NHK札幌放送局

稚内取材後記【芳川隆一】

芳川 隆一

2020年8月26日(水)午後4時06分 更新

8月19日(水)の「ほっとニュース北海道」で、稚内市北方記念館から「九人の乙女」の悲劇についてお伝えしました。75年前、旧樺太、今のサハリンで電話交換手として働いていた10代から20代の9人の女性が、迫りくるソ連軍の状況を最後まで通信しながら、青酸カリを飲んで集団自決しました。自分たちの職場と“純潔”を守るための最後の抵抗だったと言われています。終戦を告げる玉音放送から5日後の出来事でした。

この日インタビューさせて頂いた、木本孝(きもと・たか)さん(中央)と、中間真永(なかま・まえ)さんです。木本さんは現在92歳で、元電話交換手。亡くなった9人の元同僚でした。木本さんには、この夏、ラジオのインタビューでもお話を伺いました(詳しくはこちらのブログをご覧ください)。この日の放送でも、「亡くなった同僚らの事を決して忘れて欲しくない」と、胸の内を語ってくださいました。

そして中間さんは、亡くなったお母様が元電話交換手で、乙女たちの記憶を後世に伝えるための劇を手掛けていらっしゃいます。

今年で4年目となるこの舞台。演じているのは、亡くなった乙女たちと同年代の女性たちです。プロの劇団員もいれば、普段は別の仕事をしている人、さらに学生など様々です。「舞台を通して、乙女たちの青春をよみがえらせたい」と語る中間さん。戦時下の厳しい状況にあっても、友達と楽しい時間を過ごし、恋もして、そして将来を夢見た乙女たちの等身大の姿を今に伝えることを大切にしているといいます。舞台「九人の乙女~氷雪の門」の様子は、9月4日(金)からインターネットで誰でも見ることができます。

稚内での放送の翌日。木本さんと中間さんは、稚内市街地を一望できる高台にある稚内公園にある、九人の乙女の慰霊碑を訪れました。

「日々の生活に追われ足が遠のいていましたが、この年齢になって、これが最後と思い、稚内行きを決めました」と語っていた、元電話交換手の木本さん。この日が実は約10年ぶりの稚内訪問でした。そんな木本さんが、慰霊碑の訪問後、私に語ってくれた言葉がとても印象に残っています。

「本当はこれで最後にしようと思っていましたけど、いざここに立ってみて、まだ私が伝えなくてはいけない事があるような気がしてきました。“語る”ということは、当時を知る数少ない者としての責任であるのかなと思います」

前日の大雨から一転、晴れ間が覗く稚内では、慰霊碑の向こうに、かつて木本さんも暮らしていた樺太の島影が見えていました。稚内との距離は一番近い所で約40キロですから、天候によってはこうして肉眼でも見えるんですね。乙女たちの悲劇から75年。“語る責任”を胸に抱いた木本さんの姿に、戦争は決して75年前の話ではなく、今も続く75年“間”の話なんだという事を感じた稚内取材でした。

(写真は、宗谷岬から撮影しました)。

2020年8月26日

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