NHK札幌放送局

”家族”への感謝をこめて:栗山町 菅野義樹さん

瀬田 宙大

2022年2月28日(月)午後3時18分 更新

こちらをじっと見つめるのは初めての出産を終え、子育てをする母牛です。
栗山町の和牛繁殖農家・菅野義樹さんの牛舎で撮影しました。
菅野さんは、福島県飯舘村で16代続く農家の16代目。父親の義人さんはいまも飯舘村で仕事を続けています。
震災から10年以上が経過していま思うこと。そして、北海道で暮らしながら何を実現しようとしているのか。菅野義樹さんにお話を伺いました。

菅野牧園(栗山町御園)

菅野さんが栗山町で就農したのは2014年。
東日本大震災後、茨城県を経て、大学時代を過ごした北海道へ移住。長沼町での研修の後、栗山町に移りました。

牛舎は農業用ハウスを活用。
およそ70頭が生き生きと暮らしています。
コストを抑える意味で選択した牛舎ですが、菅野さんは「牛も人と一緒でビタミンD3を日光で合成するので、子牛も身体が強くなると感じています。この明るい牛舎も気に入っています」と話していました。

18年 レストラン開業

小高い丘の上にある菅野さんの牛舎。
すぐそばでファームレストランも開業しました。

レストラン営業は春から秋のみ。
木曜・金曜を中心に週2~3日ほどです。
牛の世話と子育てに無理がない範囲でお客さんを迎えています。

店舗は一面、大きな窓に。
四季折々の景色が楽しめます。
天気がいい日には樽前山と風不死岳も望むことができるといいます。

菅野さんはこの景色を「ギフト」と呼んでいました。

≪菅野義樹さん≫
僕たちも住んでいて全く飽きない景色なんです。自然からのギフトだと思っていて、日々感謝しながら暮らしています。農村空間は本来、農業生産物をつくるだけではなくて、子どもたちの食育の場所であったり、地域の人たちがゆっくりと過ごしたりする「余暇空間」としても大切な場所だと感じています。この景色もごちそうだと思って、ここでファームレストランを営んでいます。

感謝をこめて

菅野さんと話をしていると”感謝”という言葉がよく聞かれます。
地域やそこで生きる人たちへの感謝。
ふるさとや支えてくれた人たちへの感謝。
そして、”家族”として一緒に暮らす母牛への感謝などです。

レストランで提供するのは地元空知の食材と、自家産牛のハンバーグやローストビーフなどです。使う肉は経産牛と呼ばれる母牛です。

母牛は1年に1回出産し、10年あまり一緒に生活をします。
繁殖農家にとって母牛は大切な家族。
その感謝を示したいという思いが、レストラン開業の原点でした。

この思いは、東日本大震災以前、飯舘村で父親と一緒に働いていた当時から持っていたといいます。

≪菅野義樹さん≫
福島時代も経産牛の加工品を販売していました。味が濃くヘルシーな赤身肉なんですが、火入れが難しく、加工品の販売だけではお客様に最後の調理をお任せするので必ずしもベストな状態で召し上がって頂けていないのではないかと感じていました。それを解消するためにもレストランを開きたいと思っていたんです。感謝の思いを、家族だけではなくお客様や、地域のみなさんと共有したいという思いを、栗山町で少しずつ実現しています。

去年は、新型コロナの感染状況が落ちついてきたら牛の飼育が忙しくなり、結果としてレストラン営業はできませんでした。

状況を見ながら、ことしは営業したいと家族で話しているといいます。

≪菅野義樹さん≫
コロナ前のように牧場に来ていただいて、農村の美しい景色を見ながらランチを味わい、少しでもリラックスしていただけるような場所にまたなれたらと思っています。
去年、レストラン営業こそできませんでしたが、実は牧場でキャンプやテントサウナを楽しむイベントを知人と一緒に試してみました。参加者から好評だったので、ことしはそんな特別な体験も提供できたらいいなと考えています。

菅野さんのレストランについては3月1日(火)18:10~のほっとニュース北海道内「ほっとニュース道央いぶりDAYひだか」で放送予定です。

取材後記
ふたつの地域で、土と風の人として生きる決意

東日本大震災が起きるまでは地域に根付き、ふるさとで生きる”土の人”だった菅野さん。ことしから、新たに飯舘の村づくり委員を担うことになったと教えてくださいました。

ことし夏には、飯舘の子どもたちを栗山町に招く計画を立てていました。10年余りを経て”風の人”としてふるさとに関わる喜びを語っているのが印象的でした。

飯舘を離れることになったきっかけは肯定できない。
しかし、離れていてもできることはある―。

多くの人の助けを受けながら、生き方を考えて考えて、考え抜いた末、長い時間をかけて現在はそう思えるようになったと話していました。

そんなお話を聞きながら、菅野さんの目標も見えてきました。
それは、およそ600キロ離れた飯舘村と栗山町の心をつなぎ、それぞれに新しい風を起こすこと。

二つの故郷をもつことになった現実の中、人や土地との関わりを大切にしながら今を丁寧に生きているからこそたどり着いた思いなのではないかなと感じました。

「までいライフ」そのものとも言えるかもしれません。

「までい」は、丁寧にや、手間暇を惜しまず、心をこめてなどの意味をもつ福島の言葉です。菅野さんは「ないもの探しをするのではなく、目の前にあるものをちゃんと見つめることで見えるようになるものがあるんですよ」とも教えてくれました。

人が豊かに暮らすために大切なことは何か・・・。
家族や故郷を頭に思い浮かべながら、深く考えさせられる時間でした。

みなさんも現地を訪れた際には、ぜひ、菅野さんご家族が大切にしているものを感じてみてください。

NHK札幌拠点放送局アナウンサー 瀬田宙大
2022年2月28日

ほっとニュース北海道≪超ローカル宣言≫
平日午後6時10分~NHK総合(3ch)で放送

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