NHK札幌放送局

酪農家の思いも届けたい 東京と北海道をつなぐ販売店の挑戦

瀬田 宙大

2022年8月5日(金)午後6時07分 更新

東京・吉祥寺。
文化が薫るこの街に、全国の酪農家の思いを消費者に届けたいと新たな店ができました。100年の歴史がある牛乳販売店が始めたもので、放牧やエサにこだわりをもつ全国の酪農家の牛乳=クラフトミルクを専門に扱っています。
店主らは北海道をはじめ全国50を超える牧場を訪問して見聞きした酪農家の思いを直接伝えながら、牛乳を一杯一杯、丁寧に販売しています。
どのような思いで店をつくったのでしょうか。

東京の牛乳専門店の取材
きっかけは1通のメッセージ

ある朝、知り合いからこのようなメッセージが入りました。

せたさん、さきほど西興部の山田さんからご連絡いただきました

この山田さんというのは、地域にディープな人脈を持つ人=ローカルフレンズが暮らす街にディレクターが一か月住み込み、地域の知られざる宝を紹介するプロジェクト番組「ローカルフレンズ滞在記」という番組の西興部村編に登場した方です。
山田さんは村に移住して、西興部の牧場で作られた牛乳を使った製品づくりに取り組んでいて、第1弾としてソフトクリームを、第2弾として5月頃「牛乳」を販売し始めました。詳しくは関連記事をご覧ください。

≪関連記事≫
▷絵画のように美しい村
▷西興部村の夢追い人

冒頭のメッセージに戻ります。

「山田さんから連絡を受けた」と私に連絡をくれたのは、今回の取材先のひとつ吉祥寺のクラフトミルク専門店の副店主 木村充慶さんです。

木村さんは、広告代理店に勤めながら、企業間の人材交流研修で2018年、NHK「おはよう日本」のディレクターとしても半年ほど働いていました。

木村さんとの出会いはその2018年。
胆振東部地震の直後のことでした。
当時、札幌をはじめ北海道各地の観光復興の在り方を探ろうとディレクターとして来札。その際、私が知る当時の被災地域の空気を伝えたのが最初でした。

その後、広告会社に戻ってからも復興や減災に力を注いだ木村さん。
NHKでの経験も活かし、一般社団法人FUKKO DESIGNの立ち上げにも携わります。この法人では、イラストを駆使して災害の兆候や注意点、避難の方法などを伝える取り組みを行っています。
災害から人命と財産を守ることを使命とするNHKとも接点が多く、私も定期的に連絡をとったり、木村さんの活動をウォッチしていました。

すると、ある時から木村さんの活動に異変が…!?

父親と〇〇牧場に来ています!

喜茂別町 タカラ牧場

2年ほど前からでしょうか。
父親と一緒に全国各地の牧場を巡りはじめたのです。

別海町 近津牧場
中標津町 吉塚牧場
中川町 丸藤牧場
清水町 出田牧場

北海道各地をはじめ、巡った数は全国50を超えるといいます。

そして、クラウドファンディングなども活用し、ことし6月、クラフトミルク専門店を開業させました。

この店で目指すものとはどのようなものなのか。
先のメッセージをきっかけにやり取りを続け、その時に聞いた答えが、今回取材をすることにした決め手でした。

≪木村充慶さん≫
実は子ども時代は牛乳が苦手でした。
それを変えたのが、旭川にある斉藤牧場。本を読んで感動し、父親と牧場に行ったらものすごくきれいな景色にまた感動しました。
人が手間をかける酪農というよりは、牛や自然の力を生かして運営することに心を打たれ、少しですが手伝わせていただいたあと牛乳を飲ませてもらったんです。すると、飲めたんです。不思議と。おいしいと。これが放牧牛乳と出会った瞬間でした。
そう思えたのはこの景色や、理念にも触れたことがありました。
自分と同じような体験を多くの人に届けたい。酪農家こだわりの味を多くの人に届けたいと思ったんです。

牛乳をただ売るのではなく、牧場の景色や酪農家の思いを伝えたい。

その思いで働く木村さんのような存在は、酪農王国・北海道からすると消費者と生産者・生産地をつなぐ心強い味方だと感じました。

酪農家のこだわりを届けたい

木村さんはお客さんとの会話を大切にしています。

「牧場ごとに育て方も味も違い、それが牧場主のこだわりそのもの。それをしっかり感じてほしい」と話し、お客さんとの会話を大切にしています。

取り扱う牛乳は3種類~4種類。
一か月ごとにラインナップを変えることで、様々な酪農家のこだわりを言葉で伝えています。

その様子を皆さんにも味わってほしいので、撮影をした7月17日のラインナップをお客さんに向けて説明する木村さんの言葉を文字にしてみました。

≪木村充慶さん≫
今週は4つのうち、3つがジャージー。甘みがあって脂肪があります。全部放牧なのでサラッとはしているんですが、中でも特徴があるのは熊本の玉名さん。ここは草しか食べていません。実は牛って建物の中で首輪につながれて飼われているところが多いんですけど、玉名さんはそういうことをしないで牛は365日外にいて、結構”野生感”があって、味的にも草っぽかったりとか、チーズっぽいっていう牛乳です。残る2つは比較的軽やか。すごくきれいなところで少数で飼っていて、キャラメルっぽい感じかな。そして、十勝の菊地ファームさんは牛にストレスをかけないことを大切にしていて、放牧もするんですけど、休みたい牛は自由に休めるようにしているんです。ストレスがない分、きれいな味というか、ジャージーと比べるとさらっとしているんですけど、でもしっかり甘みがあるんです。品種としてはブラウンスイスといって、スイスとかでチーズをつくる時に使う品種なんですけど、それを特別に搾ってもらっているのでレア度でいったら高く、なかなか飲めません。ごめんなさい。たくさんしゃべっちゃいましたけど、そんな感じです。どうします?

後ろで聞いていて「へぇ~」が止まりませんでした。

こうした説明を聞いたうえで牛乳を飲んだお客さんは…。

ストレスフリーで育てられている話は面白かった。
変な臭みもないし、色も白くない。いま教えてもらったけど、夏だと黄色みがあるというのは知りませんでした。
牛乳って小さい頃から飲んでいるのに知らないことばっかりで、味も全然違うし、おいしくて、甘くて、飲むことができてよかったです。
普段買うところだと選択肢も限られますし、牛に負荷をかけないようにしている牛乳があるという話が興味深かったです。放牧中心に育てた牛乳があることも初めて知りました。何も知らずに飲むよりも、バックグラウンドを聞けるとより楽しめるものですね。
(ゴクゴクゴク)

大人の言葉にはそれぞれ納得感が。
そして、カップを離さず、飲み切ってしまう子どもの姿には言葉を超える説得力がありました。

言葉を尽くして思いを届けるのは、酪農家を応援したいという思いからだと語る木村さん。

そんな思いを表すものがもうひとつ店先にあります…!

自動販売機です。

よく見る飲み物の中に、牛のイラストが描かれたポップと「放牧牛乳」の文字が。なぜ自販機でも牛乳を販売するのか―その理由を尋ねるとこんな答えが返ってきました。

≪木村充慶さん≫
祖父の代から牛乳を販売しているのですが、実は父親は自動販売機の仕事もしていました。ミルクスタンドをはじめるにあたり事業は整理しましたが、店先の1台は今も管理しています。お店自体は週末のみの営業なので、酪農家を応援する意味でも常に牛乳が販売できる仕掛けとして残しました。
≪木村充慶さん≫
この自動販売機でいずれ牛乳も販売したいと思っていたところ、ある牧場の方が手を挙げてくれたんです。それが、十勝・広尾町の菊地ファームさん。これまでも牛乳の価値をもっと伝えたいんだと、いろんなところで牛乳やアイスクリームを販売されていました。
縁があって、自動販売機での販売・第1号としてご協力いただくことになりました。どの牧場の方も魅力的ですが、菊地さんはその中でもチャレンジ精神のかたまりのような方で、バイタリティーがすごいですね。

”チャレンジ精神のかたまり”
牛の自由を大切にする菊地ファーム

東京の木村さんの紹介で向かった広尾町の菊地ファーム。
札幌を拠点に取材活動をする私が、東京の人から紹介を受けて北海道を取材する不思議な構図ですが、実はこういうことも度々あります。

菊地ファームについてはこちらの記事にも詳しく書いていますが、改めて基本情報を。

2009年に広尾町で新規就農。
酪農や牛乳をもっと身近に感じてほしいと、放牧地が見える場所に加工施設を備えたカフェを開業。カフェは先日4周年を迎えました。

牧場主の菊地亮太さんがテーマに掲げるのは「牛の自由」。
その意味を、放牧場で詳しく伺いました。

≪菊地亮太さん≫
放牧の特徴としては、放牧地と牛舎の間のゲートを閉めないこと。
このことで、放牧地と牛舎の行き来を自由にしています。
そのため、牛舎の中に残っている牛もいますし、放牧地にも多くの牛がいる。どこでどう過ごして、何を食べるか。それを牛が選べるようにしているということです。
これは僕が考えたわけではなく、同じ広尾町内にいる先輩がこの方法を採用していて、僕は学生の時にその牧場でお話を聞いた時に感銘を受けたので、僕も同じ方法をとっています。

この方法は酪農家の仕事を増やすことにもなりますが、およそ100頭の乳牛すべてに名前をつけて家族のように一緒に暮らすのが菊地ファームのステキなところです。

搾った生乳の多くはJAに出荷しますが、一部は牧場の施設で加工して、ジェラートやソフトクリーム、牛乳として自ら販売しています。

カフェはつい先日4周年を迎えましたが、この3年はコロナ禍と重なったことで思うような営業や発信ができず、もどかしさもあったと話していました。
それでも、インターネット販売を始めたり、チャンスがあれば催事にでかけたりと、独自にこだわりの味を届ける努力を重ねていました。

その加工・販売を担うのは妻の亜希さん。
クラフトミルク専門店の木村さんとの出会いは去年の暮れのこと。付き合いは決して長くはありませんが、活動がより大きくなるきっかけであり、同志だと話しています。

≪菊地亜希さん≫
急に電話がかかってきて「行っていいですか?」って。面識もなかったので最初は驚きました(笑)
ただ話をしていくうちに、こんなに気が合う人がいたのか!と思うほど、考えていることが一緒で、気がついたらこのような形になっていました。
菊地ファームとしては、「ただ商品が置かれている」というような販売は可能な限りしたくなくて、酪農家の思いも一緒にお伝えできる形で牛乳を届けたいと思っていたんです。その点、木村さんはそれをしようとしておられる。
さらに、一つの牧場の味を伝えるのではなく、全国各地の多様な酪農家の牛乳を扱っておられて、それぞれのこだわりを伝えていこうとしている点にも共感しました。酪農家にとって同志というか、同じ目標に向かって一緒に走ってくれる人だと感じています。

爆誕!コーヒー牛乳
販売店がつないだ縁

7月16日。
三連休の初日、菊地さんは吉祥寺の中道通りにいました。

クラフトミルク専門店の紹介で知り合ったコーヒー専門店の代表と三社共同で開発したコーヒー牛乳の初めての販売のためです。

コーヒー牛乳の原材料は極めてシンプル。

生乳(十勝産)・コーヒー抽出液

以上!!
砂糖はいっさい使わず、コーヒーの風味と牛乳が持つうまみだけで味を調えています。

レシピを考えたのは吉祥寺や下北沢に店舗や焙煎所を構えるコーヒー店「LIGHT UP COFFEE」の代表・川野優馬さんです。

川野さん(写真右)は牛乳好きで、木村さんと一緒に菊地さんの牧場を訪問。その際に、菊地さんの理念に感銘を受け、製品づくりが始まりました。

この日、販売を手伝おうと訪れた川野さんに、その思いを伺いました。

≪川野優馬さん≫
普段はコーヒーを専門に扱っているんですが、実は、コーヒーの生産者の方にお会いするチャンスってそんなに多くないんです。そうした中、実際に牧場にお邪魔して、生産者さんってやっぱりすごいなと感じました。
そして牛乳も人生で飲んだ中で圧倒的にうまいと思ったんです。最初に飲んだ時の衝撃は本当にすごくて…。興味をもっていろいろお話を伺うと、牛にストレスをかけないとか製品をお客さんにちゃんと届けたいと話されていて、大変感銘を受けました。
その牛乳の味を最大限に生かして、コーヒーがいい具合で混ざり合うコーヒー牛乳にしたいと思いレシピを考案しました。
原材料がシンプルな分、ベストポイントはとっても狭く、ピンポイント!少しでも狙いが外れてしまうとピンボケになってしまう。
牛乳やコーヒーが好きな人はもちろんですが、苦手意識を持っている人にも楽しんでもらえるような味をつくりたいと高い目標を掲げて一緒に挑戦しました。今回は試作第1号ですが、かなりいい線いっていると思います。

菊地さんの牧場の牛乳は季節によって味が変わります。
コーヒー豆も常に同じものを使えるわけではないので、その都度、牛乳の特徴に合わせたレシピを考える必要があります。当面は特別販売という形で提供しますが、いずれは定期的に販売できるようにしたいと話していました。

その試作販売の初回。
この日、購入したお客さんの反応は上々でした!

めちゃくちゃクリーミーで美味しかったです。砂糖が入っていないのにこんなに甘みがあるんですね。この牛乳の味はどこからくるのか。どうやったらこんな牛乳ができるのか、興味がわきました。
実は牛乳はあまり好きではないんです。でも、このコーヒー牛乳の牛乳はおいしいです。牛乳臭さというか、苦手な部分が一切なく、牛乳のおいしさ、甘い部分だけが残っている感じで美味しいです。

ひとりでも多くの人に牛乳のおいしさを伝えたい

「牛乳はあまり飲まない」という人がコーヒー牛乳を飲み切る様子を目の当たりにした菊地さん。しっかりと評価を受けたことで表情はやわらぎ、手ごたえを感じていました。

≪菊地亜希さん≫
苦手だと思っている方の意識を変えるのはとっても大変だと思います。でも、木村さんもそうですが、何かきっかけがあったら「あれ、美味しい」と気持ちが変わることがあると思っています。実は、私自身も牛と過ごす時間が増えて、苦手だった牛乳が飲めるようになり、好きになりました。
そういう意味で実際に牧場に来ていただくのもひとつですし、こうしたコーヒー牛乳のような製品も意識の変化のきっかけになると思っています。
これからも、新たにできたご縁を大切に、牧場でも製品でもさまざまなフックをつくり、多くの人の人生に酪農家として関わっていきたいです。

一方、コーヒー牛乳開発のきっかけをつくった木村さんは、消費者に近い立場としてできることを積み上げ、牛乳の本質的な魅力をもっと伝えていきたいと考えていました。

≪木村充慶さん≫
最終的には牧場に行ってみようと思う、そんな心の動線をつくれたらいいなと思っています。将来的にはツアーをつくってお客さんと一緒に牧場にお邪魔するというような方法もあるかもしれません。
それぐらい、酪農家も牛乳も多様性があり、本当に面白いんですよね。
マーケットとしても大きく、全国各地でこだわりを持って牛乳を生産されている方はたくさんおられるので、私自身も酪農家の方ともっともっと出会う機会をつくり、少しずつでも、お客様にその魅力を伝えていく仕事をしていきたいです。

酪農家とコーヒー販売店代表が共鳴して生まれたコーヒー牛乳。
販売店が間に入り、人と人をつないだからこそ誕生しました。
こうした化学反応が複数、全国各地で起きると、何かが変わるかもしれません。

現に、複数の牧場を訪ねなければこれまで得られなかった経験を、東京の一つのお店で得られるようになりました。新たな共鳴が生まれるのも近いかもしれませんね。いずれにせよ、この先、どのような広がりが生まれるのか。

今後が楽しみになる取材でした。
東京に行った際には皆さんもぜひ足を運んでみてください。

関連記事:広尾町を集中特集!

2022年8月5日 瀬田宙大

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