NHK札幌放送局

“センパイ”が外国人の防災支援

芳川 隆一

2022年3月11日(金)午後2時54分 更新

もし外国で災害に遭ったとしたら…。ただでさえ被災して大変な状況なのに、外国語で情報を収集しなくてはならないというのは、とても不安ですよね。道内にはいま、約3万8千人の外国人が暮らしていますが、それは同じこと。 そこで、今年度、新たな取り組みが始まりました。道内に長年暮らし、日本語にも堪能な外国人を「キーパーソン」として選び、災害時の避難の情報などを母国語で拡散してもらおうという試みです。いわば、滞在歴の長い“センパイ”外国人が、“コウハイ”のために一肌脱ごうというこの取り組み。キーパーソンに選ばれた1人の外国人を取材しました。 

釧路沖地震を経験したフィリピン人女性

フィリピン出身で、釧路市で英会話教室を営む木村クリスティさんは、来日して約35年。今でも忘れられない出来事があるといいます。平成5年1月の釧路沖地震です。釧路市で最大震度6などの揺れを観測、2人が死亡し、960人以上がけがをしました。道路の崩壊や液状化などの被害も出ました。当時、今ほど日本語が得意ではなかったというクリスティさんは、ことばの壁で状況が理解できず、幼い子供たちを抱えながら不安な日々を過ごしたといいます。

木村クリスティさん
「テレビで何を言っていたのか分からなくて、なんとか新聞を読みたいと思いましたけど…とにかく不安でした。何が起きていたのか分からなかったんです」

外国人の「キーパーソン」が防災情報を拡散

日本語が分からない外国人のために、自分にできることがあるのではないか。クリスティさんが手を挙げて選ばれたのが「キーパーソン連携事業」です。外国人への防災情報の発信を強化しようと、道の外郭団体「北海道国際交流・協力総合センター(HIECC)」が今年度、始めた取り組みです。

道内各地に長年暮らし日本語にも堪能で、それぞれの外国人コミュニティで中心的な役割を果たしている人たちを「キーパーソン」として登録します。そして、避難所の開設や食料支援など、災害時の情報をキーパーソンに伝え、持ち前のネットワークをいかしてSNSなどを通じて母国語で拡散してもらいます。現在、英語や中国語、タガログ語など9つの言語のキーパーソン、約30人が登録されています。

「北海道国際交流・協力総合センター(HIECC)」の小田島道朗さんは、技能実習生も多い北海道の実情を考えると「キーパーソン連携事業」は災害時の情報伝達のための有効な手段であると話します。

HIECC小田島道朗 多文化共生マネージャー
「技能実習生は都市部にもいらっしゃるんですけど、特に沿岸部ですとか、農業や畜産に従事されていて道内各地に広くいらっしゃいます。そういう方々への情報伝達では、キーパーソンの人たちの力を借りることがとても有益であると考えています」。

(HIECC小田島道朗 多文化共生マネージャー)

2月下旬、札幌市のホテルで、キーパーソンを集めた研修が開かれました。この日のテーマは「日本の避難所を知る」。外国人の中には慣れない避難所に行くのをためらう人もいることから、どんな支援を受けられるのか広めてもらおうと企画されました。非常食の試食や段ボールベッドの設営などを体験したクリスティさん。釧路沖地震の時に感じた不安を思い出しながら、今、外国人のために自分にできることを再認識していました

木村クリスティさん
「同じ国の人が同じ言葉で伝えてくれれば、どれだけ安心できるのかと思っているんですよね。自分がそういう辛さの経験をしたことがあるので」。

“センパイ”としてできることを

研修で学んだことをさっそく伝えようと、クリスティさんは、パーソナリティを務める地元のラジオ番組で、釧路地域に暮らすフィリピン出身の人たちに向けてタガログ語でメッセージを収録しました。

木村クリスティさん(タガログ語で)
「自分たちの住んでいる場所の避難所がどこかを知っておきましょう!」。

フィリピン出身の人たちに聞いてもらいたいのはもちろん、この放送を聞いた日本人が知人のフィリピン人に伝えてくれることにも期待しています。

さらに、ラジオ番組の収録後、クリスティさんはオンラインで研修会も開いて、道内で働く人たちに、普段、どんな事に不安を感じているのか聞きました。参加したのは地元の企業で働く技能実習生など5人です。

技能実習生たち
「私は6階建ての建物の1階に住んでいるので、強い地震の時に倒壊が心配です」。
「日本語のニュースには理解できない言葉がたくさんあります」。
「私たちが安全かどうか、フィリピンの家族が心配するだろうと思います」。

それぞれが抱える不安を聞いたクリスティさんは、札幌の研修で学んだ避難所の支援について伝えました。

木村クリスティさん
「避難所にはWifiもありますから、万が一の時は、フィリピンにいる家族に連絡することもできます。きっとフィリピンの家族は私たちのことをすごく心配するでしょうからね」。

参加した人たちは、みんな熱心に聞いていました。

オンライン研修を終えたクリスティさん。最後に、キーパーソンとしての抱負を語りました。

木村クリスティさん
「もっとうまく情報を伝えられるようになりたいです。“センパイ”として助けたいと思っていますので、これから頑張ります!」。

「キーパーソン連携事業」を行う「北海道国際交流・協力総合センター(HIECC)」では、既に登録しているキーパーソンから紹介してもらったり、道内各地の国際交流団体から推薦を受けたりしながら、今後もキーパーソンの登録者数を増やしていきたいとしています。

(取材後記)
取材中、明るい笑顔と流暢な日本語がとても印象的だったクリスティさんですが、以前、まだ日本語がそれほど得意ではなかった頃、周りの人たちとの交流がうまくできずに悩んでいた時期もあったそうです。そんな時、クリスティさんはあえて、子供たちの学校の役員を務めたり近所の交流活動に積極的に参加したそうです。「地域社会に溶け込む努力をしたのよ」と教えてくれるその口調から、私は「クリスティさんの今の日本での生活があるのは、何よりご本人の努力があったからなのだな」と感じました。
災害という非常事態に命を守るために母国語で情報を得られる体制を整えようという「キーパーソン連携事業」。母国語によるサポートと、日本語の習得や地域との交流。この両輪がそろって初めて、在留外国人のための災害情報の発信は強くなるのだと思います。

NHK札幌放送局アナウンサー 芳川隆一

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