NHK札幌放送局

ほっと通信(110)【瀬田宙大】

瀬田 宙大

2020年6月15日(月)午前11時05分 更新

先日、白老町民向けに国の民族共生象徴空間「ウポポイ」の内覧会が行われました。北海道アイヌ協会の加藤忠理事長は「一歩ずつ。これから先もその一歩ずつを積み重ね、充実させていきたいと思う」と話していました。これまでもそうしてきたし、今後もそうあるという静かな表明にも聞こえました。オープン時期は今後、全国の感染状況などを踏まえて政府が判断することになっています。ほっとニュース北海道ではあす、新型コロナと「ウポポイ」オープン延期に翻弄される白老町のいまをお伝えします。このブログでは、以前お伝えした秋辺デボさんのインタビューをほぼノーカットでご紹介します。

釧路市阿寒町のアイヌ秋辺デボさん。
工芸家や俳優、演出家などマルチな才能を発揮するアーティストです。デボさんは「イランカラㇷ゚テ~君に逢えてよかった~」の作詞を手がけました。昨年度までほっとニュース北海道でお伝えしていたアイヌ文化についてお伝えする「イランカラㇷ゚テ」のコーナーのテーマ曲でもある楽曲に込めた思いと、「ウポポイ」開館の年を迎えたことについて伺いました。

瀬田
きょうはよろしくおねがいします。何度も聞かれていることかもしれませんが、そもそも「イランカラㇷ゚テ~君に逢えてよかった~」はどのようにして生まれたんですか?

デボ
もうどれくらい経つんだろう。函館で「千の風」をつくった新井満さんと、美味しくお酒を飲んでいたのよ。その時にアイヌの言葉は素敵だなという話になり、その中のひとつとして「イランカラㇷ゚テ」という挨拶の言葉を披露したんだ。この言葉は「あなたの心にそっとふれさせてください」っていう思いをこめて使うんだよって言ったら、ものすごく感動してね。で、俺のこと、「デボちゃん」っていうんだ。秋辺デボってあだ名だから。「デボちゃんいつか曲にしよう」ってその時に言ったのね。それから1年くらいは忘れていたのね。

瀬田
すぐにではなく、そんなに期間があいたんですか。

デボ
そう。そしたらね、急にメールが来てさ。「そろそろ詞を書いてください」っていうの。なんのこと?って聞いたら、「イランカラㇷ゚テという曲をつくるから書いて」と言われたの。俺は詞を書くほうじゃないけど、アイヌのエピソードとか言い伝えだとか、いろんなものをヒントに書いてみたのね。だめ出しされたけど、そのなかで、言葉が残っていくのね。それに満さんが曲をつけてくれてできあがったんだ。そういう作業に3年くらいかけたんじゃないかな。何回も、何十回もやりとりしてね。

瀬田
お互いが通じ合うための入り口にもなる大切な言葉。この曲がタイトルになっているのも優しさがあって、いいですね。アイヌの人たちの精神的な部分をあらわしているというか…。

デボ
実はそこが一番こだわったところなんだよね。詞にはアイヌ、アイヌって出てこないんだけど、ひとつひとつの言葉にアイヌの基本的な考え方を反映しているつもりで書いたんですよ。例えば、川を生きているよとかね。どこでもきく言葉かもしれないけど、アイヌにとっては川というのは本当に命の源なの。サケがのぼってくるし、丸木舟を浮かべれば交通網にもなる。そして水がなければ生きていけないでしょ。アイヌ民族にとって川は、海から入ってきて、人里の横を通ってきて、奥山にいって、天に昇っていくっていう考え方。そうしたことをひとつひとつ反映した詞ではあるんですよ。…まぁ、こういうことは説明するとダサいからしないんだけどね。ひとつの曲として聞いていただければそれでもいいと思って書きました。

瀬田
たしかに、アイヌの文化を学んで自分の中で理解が深まってこの歌を聞くと、聞こえ方が違うんですよね。こういう表現が最適かはわかりませんが、文化を知れば知るほど、だんだんピースがそろってしっかり映像になって起き上がってくるというか…私はそんな印象を受けました。反響も大きかったんじゃないですか?

デボ
本当。嬉しいね。まわりからはメロディーがいいね、詞が優しいねってお話しはよく頂きました。あと、カラオケ行ったらよく歌うんだよっていう人も結構お会いしました。

瀬田
そうした声を実際に聞いてどうですか?

デボ
とってもうれしいですよ。もともと俺は歌手じゃないからこの曲ができて、新井満さんが歌っていたのね。そのCDを頂いて何度も聞いているうちに、歌が好きだから歌いたくなっちゃったんです。それで俺にも歌わせてとね。東京に行く機会があったので、スタジオにお邪魔して、趣味の範囲でいいから俺の声でとってくれって言ったら「いいよ」って。それで、一生懸命歌ったのね。そうしたら「商品化してもいいよ」って言ってくれて、こうなったんだよね。

瀬田
はじめから歌うことが決まっていたわけじゃないんですね!

デボ
とてもじゃないけど、俺の声では商品にならないかなって…歌い方もふくめてね。好きとはいってもカラオケレベルで、まさかそうなるとは俺も思っていなかったし、満さんも思っていなかったと思う。

瀬田
ご自身が書いた詞を、自らの声で伝える喜びもあったんじゃないですか?

デボ
うん。はじめは自分の記念にもなるくらいに思っていたのが、キャンペーンソングになって、カラオケにもなって、あちこちで、使っていただけるようになって、そのうち私も呼ばれて歌う機会を頂いたり…なにか世界観が変わりましたよ。1曲でこんなにもかわるものかというくらいに世界が180度、新しい人生を得た気持ちっていうんですかね。

瀬田
アイヌ文化を見つめつつ、工芸家であり、俳優であり、アーティストとして歌手としても活動をしてと、多才でらっしゃいますよね。

デボ
ちょっと違うかな。「デボちゃんは器用だよね、いろいろやるよね」って以前言われたのね。で、即座に答えたのは「いや不器用です」という一言。「アイヌしかやってません」と言ったんですよ。「ちょっとわかりにくいかもしれないんですけど、野球をイメージしてください。野球は得意。キャッチャーもやる。ピッチャーもやる。外野も内野も球拾いもやります。そういう役割だと思ってもらえればいいのかな。アイヌという言語をやっていて、アイヌ以外のことをやってない。アイヌというフィールドの中でいろんなポジションをやっているって感じが俺のイメージかな」って応えたら不器用なのねってわかってもらえたの。そんな感じですよ。

瀬田
でも、ひとつのことをつきつめたからこその世界観ではあるのかなと思うんですけど。

デボ
つきつめたつもりもないんですよ。アイヌだからアイヌのことをやっているうちにアイヌであるという背景と歴史、アイヌがもっている精神性や、自然との関わりとか優しさに触れたということ。そして、その深さに自分自身がだんだんとほれこんでいくということ。それで、やめられなくなっちゃったの。自然と掘り下げて考えていくことになっていくんだけど、毎日ご飯食べて風呂入って歯を磨くようなもんで、一生懸命やる、やらないとかいう意識ではなくて、常にそれが普通に自分にあるって感じですかね。

瀬田
そこに当たり前にあるもの。ともにあることが今につながっているということですか。なるほど。特別な何かがあるのではと考えることもちょっと違うというのは、確かにそうですね。

デボ
私のふるさとの阿寒湖温泉というところにアイヌの村があって、戦後、新しくできた目的は、観光と文化の保存。いまでも、アイヌを意識して暮らしていく村でもあるんです。そこに生まれたのが私は運が良かったなと思っています。

瀬田
ご自身にとって、アイヌであるということはどういう意味や思いがあるんでしょうか。

デボ
自分の身体であり、心であり、全身にいきわたる神経であり、環境もそうですし、生きていること自体がアイヌであることにつきるんじゃないかな。本当に子どもの頃とか、青年の頃はアイヌってどうとらえていいのか、自分自身がアイヌとして成立するのかというところはありました。だけど、いろんなことを勉強していくうちに、だんだんアイヌ化していくというとわかりやすいかもしれない。あなたであっても、世の中のどなたでも生まれた時から日本人だと自覚している人はいなくて、でも日本の文化にどっぷりつかって暮らしているから特に意識をしなくても日本人化していくでしょ。俺はたまたま北海道のアイヌの村に育ったからどっぷりとアイヌにふれてアイヌになれたけど東京にいたらそうはいかなかっただろうなと今振り返って思っているんです。意識するところと、無意識で吸収するところとがあってアイヌとしての自分が確立された印象だね。

瀬田
ご自身の中に蓄積され、醸成された感覚が「イランカラㇷ゚テ」という歌に込められている。ひとりのアイヌの人を通して発せられた世界のひとつの形ということなんでしょうかね。

デボ
そうですね。それがもしかしたらよく表れているのが「君に逢えてよかった きょうはいい日だ」という歌詞。「きょう」とする人はいないって言われたんです。普通は未来に向けて明日がよくなるように、未来がよくなるようにっていう歌詞はあるが、きょう一日がよかったねとするアイヌの感覚ってすごいですねって。当たり前で、そんなこと考えたことがなかったんだけど、言われてみると一日が終わると「あぁきょう生きててよかった。何もなくてよかった」と思っている。それに「あなたに逢えてよかった」と言われるととっても幸せでしょ。そんなことに50歳を過ぎて気がつくことができて、そういう思いを詞に反映したんです。

瀬田
感謝を忘れないというのはアイヌの人たちの心、そのものだなと思いますね。

デボ
自分がという以上に、先祖から教えて頂いた哲学。感謝して生きなさいということ。俺もなるべくそうなれるように、自分がそうありたいという思いも込めてるんですよね。

瀬田
「ウポポイ」の開業も控えています。この歌も含めて、アイヌの人たち、アイヌという生き方、文化への理解に何か変化を覚えるようになりましたか?

デボ
この10年、あるいは15年で変わったなという印象を持っています。15年前にアイヌの歌を出してどうだっただろうか…。きっと色眼鏡で見られていたと思う。でもいまは道民の皆さん、ものすごく視線があたたかくなってきているし、理解してくれる人が増えてきたな、理解も深まってきているんだなと感じますね。そして最近だと法律もできたじゃないですか。10年前には想像もできなかったことです。法律ができたことで、日本という国も、日本に暮らす人々が世界に誇れる先住民に対する感性を持っているんだということを示したことでもあるのかなと俺は思っています。それをこれからもみんなで大事にしていく、話し合いながら相互をより理解していくということが続けばいいなって思っています。

瀬田
一緒につくっていく、共生社会、共生時代。法律もできて迎えた2020年をどうとらえているんですか。

デボ
法律ができた翌年に、民族共生象徴空間「ウポポイ」ができてスタートすることは本当に意義深いことだと思っています。それと同時に、アイヌに関する法律を、政府、国がつくったものの、アイヌのことをよく知らない日本の人にとってはクエスチョンマークがたくさんあると思うの。どうして法律まで必要なんですかって。その説明責任を国が果たすための第一弾が「ウポボイ」だと私は思っているんです。だから国立博物館といっていますけど、博物館の中身と歴史的なこと、この150年なら150年、さらにその前になにが起きたのかということを国民に理解してもらえれば、この法律の意味や、国側の姿勢がよくみえてくると思う。同時に、私たちアイヌが、このようにして生きています、生活をしています、考えを、感性を、文化をもっていますということをもっと深く、広く、理解していただく最初のきっかけでもあると思っています。当然、それを伝えていく責任もあると思います。日本で暮らす皆さんにも、そのあたりに思いを巡らせていただければと思っています。2020年は重い責任の年です。

瀬田
お話を伺うまでは「期待」というニュアンスでお話されるのかと思っていましたが、「責任」が強いんですね。

デボ
国が先住民族のための法律をつくるってことは大変なことですよ。極端な言い方をすれば、日本人のほとんどの人はよく理解ができないと思うんです。わたしたちアイヌも、政府と一緒になって、ちゃんと国民に理由を説明せにゃいかん。お金もかかっていますしね。維持していくということではこれからもかかります。なぜアイヌにだけそういった法律が必要なのか。博物館が必要だったのか。理解されないと、また新しい差別を生むんですよ。誤解が差別を生みますから。だから、ちゃんと説明をする必要があるんです。私はそう捉えています。

瀬田
実際に「ウポポイ」まで訪ねてくれた人には、どんなことを意識してみてもらいたいと思っていますか?

デボ
同じ土地、空間で暮らしている。すぐ隣にいる人。それがアイヌにとっての日本人なんです。この決して広くはない日本列島にも、いろんな民族がいる。どういう風に接点をもつのか。どのように理解するかっていうことは、実は海外に行かなくても異文化に触れられるんですよね。そのことも含めて「ウポポイ」はみなさんがそれに気がつく大きなきっかけ、何かが変わる一歩目になることを期待したいと思っています。

瀬田
多文化。その文化に触れる、知ることから意識は変わるということですね。

デボ
ただ、ひとつ気をつけておかないといけないのは異文化なんだけど、日本の文化と関わりがないかというと、そうではない。底辺、根底のところではつながっていると思うんですね。ただ細かく見ていくと、違うところもあれば同じ所もある。どこか隔離された場所でアイヌ文化が生まれて育ったわけではない。人類の文化と互いに影響しあってできあがっていったものだと思うので、そのあたりも含めてアイヌ文化を共有したいなっていうのがありますね。幸い、これまではアイヌであることを表に出さなかった人も声を上げるようになってきているんですね。少し自分がアイヌを意識したきっかけを言いたいんだけど、正直にいうと小学校、中学校時代、いまでいう差別とかいじめがあったんですよ。受ける俺は、なんで?って思うじゃない。そのなんでがきっかけでアイヌのことを知りたくなって、勉強をはじめる。すると、アイヌってこうなんだ、俺ってアイヌなんだという具合。きっかけとしてはあまり、嬉しくないかな。実はアイヌがアイヌに目覚めるきっかけがいじめだったり、差別だったりというのは俺だけではなかったんですよ。でも、最近は違う。アイヌってかっこいいよね、すてきだよね、っていうのがきっかけになって「私もアイヌになる」「俺のルーツは実は、アイヌにもあったんだ」「俺もアイヌとして生きたい」など、非常に前向きな形になったの。その違いが大きいなって思って。そして、うれしいですね。いじめってだめですね…。だって、その時に受けた印象や感情を自分の中で修正するのは大変だったんだ。でも、いまの子は、くったくなく明るくアイヌに近づいてくる。それがいいね。

瀬田
本当はそれが本来の姿なんですけどね…。

デボ
そうなんですよね。150年…日本社会もアイヌもどっか調子狂っちゃうよね。それが少しずつよくなってきているなって気がしています。

瀬田
2020年が、考え方の分岐点になるといいですね。

デボ
俺、20代の時から大切にしている自分だけのキャッチコピーがあって、それは「ふつうのアイヌになりたい」。普通のアイヌってどういうアイヌっていうと、アイヌ文化を知っていて、アイヌ語を話せて、アイヌのように生きていく。それができない世の中なら、普通じゃない。だからおれ、普通のアイヌになりたいってずっと言っていたんです。まぁ、昔はなかった、歌手とか舞台とか映画とかをやっているから、その意味では、なにか特別なアイヌになりそうだけどね。それはそれで、特別なことではなく、ふつうのアイヌ。ね。俺の時代よりはよくなってきてる。まだまだ変わらなきゃいけないことはあるけど、確実に進んできたよ。

瀬田
この先、どうしていきましょうか?

デボ
普通になることが、どういうことをもたらすか。アイヌの魅力、アイヌのもっている精神性が、日本社会や世界のために役立っていくことが俺にとっての夢ですね。アイヌが居てくれてよかったよね。アイヌ文化が残ってくれてよかったよね。伝えてくれてよかったということまでいけたら、アイヌ民族がアイヌとして生きることが社会に貢献できたということですね。貢献しないと、差別もなくならないと思っているんですよ。差別がなくなることが目的ではないんだけど、お互いが楽しく、平和に暮らせる世の中になればいいなって。アイヌが大切にしてきたことが役に立てば、あと何年生きるのかはわからないけど、アイヌとして生まれたことを胸に安心して死ねますね。

瀬田
アイヌとして普通に生きる。そこに尽きるんですね。

デボ
伝承とか大きなことで考える前に、俺は俺がやれること、やりたいことをちゃんとやる。結果、それが伝わるのか、伝わらないのか。そういうこと。アイヌを伝えていきたいということをよく聞くんだけど、目的が伝えることになってしまうといけない。伝えることを先に置くときっと変になっちゃうんだよ。俺はあくまで、アイヌとして表現を精一杯していく。ただそれをしっかりやること。結果、何かが伝われば嬉しいよね。

自らの発した言葉には「責任」をもっている―。
そう強く語るデボさんは、ひとつひとつの言葉を丁寧に選び、時に熱く、時に冷静に言葉を発する姿が印象に残りました。みなさんの心には何が残ったでしょうか。
デボさん、ありがとうございました。

それでは、また\| ・vvvv ・ |/

(2020年6月15日)

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