NHK札幌放送局

ローカルフレンズ訪ね旅 #3 厚真町へ

瀬田 宙大

2022年6月24日(金)午後6時14分 更新

地域活動をしている人を紹介したり応援したりするローカルフレンズプロジェクト。取り組みの過程で出会った人のもとを訪ね、その人の活動や地域の魅力をお伝えする「ローカルフレンズ訪ね旅」を不定期でお伝えしています。
上川町、遠別町、士幌町と上士幌町に続いて、胆振の厚真町に行ってきました。

厚真に移住「森に関わる仕事を」

胆振の厚真町は、札幌から車で1時間半ほど。新千歳空港にも近く、大都市圏ともいい距離感にある自治体です。人口はおよそ4400。面積のおよそ7割が森林で、自然豊かな地域です。

今回は、厚真町に「森に関わる仕事をしたい」と移住したグラフィックデザイナーのもとを訪ねました。

シイタケ栽培の原木の森へ

待ち合わせをしたのはハウスの中でした。

事前に許可をいただき、中に進むと森のかおりに包まれます。

それもそのはず。左を向けば…

屈強な男性が重そうな木々を積みかえています。

さらに右にも…。

その数、万を超えるといいます。いずれもしいたけ椎茸を栽培するための原木です。

驚いたのはこちら…

木が水に沈められています。

後から聞きましたが「木に”冬ですよ”と勘違いさせている」んだとか。
この作業のおかげで一年を通じて椎茸が収穫できるといいます。

さらに奥に進むと二人が作業をしていました。

農家の堀田祐美子さん(右奥)と、グラフィックデザイナーの三木奈津美さんです。さっそくこの木々の秘密を聞くと、ここも森であることを感じさせられます。

―――栽培している原木椎茸、見せてもらってもいいですか?。
堀田さん:今の時期はベストシーズンに比べると大きさはほどほどなんですが、それでも肉厚に育っています。
―――たしかに、立派ですね。そして、この空間、いい匂いですね。
堀田さん:木というか、森みたいな感じですよね。
三木さん:実際に生き物も近くに多くいて、大鷲が飛んでいたり、リスが駆けまわったり、アライグマがハウスの上を歩いていたり、フクロウもいます(上のイラストは三木さんが描いたもの/YouTubeのチャンネル「たのしいたけ」より)。

なぜ厚真に移住したのか

取材するうえで、一つの疑問がありました。

グラフィックデザイナーとして森に関わるのであれば、移住前に拠点を置いていた札幌や函館、旭川など都市部にいてもできるのではないか。

そんな疑問を率直にぶつけたところ、返ってきた答えは実にシンプルでした。

≪三木奈津美さん≫
環境問題や森林を守る現場に興味があって、何か関りを持ちたいなとずっと思っていました。ただ札幌にいると、森に行ったり、そこで働く人のもとに行ったりしてもどこかお客さんのような気持ちがしていて…。森の環境を守るためにはちゃんと理解したり、何が必要なのかを現場で考えることが必要だとおもったんです。そのためには、私も森に関わっている人たちと一緒に手を動かすところから始めてみたいと思ったのがきっかけでした。
それは都市ではできない。
森と生きる人が多いこの町だからこそできるんです。

現在37歳の三木さん。
5年生の専門学校でデザインや建築について学び、29歳からフリーランスでグラフィックデザイナーやブランディングの仕事をしてきました。

その作品は多岐にわたり、ローカルフレンズのスペシャル番組の収録でお世話になった札幌市の「大人座」の壁に描かれた鳥(上の写真)は三木さんの作品です。

さらに、同じくローカルフレンズの滞在記・西興部村編で登場した、グラスフェッドミルクのソフトクリームを紹介する動画のイラスト(下のイラストは動画より抜粋 提供ミルクデザイン株式会社/制作 fuchi.inc)も担当しました。

森そのものではないにせよ、自然を意識したこうした作品をすでに手掛けていることを知ると、もう一度疑問が原点に戻ってしまいます…。

しつこく聞くと、現状への悩みもあったことがわかりました。

≪三木奈津美さん≫
ずっと北海道でフリーランスとしてデザインや絵の仕事、ブランディングをしていたんですけど、個人事業主でできる限界みたいなものも感じはじめていたんです。
何か新たに自分で会社をつくるとしたら何をしたいかなと考えていた時に、テーマは森林や環境にしたいという思いがわいてきました。
そして、デザインだけじゃなくてちょっと違うことをやりたいとも。
ただ、「森が気になる」という入り口はあるものの、何をするか、何ができるのかは決められず、その材料もないので、まずは森を身近に感じながら生きる人と一緒に働く、暮らすというところから始めて、焦らず、答えをしっかりとだしていきたいなと考えました。

”にじみ出るデザインを”

三木さんを受け入れ、一緒に働く堀田さんにもお話を伺いました。

堀田さんは、農家の暮らしの楽しさや、そこで生産されたおいしいものをもっと多くの人に自分の手で届けたいという思いから2年前、会社を興しました。
原木椎茸の生産から販売加工を手掛ける6次化を実現する「たのしい」という会社です。

事業をより広く知ってもらうために、町の制度を活用してデザイナーを募集。現在に至ります。

≪堀田祐美子さん≫
椎茸の原木ってミズナラなんですけど、奈津美さんの描く木はちゃんとミズナラになっているんです。
それに、雰囲気で伝えたとしても私が表現したいことも的確にとらえてくれて、それは普段一緒に暮らしているからなのかなと感じていますね。

三木さんはデザインに人や経験がにじみ出るものだと考えています。

≪三木奈津美さん≫
私はどこか、伝えるっていうことをいつも疑っていて…。
伝えようとしているものって「伝えようとしているな」って感じてしまうんですよね。私はそれよりも、にじみ出てくるものに関心があるんです。
でも、自分が体感したり思っていることしかにじみ出ないので、こうして時間を一緒にさせてもらうことで見えてくることがあり、その結果、表現できるんですよね。そんな、にじみ出る何かを私も大事にしていきたいです。

人が見えるブランディングを

三木さんは堀田さんの仕事や暮らしを広く伝える仕事を主に担っています。
その一つが、椎茸のレシピだけを集めたYouTubeチャンネル「たのしいたけ」。「干しシイタケを梅干しのような存在にしたい」と話し、レパートリーを日々増やしています。

このチャンネルを運営することにした理由を三木さんはこう話しています。

≪三木奈津美さん≫
ブランディングのためのブランディングではなくて、日常のストーリーがそのままストーリーとして伝わるような伝わり方ってあると思うんですよね。
ブランディングをするうえで、私たちのようなデザイナーが入らなくても本人が続けていきたいことを続けていくのがすごく大事だと思っていて、祐美子さんがお料理がとても上手だしお好きで、”美味しいと楽しい”を届けたいと考えている方なので料理をものをすごく大事にしたいなと思ったんです。
料理であればテキストよりも映像かなと思ってチャレンジしています。

そのうえで、レシピはお客さんと生産者をつなぐツールとして存在していることが大事で、再生回数を上げることに主眼を置いていないとも明確に話していました。

絵本のような会社概要を

三木さんはいま、堀田さんからの依頼を受けて会社概要の冊子を製作しています。6月25日・26日に札幌市の商業施設に出店する際に初めてお披露目する予定です。

堀田さんから出された課題は「絵本のような会社概要」というもの。

子育て中の母親でもあり、絵本が身近にあったことに加えてこんな思いもありました。

≪堀田祐美子さん≫
奈津美さんが絵描きさんだというのが大きくて、私が彼女の絵のファンなので「見たいな」というのがありました。見た人が楽しくなるようなところや、私自身がいまとっても楽しく仕事をしていることを表現したいなと思った結果、自然とたどり着いた感じですね。

新拠点づくり
見えてきた自分なりの森との関り方

三木さんは、町が設けた厚真町協働型地域おこし協力隊という制度を活用して堀田さんの会社で働いていますが、フリーランスでの仕事の依頼や、新たに厚真町に来て始めた一般社団法人での活動にも参加しています。

この日、参加している一般社団法人「ATSUMANOKI 96」の新たなプロジェクトについても教えてくれました。

この団体はもともと胆振東部地震による土砂崩れで倒れた被災木を有効活用しようと、2年前に活動を始めた団体です。去年、一般社団法人を立ち上げました。

林業を営む中川貴之さんはその中心メンバーのひとりです。
中川さんによると、同じく団体のメンバーの親戚が所有する空き店舗を活用して、「人と森をつなぐ」活動をしていきたいと考えています。

≪中川貴之さん≫
林業、製材、加工、ものづくり、あと環境教育をやっている仲間がいるんですが、その人たちが発信したり、体験を提供したりする拠点にしたいと思っているんです。

完成は2年後の予定で、ことし秋にはクラウドファンディングも計画しています。

「森と関わる仕事をしたい」と厚真町に移住した三木さんについて、中川さんはこう表現します。

≪中川貴之さん≫
彼女はね、森と森じゃない人をつなぐんですよ。
林業や森林に興味がありながらも、ほかの世界でもちゃんと生きているし、つながっているので。
僕たちの活動は、林業の枠の中だけでとどまるんじゃなくて、外に発信していく、興味がある人に関わってもらうことが重要だと思っているんです。
その時にはデザインやコンテンツをつくっていくことも重要になりますが、それを仕事として発注するよりも、関心がある人が仲間に入って一緒にやってくれるというのは大きいですね。

三木さんは、クラウドファンディングに向けてメンバーらと意見交換を行いながらイメージを膨らませています。現状のイメージについて聞くとこんな声が返ってきました。

≪三木奈津美さん≫
厚真の木を厚真産の木96パーセントでつくりたいねって話しています。残りの4パーセントはどうするんだ!という課題はありますが(笑)
いずれは、私のように林業家にはならないかもしれないけど、でも何か、森だったり森林だったりに携わりたいと思っている人がその入り口になるような場所になったらいいなと思っています。どういう形でという具体的な話は、これからいろんな人たちの話を聞きながら考えていきたいなと思っています。
メンバーのひとり丹羽智大さんは「ワンダーランド」にしたいと話していて、いろんな人が集まることを期待しています。
ちゃんと彼らの思いをくみ取り、理解したうえで、私が持っているスキル・デザインなどを通じて森と人をつなげていきたいと思っています。

取材後記:ムーミン谷?!な厚真

三木さんが厚真町に移住できた一因には、町が地域おこし協力隊の制度を細分化して運用することで、利用しやすくなっていることがあると感じました。

具体的には、新規就農を目指す「農業支援員」、高校生向けの公営塾に関わる「教育魅力化支援員」、起業を目指す「ローカルベンチャースクール」。
そして、令和2年に始まった「厚真町協働型地域おこし協力隊」という4つに分かれています。

三木さんは、原木椎茸の6次化に取り組む堀田さんが「厚真町協働型地域おこし協力隊」を活用して募集したデザイナーとして移住しました。

町によると、地域おこし協力隊だけで現在およそ30人が働いています。
さらにこれだけではなく近年、町で起業する人も増えており、町で暮らす人はその変化を感じています。

堀田さんも変化を感じとっているひとりです。

≪堀田祐美子さん≫
渦というか、ちょっとした磁場みたいなものを奈津美さんたちのような若い人たちがつくってくれているような気がしますね。
私が厚真町に住み始めて11年目なんですけど、どんどんどんどん面白い人たちが面白いことをやりだして、どんどん面白い人が集まり、大きな渦になるような感じがしていて、見ていてすごく楽しいです。
町の面白さを例えるとムーミン谷のような感じが近いのかな。
全然完璧じゃない、例えば人嫌いだったり、頑固だったりして、立派な人ばかりじゃないかもしれないけど、そういう人たちの存在が許されるというか、息抜きしながら過ごせるという町になりつつあるんじゃないかなと感じています。

この堀田さんの言葉に、いまの厚真の空気が凝縮されているように感じた取材でした。

何かを成すにも、変化が見えるようになるにも時間はかかるもの。
少しずつ積み上げてきたものが形になり始めた厚真は、これからこそ楽しみでなりません。

2022年6月24日 瀬田宙大

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