NHK札幌放送局

ほっとニュース通信(115)【瀬田宙大】

瀬田 宙大

2020年11月13日(金)午前10時00分 更新

少しずつ広がりつつある“好きなことを仕事にする”という生き方。コロナ禍、ニューノーマルを追い風に一層加速しそうな印象を持っていますが、みなさんはどうでしょうか。今回は“好き”をつきつめ、人生をかけて夢を実現しようとする起業家・野々宮秀樹さんに迫りました。野々宮さんが実現しようとしているのは1000年先も美味しいお肉を食べ続けられる仕組みをつくること。その柱となるのが厚真町で進める“和牛メゾン”構想です。グランドオープンは2125年。事業構想や生き方、自らに変化をもたらした人との出会いについてインタビューで迫りました。

42歳の野々宮さんは、大学在学中に起業した「起業家」です。

経歴や和牛メゾンのビジョンについては特集「チェンジ」の特設サイトを。
厚真町で事業を始めるに至った経緯はほっと通信104 をご覧ください。

今回は、ゴルフ場建設跡地に建物の枠だけ残されたクラブハウスでお話を伺いました。
その内容をテキストでお届けします。

―――起業した直後、野々宮さんは何を大事にして仕事をしていたんですか?
野々宮)
僕が大事にしていたのはたぶん、僕個人の利益だと思いますね。お金であったり、個人的に豊かな暮らしがしたいであったりとか、モテたいだったりとか、そういった個人の利益を優先して、それをかなえるために事業をスタートしたのが20代の前半でしたね。
―――いま振り返ると、ずいぶん今の自分とは違うなという印象がありますか?
野々宮)
そうですね。いまはどちらかというと、公共の利益とまでは言いませんけど、もっと「共感される利益」、そういったものの方に興味がありますね。
―――その価値観の変化は、どのようなタイミングで訪れたんですか?
野々宮)
個人の利益を追求するために20代、30代の初頭は主に金融業に乗じていたんです。ローンではなくて、equity(エクイティ)資本金の方の世界にいたんですが、僕が金融の世界に入った20代の前半に比べて、相対的にお金の価値が目減りしているような感覚が当時あったんです。なので、個人の利益を目的にしていくと、おそらく自分が将来、息詰まるんじゃないかと思ったのがはじめですね。
―――そんなに、自分に何か押し迫るような感覚があったんですか?
野々宮)
そうですね。結局、事業をすることって価値創造するということなんですけど、価値を作り出すのに、昔ほど現金が必要なくなってきたんです。当然、ITが進んでいったことがあったりもして、多額のお金を使った「装置」が必ずしも価値創造に必要なくなってきたというのが、僕の感覚ですね。
―――一般的に考えると、お金というのは常に価値は一緒じゃないですか。だけれども、自分の中でお金の価値が変わったというのはもう少し言うと、どういうことなんでしょうか。
野々宮)
確かに、お金そのものは、今も昔も変わらずにすごく便利なものなんですけど、お金の価値の考え方とでも言いましょうか。お金の価値というのは短期的に考えることが多くて、特に金融の世界でいくと、一年単位、ひどい場合にはクォーター単位です。事業の価値を期間を区切って測られるわけですが、その尺度ばかりを意識していると創造ができない。もっと言うと、本質的な価値創造ができないんじゃないかというような考えに至ったんです。もちろん短期がダメで、長期がイイということではなくて、短期では生み出せない価値が、事業を長期に捉えることで生み出せる可能性があるということを考えたんです。そうした中で、目減りしたという感じでしょうか。

―――そう考えるきっかけになったのが、SONYの元会長の出井さん(写真左)との出会いだったとお伺いしていますけど、具体的にはどのようなものだったんですか?
野々宮)
僕はそれまで、どちらかでいうと、ベンチャーとして町場で仕事をしていたんですけど、出井さんとご縁を頂いて、彼と一緒に会社を経営したことによって、日本国内の価値創造、大企業がしている価値創造の機序にふれたんですね。官僚を含めた政治と、大企業との関係があって、戦略的に価値創造をしていると。要は、文化的な価値創造をしている現場に初めて遭遇したんです。それまでは、先ほど申し上げたように、個人の利益を追求していましたので、手前でいくら儲かるかとか、手前がいかに幸せになるかということにややもすると終始していたんですけど、日本としてどうなんだとか、この事業は国にとってどうなんだといった、大局的な視点で事業を捉えるようなきっかけを頂いた出会いでした。
―――その出会い以降、「文化資本」という言葉を大切に仕事をされていますが、どういう考えなんでしょうか。
野々宮)
文化資本という言葉はもともと社会学の言葉で、以前から一般的に使われている言葉なんですが、いわば資本の持ち方ですよね。上手く表現しているなと思って、本来の意味とはずれているかもしれないんですけど、僕は使わせてもらっています。金融資本というのはあくまで、金融、お金が資本であるということ。文化資本というのは、お金ではなくて、文化力が資本であると。資本というのは価値を生み出す源泉ですので、文化そのものが価値創造につながるのではないかと、そういう風な考え方です。
―――文化を資本にということはわかりました。とはいえ、お金は必要なわけで、そのあたりがうまく腹落ちしていないのですが…。
野々宮)
なるほど。僕も商売人なのであくまで文化を持っているだけではなくて、文化で価値創造をしたいんですね。それで、あえて文化+資本、それを資本であると考えるという前提があります。金融の指標というのはお伝えした通り、一年単位で考えられることが多いんですけど、その一年間でどれだけ投資をしたものにリターンが生まれるかという考えではなくて、僕がいま取り組もうとしているのは仮に10年以上かけることによって、投資したものが長く、強く、太く返ってくると。そういった新しい業態、マーケットをつくっていきたいなと思っているんです。これは僕の理解ですが、つくりたい文化を掲げて、それを事業の核、資本にしますが、一方で文化というのは一朝一夕に築かれるものではないとも思っています。相当の熱量と、相当の期間というのが必要になってくるということですよね。
―――出井さんとの出会いは刺激的だったんですね。
野々宮)
20代後半で出会ったんですけど、全くの未知との遭遇というイメージですよね。文化でもって、価値のやり取りをしているというのは、それまでの僕のビジネスマンとしての生き方にはなかったので。

―――ところで、文化をつくろうと思ったときに、なぜお肉だったんですか?
野々宮)
先ほど申し上げたように、文化は基本的に情熱と長い期間が必要になってくると思いますので、まずは長く情熱を保持できるものであるべきだと思っているんです。そこで、自分の中で一番好きなものであれば長く情熱をキープできるんじゃないかなと思ったんですね。僕の場合はそれがお肉だったということです。
―――文化とお肉。すぐに、私の頭の中でつながらない部分もあるんですけど…。
野々宮)
食文化という言葉がありますが、僕の場合は食文化の中でも肉文化。その部分を掘り下げている最中なので、当然、お肉、そのものも文化の一部だと思っています。
―――では、目指している食肉文化とはどのようなものなんですか?
野々宮)
僕が目指しているのは、お肉が好きなので、美味しいお肉が未来永劫、食べ続けられることが一番の理想なんです。ですので、僕の人生だけではなくて100年、200年かけて引き継がれていくような食肉文化じゃなければだめだと思っているんですね。いわばサステイナブル=持続可能じゃないと始まらないんですよ。日本国内の畜産でいうとサステイナブルな部分はあまり要素としては優先されてこなかったんですけど、僕が今、つくろうとしている和牛メゾンに関しては、とにかくサステイナブルであること。そのことを主眼に置いて、サステイナブルな状態でつくられたお肉を、生産現場も含めて、実際にご覧になって頂ける牧場。かつ、その空間でお肉も食べて頂ける。国内外の人たちに、サステイナブルなものにふれて頂ける現場を厚真町につくろうと、いま準備をしているところです。
―――それが厚真町だったのはなぜなんですか。
野々宮)
サステイナブルな畜産をするには広大な自然が必要です。北海道内は比較的どこにいっても広大な自然が広がっているんですが、アクセスがいいところというのは限られていまして、特に、国際空港が近くにある、あるいは北海道内の大都市圏が至近にあるということでいうと、なかなかそういう立地はなかったんですね。ただ、僕の場合はご縁を頂いて厚真町と出会うことができました。厚真町に関しては空港から30〜35分で来られますし、札幌からも1時間半程度で来ることができるということで、消費者圏に近いところにあるというのが大きな理由ですね。

―――厚真町は、野々宮さんが出会った後に被災地にもなりました。この点、どんな思いがありますか?
野々宮)
僕が最初に厚真町に出会ったときは震災前。和牛メゾンの構想に着手した後に地震がおきまして、町内が大変な状況になりました。その過程も外部から見させていただいた中で、僕が厚真町の復興に対して何か文化的な、食肉文化的な側面で寄与できればいいなという思いは当然ありますね。
―――しかも、地震の土砂崩れで出た土も活用した事業になります。
野々宮)
そうですね。震災から生まれた土砂ですよね。それと、もともと厚真町にあったリゾート開発跡地、手付かずの跡地の再生でもあります。どちらも町にとっては負の遺産だったわけですよ。ただ、これらのマイナスの財産をかけあわせると、もしかすると文化に昇華できるのではないかと思いました。
―――将来的には厚真町にとってどういう場所にしていきたいと思っていますか?
野々宮)
そうですね。文化資本の集積地になれば嬉しいなと思っています。ただ、先ほど申し上げたように、文化創造というのはすごく時間がかかることですので、おそらく僕の一生では足りないんですよね。この和牛メゾン構想に関しても、いまから5年後の2025年にプレオープンをして、そこから100年後2125年にグランドオープンというような計画で作っています。ですので、地域の子どもたちですよね。彼らに文化資本というものはどういったものなのかとか、さらには文化資本を持った人たちがこの場所に来ることによって、子供たちが生きていくうえで、将来的に文化による価値創造を積極的にやってくれるような状況になっていけばいいなと思っています。
―――子どもも含めた地域の若い世代とかかわりを強く持ちながら育てていきたいということですか。
野々宮)
地域の子どもたちに、共感して、いいね和牛メゾン、僕たちもなにかしら応援したいよと思ってもらえないと、僕が先に死んじゃいますので、おそらく2125年のグランドオープンが迎えられないと。子どもたち、地域とのつながり、関わりは、会社としてもとても大きな要素になってきますね。教育の一部に、施設が関われたらいいですよね。
―――まずは関わって、一緒にやって欲しいと!
野々宮)
そうですね。ご飯、食べるのもつくるのも考えるのも大好き、という人が育ってくれると、当然、熱量と期間の相乗効果で文化が育っていくとすれば、これほど心強いことはないですよね。
―――どんな105年後になっていたらいいなと思っていますか?
野々宮)
機能的には、完全に人の手を介さずに美味しいお肉、思っているような肉質のお肉ができあがってくるような、サステイナブルな畜産現場であるというのがまず一つ。もう一つは、北海道の食肉文化の発信地、殿堂として機能しているとすごく嬉しいです。

―――ちょっと話が戻ってしまいますが、生産の形が、放牧牧草和牛。そこにこだわるのは?
野々宮)
もともと牛というのは草食動物ですので本来の生き方をしていると、穀物よりも、我々は粗飼料と呼んでいる草資源を食べて育つのが適当であると考えているからです。で、二つ目にはなるべく地域内での循環型の畜産を表現したいんですよね。外部から飼料を持ち込んで、たい肥を外部に持ち出すということではなくて、なるべく窒素を固定したうえで域内循環型の畜産ができればいいなと考えています。
―――世界的な人口増加、食料問題、穀物価格、アニマルウェルフェア、環境問題など、様々な視点が折り重なっているんですね。まさに課題解決型の事業。文化を資本に、その文化を構築するということですね。ただ多くの人が疑問に思うのは、既に熊本県の阿蘇地方で理想に近い和牛畜産をされています。そこと厚真町の違いは?
野々宮)
まず、阿蘇に関しては、ある人の紹介で産山村の畜産を知ったんです。産山村というのは和牛畜産の中ではかなり特異な畜産をされていて、いわゆる慣行肥育ではなく粗飼料多給の放牧畜産、しかも親子放牧だけじゃなくて、出荷前の牛でさえも牧野で放牧しているという、かなり変わった畜産をされているんです。それまで僕もお肉が好きなので世界中の牧場をまわっていたんですけど、日本国内でいうとかなり特異だったので、その特異性に注目して一緒に事業をしましょうと声をかけました。ご指摘の通り、阿蘇は風景としても循環型畜産としても、完成に近づいている状況だと思うんですけれども、いかんせん、めちゃくちゃ交通アクセスが悪いんですよね。海外からのお客さんだとしても1週間の予定の中で約3日間の日程を頂かないとご覧いただけない。これはかなりディスアドバンテージなのでマーケティングの観点からも、この北海道、厚真町というのはかなり優れていると思っています。
―――まさに事業が動き始めたところで、新型コロナウイルスの感染拡大。時代の変化はどのように捉えていますか?
野々宮)
僕たちが考えていた畜産のあり方、企業としてのあり方というのはコロナ以降の社会の考え方と親和性が高かったんですね。ですので、あまり悪い影響というのはないです。圧倒的な環境でありながら、都市圏への利便性を考えると、ますます我々としてはありがたい状況かなと思っています。
―――むしろ追い風と?
野々宮)
そうですね。僕たちが思考していた生活様式や目標設定が、コロナの影響で僕らが考えていた方向に、我々がとっていたスタンスの方に近づいてきたという感覚です。実際に、コロナ以前は、事業やビジョンについてお話をしてもなかなか伝わらなかった部分もあるんですけど、コロナ以後共感してくださる方というのは圧倒的に増えています。

―――文化資本の原点、文化力について野々宮さんは何だと捉えていますか?
野々宮)
ひとつのことにこだわって、とことん掘り下げてみて、周りを否定しないということかなと思います。結局は多様性と分散がすごくキーなのかなと思っていて、どちらかというとこれまでの日本は一つの指標で、ひとつの目標に向かって進んでいたんですけれども、今後、特にコロナ以降ですね、多様性と分散性が重要になってくると。我々のようなスタイルの畜産があってもいいんじゃないかなと思っています。
―――新時代の畜産スタイル。それはもう少し言うと?
野々宮)
当然、短期間での売り上げ、利益を考えるのがこれまでの世界では当たり前だったので、畜産の世界でも恐らくそうだったと思うんですよね。つまり、いかに短期で売り上げをあげるかというのが大事という人が多かったと思うんですけど、僕たちが取り組んでいるのは短期の利益ではなくて、超長期で、しなやかで強い、持続可能な牧場であり、利益を生み出せるような仕組みを考えているので、そのあたりが変わってきているのかなと思います。
―――それが、和牛メゾンが社会に提案するニューノーマルのライフスタイルということですか?
野々宮)
そう言えますね。利益の生み方、価値の生み方、今までよりもスローでいいんじゃないかなということですよね。スローに取り組むことで文化を育むだけの余地が生まれてきますので、その文化によって新たな価値創造ができるというような現場になればいいなと思っています。そして、好きなものを突きつめることで文化が生まれるんだということを、僕の好きが詰まった、お肉の事業で体感していただければ嬉しいですね。
―――極端な話、好きなこともつきつめれば見えてくるものがあると。
野々宮)
僕はそう思います。これまでは「仕事」と「好きなこと」は一般的に分けて考えるものだったんだと思いますけど、これからは金融資本、嫌なことをして稼いだお金ではなくて、好きなことをして稼いだお金に価値があると。そんな文化力が自分の資本になる。それが次の新たな価値を生み出すと考えると、好きなことをやるのはこれからの時代にすごく適しているのではないかなと思います。
―――とはいえ、それはマイノリティである経営側の考えのようにも聞こえるのですが。
野々宮)
なにも起業が全てではないと思うんです。企業や団体に属して生きる場合も、自分の好きなことと、組織が重要視していることが一致していれば、みなさんも同じ感覚を得られるのではないかと思います。現に若い人たちはそんな生き方を始めていますし、企業選択や進路選択にも出ていますよね。すべての人に共通するもので、大事な考え方だと僕は思います。
―――否定的なことばかり言って申し訳ないのですが、いまの世の中を見ると余裕がない社会に見えるんです。個人も自治体も企業も。そのあたりとの整合性はどう捉えてますか?
野々宮)
お金を貯めることではなく、文化を貯める、信用を貯めることが価値創造に直結している。そのことをどれだけ広められるかということなのかなと。「意外と近道なんだ」ということが示されれば、おそらく世の中もそうなっていくのではないかなと思っていますし、僕はそう信じています。歴史をさかのぼっても、これまで価値創造をしてきた人たちは、文化力によって価値が生まれてきたと実感していると思うんですね。僕が言っているのは何も金融資本主義をやめて、文化資本主義になった方がいいよということではなくて、資本の持ち方のポートフォリオ、多様性の話だと思うんです。なので、今まで通り、金融資本で資本を持つということも大事だし、その中で、文化で資本を持つということは実は資本を持っている方から考えると大きなリスクヘッジになるということがなんとなく資本家の方は感じていらっしゃると思います。投資家サイドの文化力にもよるし、食肉文化への理解度にもよってくると思うんですけど、僕たちに対しては個人・企業関わらず、こういう文化による価値創造というものに理解をしてくださり、金融資本を投下していただけているという感じです。

―――わかりました。その答えは時代が見せてくれるのかもしれないですね。そういえば、私は長い取材で“和牛メゾン”とは何たるやを伺っていましたが、今回放送で初めて触れる方もいらっしゃると思います。その、“和牛メゾン”とは改めてなぜそう名付けたのですか?
野々宮)
和牛メゾンで参考にしたのは、フランスのシャンパーニュ地方のシャンパーニュ丘陵のメゾンとカーヴなんですね。彼らは土づくりから始めて何代にもわたってテロワール(土地を意味するフランス語から派生した言葉で、それぞれの畑の土壌や地形、気候条件などを生かして特徴あるワインをつくろうという試み)を形成して、ブドウを育てて、ワインをつくって、そのお酒を楽しむ空間まで表現しているんですね。それを僕たちは参考にしていて、和牛で実現しようと。先ほどもご説明しましたが、僕たちはサステイナブルな畜産をしているので、土づくりから牧草を育てて、そこに、生まれたお肉を食べる世界観、空気感をつくりたいというのが和牛メゾンとしてのあり方だと思っています。
―――しかも、それが外に見える、お客さんに見える形に。そして地域と共にということですか。
野々宮)
そうですね。そのために厚真町というロケーションは風景も立地もすごく適していると思っています。さらに、域内循環の畜産をしたいと考えているので、地域の方々、林業や農業、水産業、みなさんとの連携が必須なんですが、厚真町にはそれもそろっています。僕らだけじゃなくて、地域の方々と一緒でなければ成しえない事業だと思っています。
―――ところで。105年って中途半端な気がするのですが…100年じゃない理由は?
野々宮)
まずは、今日ご説明した内容の理解が進むような仕掛けをどんどんしていかなければならないということ。あとは土づくりですね。牧草を育てるという意味で土づくりが重要。それらを、この5年をかけて進めていきたいなと思っています。なので、グランドオープンに向けてスタート地点に立つまでにまず5年は必要だろうと。そして、そこからゴルフ場跡地の牧野の再生と放牧スタイルの和牛畜産を実現するには100年はかかるだろうということですね。壮大なプロジェクトなので、結構、やることが多いんです。途方もない時間に思えても、事業計画、行動計画を見ていくと105年も結構短い時間に思えてきます。
―――厚真町にとってこの場所がどういう場所でありたいと考えていますか?
野々宮)
そうですね。まずは、外部の方が興味を持ってくださるポイントになってくれたらいいなと思っています。和牛メゾンみたいな施設って、おそらく日本国内には存在しないと思うんです。和牛といえば厚真町。厚真町の和牛メゾンと、それなら一回訪れてみましょうという形になればいいなと思っています。
―――それをきっかけに、国内外から何度も人が循環するようになったら厚真町自体もかわってくると。
野々宮)
そうですね。さらにその先にあるのは「文化の継承」。仮に、和牛の、食肉文化の継承が進めば、いま僕が考えている105年とは全く違う、さらに、もっと素晴らしい文化が生まれる可能性だってあるんじゃないかなと思っています。僕は仮説検証をこれからも繰り返していくんですけど、自分の寿命では足りないので、最後まで見られないというのは残念な気持ちもするんでけど、楽しみでもありますね。
―――夢は大きいですね。
野々宮)
夢は大きい方がいいと思います。
―――ありがとうございました。
野々宮)
こちらこそ。ありがとうございました。

思いをもって、行動する人の周りにはユニークな人が集まる。それが、野々宮さんの取材を続ける中で感じたことでした。この取材の日も、雪が降ったりやんだりを繰り返す寒い日でした。本当に、寒かった…。すると「ストーブもってきたよ。寒いでしょ」と、ストーブと薪を持ってきてくれた人がいました。そして、火をおこしたら「じゃあ!」と颯爽と立ち去っていきました。人のことを思って行動できる人って本当に格好良いですね。取材中、野々宮さんが「20代の野々宮少年といまの自分を比べると“カッコイイ”の意味や形が実は一番変わったのかもしれないな」とつぶやいたのですが、私はなんだか勇気をもらいました。まだその理由を言葉にしきれないのですが、簡単な言葉でいうなら「人は変われる。進化できる」ということでしょうか。なにかと困難が多い時代、時折おぼれそうになる瞬間がありますが、めげずに泳ぎ切りたいですね。野々宮さんのように夢は大きく、自分を信じて。

2020年11月12日

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