NHK札幌放送局

明治41年に『網走まで』行くならば【関根太朗】

関根 太朗

2019年11月25日(月)午前11時21分 更新

こんにちは。関根太朗です。
札幌は雪の降る日が増えてきました。また、路面が凍結して滑りやすくなってきました。最近、道産子の友人に「横断歩道の白線はよく滑るよ。あと、小さな歩幅で歩いた方がいいよ」とアドバイスをもらいました。それ以来、横断歩道では絶対に白線を踏まないと心に決めてヨチヨチ歩いている39歳です。それでも、今シーズン、早くも2回、派手に滑りました。道民の皆さまは冬道に慣れていらっしゃると思いますが、凍結した路面には十分お気を付けください。

さて、今回のブログも「北の文芸館」について書きます。番組の制作にあたり志賀直哉の小説を読み返しています。志賀直哉といえば、「小説の神様」とも呼ばれる白樺派の重鎮のひとり。今年度の北の文芸館では、『網走まで』を取り上げます。この短編小説は明治41年に執筆され、明治43年に雑誌「白樺」の創刊号に発表されました。簡単にあらすじをご紹介します。主人公の男は、上野から青森行きの汽車に乗ります。その汽車の中で「網走まで行く」という女と出会います。女は男の子と赤ん坊を連れています。どんな事情を抱えているのか。揺れる汽車の中で、男は想像をさまざま膨らませていくといった物語です。

網走といえば、網走監獄をイメージする方も多いかもしれません。「一度入ったら二度と出られない」と言われた網走監獄は、明治23年に、「釧路監獄署 網走囚徒外役所」として誕生しています。博物館 網走監獄の学芸員の方によると「明治41年には、網走監獄の名は、全国に知れ渡っていただろう」ということです。女が目指しているのは、札幌でも旭川でもなく、函館でも釧路でも帯広でもなく、あくまでも網走。北海道の「網走」という地名の持つ力が読者の想像をかきたてます。「何故、この女は網走を目指しているのか」「網走で何をするつもりなのか」「網走には誰かいるのか」などといった疑問が私の頭にも次々と浮かんできました。もうひとつ、私が気になったのは、明治41年に、実際に上野から網走まで行く場合の交通手段についてです。小説の中に、青森行きの汽車が登場しますので、青森までは汽車。そして、津軽海峡です。北海道立図書館北方資料室の方に情報を頂きました。この頃、既に津軽海峡を渡る船はあったそうです。しかし、青森港にも函館港にも接岸施設がまだなかったそうです。そのため、過酷な船旅になっただろうということです。なんとか津軽海峡を渡れば、函館まで行けるでしょう。疲れもたまるでしょうし、函館から網走まで一気に鉄道で行ければいいのですが、明治41年には、そもそも網走駅がまだ開設されていなかったそうです。博物館 網走監獄の学芸員の方によると、「当時はまだ、網走駅も北見駅もありませんでした。ただ、十勝の池田駅は開設されていたので、池田までは行けたでしょう。池田から網走までは、おそらく馬車で移動することになると思います」とのこと。明治41年に、子どもと赤ん坊を連れて本当に網走まで行くのであれば、ため息が出るような長い長い旅路になったと思われます。……と、ここまで書いたところで、スマホで上野から網走までの所要時間をサクッと調べてみました。本当に便利になりました。飛行機を使えば4時間もかからない。現在のように交通機関が発達した時代には、『網走まで』といった小説は生まれないのかもしれません。長々と書いてきましたが、今回の「北の文芸館」では、明治、大正、昭和、平成と、様々な時代に発表された北海道ゆかりの文学作品を取り上げています。朗読の前後にご紹介する情報を通して、物語の背景にある“時代の空気”なども感じながらお楽しみ頂けたらと思っています。

最後に、今回の「北の文芸館」の観覧募集にご応募くださった皆さま、改めてありがとうございました。今回、応募者多数のため、抽選となりました。選に漏れてしまった方、申し訳ありません。ただ、今回の舞台の模様は、収録後、FMで放送します。ぜひ、お聴きください。どうぞよろしくお願いします。

放送予定
【FM】12月22日(日)午後2時~午後3時50分(北海道地方向け)


(2019年11月25日)


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