NHK札幌放送局

知床の森で「探偵」になりました

野村 優夫

2021年5月6日(木)午後7時04分 更新

上の画像。写っているのは、知床の森で暮らすエゾモモンガです。とても愛らしい姿ですね。

知床のネイチャーガイド・鈴木謙一さん(54)が撮影しました。 この写真を私に見せてくれた時、鈴木さんは、意外な一言を発しました。 

「これは、エゾモモンガの“進化”の様子を捉えた画像なんです」

謎の言葉です。
でも、鈴木さんのお話をじっくり伺うと、「確かにその通りだ」と深く納得しました。

詳しくは、5月8日(土)の「おはよう北海道」で放送しますが、その内容を、少し先にご紹介します。


「小さな葉」が雄弁に語るもの

鈴木さんは、知床でのネイチャーガイド歴22年のベテランです。特に、自然の中にある小さな痕跡を見つけて、その意味を紐解く達人です。
4月の中旬、鈴木さんに、知床の森を案内していただきました。

先ほど写真でご紹介したエゾモモンガは、リス科の動物で、広く北海道に生息しています。

「動画があるんですよ」

鈴木さんが、この冬に撮影したというエゾモモンガの映像を見せてくださいました。

動いている姿を見ると、より可愛さが増します。思わず頬がゆるみます。 ただ、それ以上の感想が出てきません。
この映像のどこに「モモンガの進化」が隠されているんでしょうか?

「“答え”は、この森の中にあります。行きましょう」

鈴木さんに促されて、森の中に入っていきました。

4月になったとはいえ、知床の山には、所々に雪が残っていました。
この日の最高気温は、2度。風もあって、真冬並みの寒さを感じました。

「ちょっとこれを見て欲しいんですよね」

鈴木さんが地面を指さして、しゃがみこみました。 拾い上げたのは、トドマツの葉。 鈴木さんに言われなければ、気にもかけないで通り過ぎていたと思います。

トドマツは、マツ科モミ属の針葉樹で、知床をはじめ北海道で広く見られます。

「これ、さっきの映像と関係があるんです」

鈴木さんが手に取った葉をよく見ると、軸のように見える所には、元々葉があって、それが1枚1枚むしられたようになっているのが分かります。

これ、エゾモモンガが葉を食べた跡なんですよ。先ほどの動画は、エゾモモンガがトドマツの葉を食べている映像なんです。

1枚1枚の葉がむしられたようになっているのは、モモンガが食べた跡だったんですね。

それにしても、とてもきれいに食べています。几帳面な性格なのでしょうか?

鈴木さんに尋ねると、少し苦笑して、次のように説明してくれました。

性格的なものというよりも・・・丁寧に食べざるを得ないんです。知床の冬は大変厳しいので、食べ物が極端に少なくなりますから、こうしたカロリーの少ない葉も貴重なんです。

確かに、冬に食べられそうなものは限られていそうです。 でも、他の動物にとっても、冬の厳しさは同じはず。同じように、こんなにきれいに葉を食べるのでしょうか?

おそらく、モモンガが一番きれいに食べます。それは、動物によって、それぞれ生存戦略が違うからなんです。

例えば、ヒグマは、秋にたくさんの食物を食べ、脂肪をたっぷりと蓄えます。そして、冬ごもりをします。

モモンガと同じリス科のエゾリスは、冬眠しません。ただ、モモンガと違って、秋に、食物をたくさん集め、地中に埋めるのだそうです。そして、冬になると、それを掘り起こし、食べるというのです。

秋に埋めたものを冬に掘り起こせるなんで、すごい能力ですね・・・ でも、なぜエゾモモンガも、その戦略をとらないのでしょうか?

地上に降りると、天敵に襲われる危険が高まります。エゾリスは、そのリスクを取ってでも、食物を埋めて生き残る選択をしたんです。一方、モモンガは、危険を避けて、木の上で生活することを選びました。となると、エサは限られるので、葉も丁寧に食べないといけないのだと思います


生存戦略に合わせた体に

同じリスの仲間でも、冬を生き抜く方法が違うんですね。 興味が湧いてきたので、札幌に戻った後、帯広畜産大学の押田龍夫教授にも、さらにお話しを伺いました。押田さんは、リスとモモンガの研究がご専門です。

押田さんによると、動物は、生き抜く戦略に沿った体にもなっているといいます。
エゾリスは、木の上でも生活しますが、地上で積極的に食物をとっていきます。木の実が大好物で、帯広畜産大学のそばでも、秋になると、冬に向けてせっせとクルミの実を土の中に埋めている様子が観察できるそうです。
エゾリスは、そうした活動を支えるための体の構造になっているといいます。

エゾリスは、雪の中から食物を掘り起こして食べるという選択をしました。ただ、地上に下りて生活するということは、天敵に襲われる危険性が高まります。しかし、エゾリスは、地上でも素早く走ることができます。私たちが観察していても、ちょっと目を離すと追いきれないほどのスピードで走り去っていきます。走ることによって、地上の天敵から身を守る効果があるかもしれません。

ちなみに、エゾリスは、どうして秋に埋めた食物の場所が分かるのでしょうか。 謎も多いそうなんですが、押田さんによると、どうやら記憶と臭いで、探し当てているそうなんです。そうだとすると、この嗅覚の発達も、冬を生きぬくためにエゾリスが獲得した大切な能力の一つだと言えそうです。

一方のモモンガは、別の戦略を取っています。

モモンガも、時には地上に下りてドングリなどを食べることもあるんですが、木の上で生活することが多いです。地上に下りて天敵に襲われるリスクを避けていると考えられます。
モモンガは、木から木に滑空できる体になっています。また、木の上でも得られる食物として、木の芽や葉を上手に摂取しています。そのようにして、モモンガは、樹上生活者として進化したと言えると思います。

モモンガと同じく滑空し、やはり多くの時間を木の上で生活するムササビは、葉の栄養をよく吸収きるように、消化器官が長く発達していることが、押田さんの研究で判明しています。それぞれの動物に生存戦略があり、それに合わせた体になっている、ということが、とてもよくわかる事例です。


「小さな痕跡」から想像力を膨らませて!

こうしたお話を伺ってくると、「あの画像の中にモモンガの進化が凝縮されている」という鈴木さんの言葉の意味が良く分かります。

結局、この日は、モモンガに出会うことができませんでした。 再度、鈴木さんに、モモンガの動画を見せていただきました。

生きるために必死なんだ・・・ 改めてこの映像を見ると、愛おしさが倍増します!

先ほどの葉、なんか、綺麗に魚を食べた後の骨のようにもみえてきました。

鈴木さんは、動物たちが多様な生存戦略を持つことは、今の森が保たれていることにもつながっていると考えています。

クマもエゾリスもエゾモモンガも、生き残るための方法が分かれていることで、うまく共存しています。
同じような生活をするような動物ばかりが集まってしまうと、食べられる植物も根こそぎなくなってしまうことにもなりかねません。ほどほどのバランスで、それぞれ動物が色々な食物を、適度に食べることで、今のバランスが保たれているんです。「過ぎてはいけない」、「食べられ過ぎない」ということがポイントなんだと思います。

まさに、あのトドマツの葉から、動物の生存戦略の選択、それに合わせた体の進化の過程、そして森の中のバランスについて、垣間見ることができました。

動物が残した小さな痕跡について、鈴木さんは丁寧に説明してくれます。すると、そこに姿がない動物についてのことであっても、いやむしろ、姿が見えないからこそ、自分から能動的に想像力を膨らませていきます。すると、自然の理(ことわり)が、す~と体の中に沁みてくる気がするのです。

動物たちがのこしたこうした痕跡を「フィールドサイン」といいます。いわば事件現場の証拠みたいなもので、この証拠をもとに、犯人は誰なんだろう、どんなことが起きたんだろうと推理するのが自然観察の楽しみなんですね。そうして想像力を膨らませていくと、自然の摂理みたいなことが、無理なく胸に刻まれていくと思います。

次回も、鈴木さんのお話の続きをご紹介します!
記事の続きは、7日(金)公開予定です。

2021年5月6日

この記事の続き
「キツツキがいない森」を想像してみた はこちら

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