NHK札幌放送局

ほっと通信(114)【瀬田宙大】

瀬田 宙大

2020年11月6日(金)午前11時23分 更新

APD=聴覚情報処理障害という症状をご存知ですか?私は取材を始めるまで知りませんでした。教えてくれたのは、先月「APDマーク“聞き取れない”と生きよう」というホームページを公開した「たう汰」こと早坂雪乃さんでした。「デザインの力で少しでも解決できれば」と、自らの経験とスキルをかけ合わせて認知を広げようと取り組む姿が印象的な大学生です。今回は、その取材記です。

【APD】
聴力検査では異常がないものの、雑音の多い場所では必要な音や話を選び取れず、理解できなくなってしまう症状です。脳の神経機能や認知機能の異常などが原因と指摘されていますが、詳しいことはまだわかっていません。

APDを取材して、私がはじめに持った正直な感想は「わかりにくい」ということでした。このわかりにくさは、症状がある人たちの悩みを深めていました。取材をすすめると、「理解してもらえない」と説明を諦めてしまっている人もいることがわかりました。そんな状況を変えたいと、自らも症状に悩む早坂さんがホームページを制作し、専門家の監修のもと先月1日に公開しました。

“はじめは違和感”

早坂さんが初めて症状に気がついたのは4年前。居酒屋でアルバイトをしていた頃でした。
「お客さんの注文の声が、食器の音とかで聞き取れなかったり、聞き間違えちゃったり、厨房の中で同僚の指示が聞き取れなかったりして、連携がとれなくて、すごく大変な思いをしたり、させてしまったりという事がありました。『おかしいな』と思って、アルバイトは辞めました。騒音の中に相手の声が紛れてしまうというか、混ざって聞こえてしまい、はっきりと聞き取れないという感じでした。それがきっかけで気がつきました」

その後、大学のグループワークや会議など複数人で喋るような機会でも同様に難しさを覚えていたと言います。

早坂さんは、大学でデザインを専攻しています。
アーティスト名は「たう汰」。
「アオイコロ」というユニットでも作品を制作して発表しています。

そのデザインの力を活用してまずつくったのが「APDマーク」。
症状があることを周囲に知らせるとともに、「口元が見える正面から、ゆっくり話をしてほしい」という対処法を知らせるものです。
取材の時も、早坂さんは、ヘルプマークと一緒にカバンにつけていました。

しかし、症状を説明する難しさは続いたと言います。そこで、ホームページをつくることにしたと言います。
「はじめはマークだけだったんですけど、そもそもAPD自体を知っている人が少ないとマークだけあっても意味がないし、マークをきっかけにもっと知りたいと思ってくれた人が簡単に見ることができるサイトがあったらいいなと思って作りました。説明が本当に難しいので、説明をする苦労も含めて私自身が楽になりたいというのと、自分と同じように症状に悩んでいる人の助けにもなればと思って、初めてではあったんですがホームページをつくりました。このサイトが当事者、周囲の人いずれにも助けになれば嬉しいです」


“聞き取りにくいは自信喪失につながる”

今回取材では、当事者会に参加する3人の方にもAPDでの悩みを伺いました。
30代で症状に気がついたといういっせーさんは、「似た単語の違いが聞き取りにくい」と教えてくれました。

私は当時、天ぷら屋で働いていたのですが、「うにの天ぷら」と「ぶりの天ぷら」が、「ういの天ぷら」と聞き取ってしまうことがものすごく多かったんです。あまりに間違いが多いことから、話を聞いていない人とされてしまい、自信を失ってしまいました。こうした経験から、今では自己紹介の時に「聞き取りが苦手なので、聞き返すことが多いと思いますがよろしくお願いします」と伝えることにしています

大学生のちひろさんは、学校生活での難しさを強調します。

高校時代に多かったのですが、休み時間はざわざわしていますよね。そうした環境で、教室の入り口付近で教師が「次の授業は●●教室だよ」と声を上げているんですが、わたしには聞き取ることができなかったんです。なぜ自分だけ聞こえないのかと、ひたすら自己嫌悪でした。気を付けて聞こうとしても聞き取れないのは辛いものです

さらにコロナ禍は新たな悩みもうみました。
ファンファンさんは仕事を変えることになりました。

マスクやビニールカーテンが当たり前になりましたが、私たちはただでさえ聞き取りが困難なのに、マスクなどがあるとさらにミスが増えてしまうようになりました。飲食店だったのですが、営業が再開した時に「ほかにお願いできる仕事が思いつかないから」と今後について考えた方がいいのではないかと言われてしまい、仕事を辞めることになりました

対処法は様々ありますが、早坂さんのホームページには7つの方法が掲載されています。

【誰にでもすぐにできる対応方法の例】
①静かな場所で話す
②口元が見えるように話す
③一対一で話す
④文字で伝える
【職場や学校での対応方法の例】
①聞き返せる関係づくり
②電話応対は別の人に
③座席を前から2番目へ

ホームページは、国際医療福祉大学の小渕千絵教授の監修を受けています。
小渕さんは、これまでに200人を超える人の相談に乗ってきました。APDについて複数の著書もあり、今も毎日、症状に悩む人からの問い合わせが寄せられていると言います。
撮影では、APD全般についてお話を伺いました。

―――日本国内にAPDの人はどの程度いると考えられているのですか?
小渕)
実は日本の中ではまだ調査が行われていません。海外の文献などを参考にすると、(APDの人は)だいたい大人と子供のうち2、3パーセントと言われています。

―――国内での調査の状況、予定を教えてください。
小渕)
日本での調査は小規模しか行われていなくて、大規模調査というのはまだ行われていません。しかし、問題に関心がある方が多数いることがわかってきていますので、どれくらいの方がAPDの症状を持っているのかを考えていくということは非常に大切なことだと思っています。来年にかけて大規模調査を行い、ニーズを確認して、支援体制を整えていきたいと思っています。

―――APD症状はどの世代に多いなど、特徴はあるんでしょうか?
小渕)
お子さんの場合は、潜在的に症状を持っていても、なかなかわからないというのが問題となっていると思っています。お子さんが問題を抱えていても本人では気がつかなかったり、わからなかったりするというのがあるので、周りの大人、もしくは教師が気がついて、医療機関につなげることで見つかることが多いのが特徴です。一方で、大人の方に関しては大学生だったり、社会人になる頃に気がつくことが多いです。それまでの義務教育では、与えられて勉強をするということが多かったと思いますが、大学生になると、自分で考えて、自ら情報をキャッチしていかなければなりません。大学生のアルバイトや社会人の場合は、ちょっとした聞き逃しのミスがそのまま仕事のミスにつながり問題になってしまいますよね。こうしたことから、20歳前後の大学生であったり、社会人になりたてという時期に症状に気がつくことが多いのが現状です。一方で、30代、40代であっても、安定していた仕事から管理職を任されて仕事の内容が変わったり、配置換えがあったりして気がつかれるという方もいらっしゃいます。共通しているのは、本人はものすごく頑張っていて、仕事もアルバイトも学業も一生懸命取り組んでいるんだけれども、ちょっとした聞き逃しが失敗につながって、自信を喪失している方がすごく多くいらっしゃると感じています。

―――どのように対処すればいいのでしょうか?
小渕)
対処法に関してですが、APD症状を持った方にはだいたい4つくらいの対応があると言われています。一つ目は環境調整というもので、その方の周りの環境を調整すること。学校や職場も含めて。二つ目は、本人自身が「補聴器」などのツールを利用する。三つめはトレーニングをしてみる。そして、四つ目は心理的な問題を抱えている方もいると思うので、カウンセリング対応、心理的な対応をしていく。これらが代表的な4つの対応です。どの対応がその人にあうかは、その人の状態によります。個人の状況を見極めて、方法を組み合わせることで、できるだけ症状が軽減するようにしているというのが現状になります。

―――まだ、治療法が確立されているわけではないんですね?
小渕)
そうですね。決まった治療法が確立されていません。これまでにある手段をうまく組み合わせつつ、その方に有用な方法を探している状況です。

―――そもそも、APDの診断方法はどのようなものなのでしょうか?
小渕)
明確な診断基準がないのが現状です。海外の文献を見ても、聞き取りに負荷がかかるような検査をして、2つとか3つとか、検査で低下が見られればAPDとするなど、非常に曖昧さのある診断基準になっています。様々な障害との鑑別をおこなって、それが違うということがわかれば、診断になるということでもあります。そのあたりはまだ日本では確立されていません。

―――悩んでいる方はどこに助けを求めればいいでしょうか?
小渕)
日本の中で、まだ専門的な対応ができる病院は少ないので、まずはAPD症状に関する情報を探してほしいと考えています。例えば、当事者会の方たちがTwitterやオープンチャットなどを利用して情報交換をしています。そうした当事者会にアクセスをしてみて、お近くで、どこかもし診断してくださったり、評価をしてくださる方がいるようであればその人の情報をもらったり、支援方法についても共有してもらったりするのが有効だと思います。そうした窓口として、まずは当事者会のHPを見てもらうのがひとつなのかなと思っています。やはり、悩んでいる当事者ご本人が情報を多く持っていらっしゃるので、地域の情報や生活のスキルは特に参考になるのではないかなと思っています。

―――早坂雪乃さんのホームページはどうご覧になっていますか?
小渕)
とてもいいサイトだと思います。何がいいのかというと、非常にわかりやすいホームページになっていることです。いろんな方が見た時に非常に情報がとりやすい。そして、支援の仕方がわかるようになっている点がいいです。さらに、実際に身に着けることができるマークも作っていることが重要です。誰かと対話をする時に、こういう配慮が必要なんだということが見てすぐわかるマークがあるのは、とても大きいと思います。というのも、APD症状を持っている方は一見普通に話ができるんです。話ができるのに、なんで聞き取りにくいんだろうと、わかりにくい症状なんですね。本当に難聴があれば、すべてが聴き取りにくい。一方、APD症状の方は環境によっては聞き取れて、おしゃべりもできる。なので、相手の方が忘れてしまいがちなんです。そうした時に、マークなどグッズを持っていると、周りの方の気づきにつながります。配慮した会話ができるようになる。それは大いに助けになると思います。

―――APDの人たちの生きにくさを解消するためには、何が重要だと考えていますか?
小渕)
まずは正しい理解と、いろいろトライしてみる積極性でしょうか。自分を変えていく力を持つということだとも言えます。例えば、症状がある自分には合わない仕事をしている方もいます。例えば、聴き取りにくいのにテレホンアポインターの仕事をしていると、毎日がつらくなってしまい、どんなに対処をしようとしても難しいものです。そういう時は配置換えをお願いしてみる。仕事を変える勇気を持ってみるというのも一つだと思います。また、お友達との会話に困っているということであれば、その友達に伝えてみるという1歩の勇気が現状を変えていく力になるのではないかなと思っています。周りの状況がかわれば困り感は軽減されるので、そういった周りの方に働きかけてみる。自分も変わってみる。そういったことが大事なのではないかと思っています。同時に、認知を広げることも重要です。なぜこんなに会話ができるのに聞きにくいんだろうと、症状については誰でも疑問に思うものです。APD症状に悩んでいる人がいるということがわかれば、聞きにくいならゆっくり話してみるとか、静かなところで話してみるとか、理解が行動につながるのではないかなと思います。いろんな方に知っていただくことがとても大事だと思います。

なお、早坂さんが制作した「APDマーク“聞き取れない”と生きよう」というホームページは、“社会課題を解決するデザイン”という卒業課題に対して取り組んだ制作物でもあります。ホームページでは、当事者・非当事者向けのアンケートも行っています。

難しいものやかたいものを、やわらかく優しく伝えるデザインを仕事にしたい。学生生活をまもなく終える早坂さんの挑戦は、これからが本番です。

2020年11月6日

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