NHK札幌放送局

「キツツキがいない森」を想像してみた

野村 優夫

2021年5月7日(金)午後1時47分 更新

知床の森の中。木の根元で激しい動きをする黒い影。
クマゲラというキツツキです。木に穴を開けているようです。 ねぐらにするには、ずいぶん、低い位置です。 一体何をしているのでしょう・・・?

クマゲラが空けた穴の跡を、知床のネイチャーガイド・鈴木謙一さんに案内していただきました。鈴木さんは、「自然の声」を「翻訳」する達人です。

「クマゲラのこうした行為があるからこそ、森が健全に保たれているんです」

前回同様、この言葉も、最初、謎めいて聞こえました。 でも、順を追って鈴木さんにお話を伺うと、やはり、その意味が腑に落ちてきたのです。

この記事は、5月8日(土)に放送の「おはよう北海道」の取材内容をもとに作成しました。


クマゲラ地上に降り立つ訳

クマゲラは、日本では 北海道と東北の一部でしか確認されていない貴重な鳥です。国の天然記念物に指定されています。

そのクマゲラを鈴木さんが撮影した映像です。 地面に降りて、木の根元を目掛けクチバシを打ちつけています。

鈴木さんの話では、この打ちつける音はとても大きく、森中に響き渡るそうです。ですから、姿が見えなくても、この音が聞こえると「ああ、今日はクマゲラが活動しているな」と気づけるのだといいます。

こんなに打ちつけて脳震とうを起こさないのだろうか、と思ってしますが、首の筋肉が太く、頭の骨も衝撃を分散する構造になっているので、ダメージが抑えられているのだそうです。

鈴木さんにこのクマゲラが穴を開けた所に案内していただくと、かなりの量の木片が散乱していました。 先ほどの映像を見ていなければ、「誰がこんないたずらを?」と思っていたかもしれません。

木片は縦に細長く、木の繊維に沿ってはぎ取られたようになっています。くちばしで正確に木の繊維の隙間を狙い、ちぎっていった様子がうかがえます。

この穴は、クマゲラが、木の中にいたアリを食べるために開けたのだといいます。

この木は一見健康そうに見えますが、中は菌などに侵されていて、弱ってきています。 ムネアカオオアリなどのアリは、弱ってきた木を見つけると、木の根元から内部に侵入して巣を作ります。巣ができると中が空洞になるので、木を叩くと音が低くなります。クマゲラはくちばしで木をつつきながら、その音を敏感にキャッチすることで、巣の在処を発見し、穴を開けてアリを食べるんです。

鈴木さんは、しゃがみこんで、白い粒上のものを拾い上げました。クマゲラのフンだといいます。 少し崩してみると、中には、黒い塊が出てきました。これがアリなのだそうです。
特に冬場には、とても貴重な栄養源になります。


キツツキがいるからこそ…

弱った木に住みつく虫を食べるこのキツツキの行為は、森の中で、ある重要な役割を果たしている… そう言って鈴木さんが次に案内してくれたのが、倒れた巨木のある場所でした。

「ここにキツツキがアリを食べるためにつついた跡があります」

この木にもアリが住みついて、キツツキが食べるために穴をあけたようです。

この木は、外に比べると中がスポンジのように柔らかくなっていますよね。これは、木の中が弱っていた証拠です。こういう所にアリは巣を作るわけです。
知床では、特に4月前後に、強い南風が吹きます。こうした弱った木は、いずれ風によって倒されるんですが、キツツキが弱った木に穴を開けることで、弱った木が早く倒れることにもつながります。新しい木が育つためには、古い木が朽ちていくことも必要で、キツツキによって、結果的にこの森の新陳代謝が促されていると考えられます。

今の形の森は、キツツキがいることが前提となって形成されています。
もしキツツキがいなくなってしまったら、本来の森の更新のスピードが遅くなり、そこで暮らす様々な虫や動物も間接的に大きな影響を受けるかもしれません。
その意味で、キツツキは、森全体の生態系のサイクルを守るという重要な役割の一端を担っていると言えるのです。


キツツキが昆虫の数をコントロールする

虫は、弱った木の中だけではなく、元気な木に入り込むケースもあるといいます。 こうした虫をキツツキが食べることも、森への貢献となるといいます。

正常な木の内部に虫が入り込むこともあるんですね。こうした虫が増えすぎると、木々がどんどん枯れていってしまいます。そうならないように、キツツキが食べることによって、虫の数をコントロールしてくれているんです。虫が増殖しすぎることを抑えて、森の健康を守る役割をしていると言えます。

こうした虫を食べるキツツキの行為が、具体的にどのくらい森の保全に役立っているのでしょうか。 札幌に戻り調べてみると、キツツキの研究が盛んなアメリカでは、木を枯らす昆虫の数をキツツキがどのようにコントロールしているのか、その考察が進んでいることが分かりました。

酪農学園大学の森さやか准教授が、その研究について教えてくださいました。 森さんは、鳥類の生態と保全に関わる研究がご専門です。

例えば、2000年代に入って、アメリカの北西部では、温暖化によってキクイムシの生息域が広がり、前例がないような大発生も起こりました。

一方で、キクイムシが大発生した地域では、キツツキの数も増えたといいます。大発生したキクイムシを求め周辺からキツツキがやって来たうえに、食べ物が豊富なため生存率が上がったからだと見られています。

また、キツツキは、キクイムシが増えると、他の食物より、キクイムシを選んで食べるようになるそうです。効率よく大量の栄養が取れるためと考えられています。

こうしてキツツキが大発生したキクイムシを食べることによって、その数がコントロールされていったと考えられています。

北米では、外来のタマムシよる樹木被害も問題になっています。タマムシの場合でも、被害が大きい地域では,キツツキはその捕食量を増やしていることが分かっています。 もし、キツツキがいなければ、こうした外来の虫の被害も拡大していたと考えられているんです。

ただ、キツツキが穴を開けて虫を食べることで、健康な木が傷つき枯れてしまうことはないのでしょうか。

キツツキが穴を開けているところは,すでに虫で傷んでいるところです。 また,木の水分や栄養の通り道や,幹や枝を太らせる細胞の層(形成層)は、樹木の材と樹皮の間で幹を一周するように存在しています。これらの一部だけ傷ついても木が枯れてしまうことはないといいます。


キツツキは森の工務店

もう一つ、キツツキが穴を開ける目的があります。 子育てをする巣やねぐらを作るためです。

鈴木さんが、クマゲラの巣の跡とみられる穴へ案内してくださいました。

キツツキは、3つの条件が整っている所に、巣を作る傾向があると、鈴木さんは言います。

①巣から飛び立てるように、木の前が開けていること。
②木にある程度の太さがあること。あまりに細いと、穴を開けた時に折れてしまう恐れがあるので。
③巣穴までの幹に枝が少ないこと。蛇やテンなどの天敵が登ってきにくくなるから。

そして、このようにして作られたキツツキの巣は、他の動物に二次利用されているのだといいます。

特にアカゲラというキツツキは、毎年新しい巣穴を作ります。ですから、森の中には、たくさんの「空き家」があるんです。 
キツツキの巣は、安全な場所に作られることが多いので、他の動物にとってもいいおうち、優良物件なんです。住みたくてしょうがない動物がいっぱいいるんですね。

前回ご紹介したモモンガも、キツツキの巣を利用する動物の一つです。 

そのほか、カラ類やムクドリ類、スズメ類などの鳥類、リス類やコウモリ類、ネズミ類なども利用するといいます。

森の中で、木に穴を開けられるのは、ほぼキツツキ類だけです。 つまり、キツツキは、他の動物の住居を作る工務店のような役割もしていて、森の中の動物の多様性を保つ役割も担っているのです。

酪農学園大学の森さんは、この他の動物に住居を提供するという行為も、先ほどの、昆虫の数のコントロールに影響してくると指摘します。

キツツキの穴を住居として使う動物の中には、カラ類などの鳥類やモモンガ、コウモリなどがいますが、そうした動物も、樹木を食害する昆虫を食べます。
つまり、キツツキがこうした動物たちに住居を提供していることも、昆虫が爆発的に増えることを抑えることにつながっているのです。


森のつながりに人間も関わっている

鈴木さんと一緒に森の中を歩いていると、様々な動植物が互いに関連しながら生きているという事実を、肌で感じることができます。

そして、こうした「動植物の関係」に人間も影響を与えていることを、森の中にいると実感することがしばしばあると、鈴木さんは言います。

鈴木さんが去年の春に、知床五湖の遊歩道で撮影した映像です。 遊歩道のすぐ側の木に、アカゲラが巣作りをしていました。

鈴木さんは、22年ガイドをしてきて、アカゲラがこうした場所に巣を作ったのを初めて見たといいいます。鈴木さんは、新型コロナウイルスの影響の可能性があると考えています。

通常、アカゲラは、人を恐れて、こうした場所には巣を作らないんですね。また、遊歩道は、観光客が歩きやすいように、木道となっています。こうした場所は、キツツキの天敵であるテンやキツネなどが通りやすい道でもあります。
ところが、去年は新型コロナウイルスの影響で、春になっても遊歩道が閉まっていました。その影響で、人が全くいませんでしたし、遊歩道も草に覆われていました。その結果、アカゲラはここに巣を作ったのかもしれないと私は考えています。


「自然の声の翻訳者」との往復書簡を始めます

「自然の声の翻訳者」を自任する鈴木さん。 知床の森で、その話に耳を傾けながら、様々な痕跡に目を向けると、自分の感覚が自然に対して開かれていくような感覚になりました。
そして、「キツツキがいない森」を想像してみると、今の森がいかに奇跡的なバランスの上に成り立っているのか、ということが身に染みるように実感できました。

鈴木さんは、都会にいても、そうした体験はできるはずだと言います。 身近にある小さな自然に目を向け、同じようなことをしていけばいいのだと。

でも、それは、とても難しいことのようにも感じます。 鈴木さんに相談したところ、知床にいる鈴木さんと札幌にいる私とで、往復書簡を交わしてはどうかという話になりました。

鈴木さんは、3日と置かずに、森に入っています。「森の中の変化」を見逃さないため、なのだそうです。(なぜ、それが必要か? 別の機会にご紹介します。)

鈴木さんが森に入った時に、気になったものや事柄を撮影し、メールで送っていただきます。 その画像に込められた思いを、私は電話で伺います。さらに、それにまつわる事柄について、追加で取材もしてみようと思います。

そうしたやりとりをきっかけにして、札幌の地から知床に思いを馳せ、身近な自然へと感覚を開いていくことにつながらないかと考えたのです。

その様子は、随時、このブログでご紹介していきたいと思います。 

2021年5月7日

知床の森で「探偵」になりました(この記事の前編)はこちら

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