている小野有五さんに学術的に裏打ちされた解説を組み合わせることで、全体像が捉えられるようにという工夫がなされています。国内外の人が北海道を自らにひきつけ、魅力の核心にふれられるようなものにしたいと考えました。
―――北海道にふれてきた水越さんそのもの。そして、水越さんの人生がまとめられているともいえるのかもしれませんね。
水越:そういうことですね。北海道との最初の関わりから、いまの思いまで。私が抱く北海道の印象そのものが投影されているといえると思います。その意味で集大成といえるのではないでしょうか。

◎関連記事:水越武が捉えた北海道“自然写真家としての矜持”

お話を伺った弟子屈町の水越さんのお宅は不思議なパワーを感じました。水越武さんのようなまっすぐな生き方をしたい―。人として、表現者として学びの多い取材となりました。

2022年12月15日 瀬田宙大

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