NHK札幌放送局

水越武が捉えた北海道“自然写真家としての矜持”

瀬田 宙大

2022年11月16日(水)午後3時16分 更新

「私の心が動いた様を、ありのまま伝えたい」
道東・弟子屈町の自宅でそう語った水越武さん。半世紀余りの間に捉えた北海道の姿をまとめあげた写真集「アイヌモシㇼ オオカミが見た北海道」の制作過程でのことです。
写真集は半世紀余りの間に撮りためた写真をまとめたもの。
みずからの視点・自然観を落とし込んだ一枚一枚に思いを寄せ、レタッチから印刷まですべての過程に立ち会い、今月、出版しました。
自ら集大成と位置付ける写真集を通じて伝えたいこととは―84歳の写真家の心に迫りました。

半世紀が一冊に~北海道への感謝

道東・弟子屈町に居を構えたのは1988年12月。
水越さんにとって人生で最も長く暮らしたのがここ北海道。それまでは拠点を移しながら世界各地の自然と向き合ってきたといいます。

今回の写真集は北海道への感謝も込めてまとめたといいます。

つくるのであれば北海道の人たちと一緒に―。
その思いが実り、発行は北海道新聞社、印刷はアイワード。さらに、監修や解説を北海道大学の小野有五名誉教授がつとめるなど、オール北海道での出版となりました。

「いつも力をこめて作っているが、今回は特別なんだ」

ことし9月、編集途中の写真集を見ながらそうこぼした水越さん。出版業界も厳しい時代に、みずからが理想とする形で出版させてもらえることについて感謝と覚悟が込められていました。

その思いは、担当編集の仮屋志郎さんとフィルム写真のレタッチを担当した鍵谷貴宏さんにも伝播。一つのチームとして一冊にまとめあげようとしていることが伝わってきました。

仮屋志郎さん(編集担当)
世界観を表現するためにコミュニケーションを大切にされ、最終的に自分の目で確認したいという強いご希望があるなか、同じ北海道にいるメンバーで仕事にあたることができたのは大変意義深いと感じています。我々も多くの刺激をもらいましたし、それぞれに真剣勝負で完成させた一冊だと感じています。
鍵谷貴宏さん(レタッチ担当)
水越先生の作品の色、独特の世界があります。それらを忠実に表現したいと思い、こうして印刷にまで立ち会っていただけることは完成度を上げるという意味で大変うれしく思っています。ただの工業製品をつくっているわけではないので、一緒に仕事をさせてもらえて大変うれしく思っています。

「テーマをしっかり伝える」という点が、写真集にまとめる一番の理由だと語る水越さん。それ故に最後まで見届けたいと語ります。

1971年からことし7月までに撮影した写真の中から、水越さんが表紙に選んだのは「日高山脈」でした。
押し寄せる波のように連なる山々。女満別空港から羽田空港に向かう飛行機の中から捉えました。

表紙に選んだ理由はテーマを象徴しているからだといいます。

水越武さん
人間が主役になる前、オオカミが生きていた当時は世界に誇る美しい自然が広がっていたと思います。私が捉えた日高山脈の中心部はオオカミが徘徊していた時分とさほど変わらないままに残されている場所だと考えられます。
まさにテーマを象徴していると思い、この一枚を表紙に掲げました。

みずからの自然観を後世に

取材中、水越さんが何度も口にしたのが「自然観」という言葉でした。
幼いころから親しみ、敬意を抱いてきた自然。

その美しさを捉えるうえで自然との対話=コミュニケーションを大切にしてきたといいます。

写真集の出版に向けて作業がつづくなか、納得のいく一枚がないと、ことし7月新たに撮影した写真も掲載されています。

大雪山・旭岳のすそ野に広がるチングルマの大群落です。

このほか野生生物や活火山、河川、天空など全10章で構成されています。

いっさい登場しない人工物。
そこには自然への敬意がありました。

水越武さん
私は畏敬の念を常に抱いて向き合っています。
そのため、人工的な手は加えないことを大切にしています。
同時に、人間や人がつくったものも捉えることはありません。自然の持つ緊張感やリズムが崩れてしまうので。
私の目に映った最も美しい北海道をまとめました。

日常を捉える

今回の写真集には、なかなか見ることができない北海道の姿だけではなく、身近な場所にある自然にも目を向けています。

水越さんの家の裏山の先にあるカツラの巨木。

自宅から車で行ける川湯温泉で撮影した一枚。
アトサヌㇷ゚リ=硫黄山の噴気孔を捉えています。

さらに弟子屈からも近い美幌峠で撮影した、初冬の針広混交林も。

それぞれに樹皮や硫黄、凍てつく寒さなど「質感」が感じ取れます。それも狙いの一つです。

水越武さん
自然は本当に質感が豊か。つるつる、ざらざらなど豊かな質感を写真に定着させたいと思っています。その為にも、心を動かされたそのものが見えやすいように情報を削り、自然を捉えるようにしているのです。

自然写真家 水越武の思い

これまで世界各地を巡り、自然を切り取ってきた水越さん。
今回の写真集は、国内だけではなく世界の人々にも読んでもらいたいと全編英訳をつけました。

海外の人たちが多く訪れるいま、北海道の自然に対する理解を世界各地の人が深める一冊にしたいという思いがあったからです。

世界を知る水越さんは北海道の美しさをどのように捉えているのか。
その問いに、こんな答えが返ってきました。

水越武さん
北海道の自然というのは生態系なんかも火山があり湖があり湿原があり河川もある。多様性にかなり富んでいると思います。雪がネックとなりある程度自然が整理をしたうえで、四季の移ろい、自然の変化を見せてくれる。厳しさも優しさも内包しているのが私が知る北海道です。
しかしながら、見るための視点がなければ最大限に魅力を感じることはできません。国内外の人と自然とを結びつける「通訳」のようなことができたら嬉しいという思いがあるので、これからも自分にしか意識できない姿を記録し続けていきたいと思います。

心ある人の行動を期待して

写真集の最後に水越さんは長文のメッセージを記しました。
「危機に瀕する地球の自然に触れることをお許しいただきたい」と前置きしたうえで、あとがきはこのように締めくくられています。

逆戻りはできないまでも、これ以上の地球の自然環境の破壊は何をおいても押しとどめたい。穏やかな地球で、多くの生き物たちとその恩恵を浴びるように受けてきた最後の世代になってしまうのではないか。それだけは避けたいと私は切に願う。

水越武さんの思いに迫る特集は11月17日(木)のほっとニュース北海道でもお伝えします。

なお、出版にあわせ、札幌市内の書店では11月19日~24日まで写真のパネル展示が行われます。

2022年11月16日 瀬田宙大

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